「はぁ?!何であたしがそんなことしなくちゃならないの!」
「いいじゃん、せっかくだし。期待してるからさ」
こんなやり取りがあったのは、今から数日前。
12月18日ごろだった。
期末テストも終了し、今まで必死だった生徒たちはだらけ、今度は先生が必死に採点作業をおこなっているこの頃。
高校も授業が午前中だけになり、待ちに待った冬休みまで秒読みに入った。
もうこうなってしまえば、高校なんてほとんど出席だけの為に通っているようなもの。
惰性で来ている生徒たちにとって、もはや授業なんて眠いだけ。
もちろん彼女、香坂樹もその一人。
樹は机に伏せることこそしないものの、ノートはただ黒板の文字を写し取っているだけ。
頭になど何一つ入っていない。
ほとんど無心だ。
黒板を映し終わると、窓から外を見ていた。
彼女背の席は窓際の前から3番目。
窓際だし、教師から氏名される事が少ないこの席を、彼女はとても気に入っていた。
後の席の男以外は。
無心でノートを取っていても至近距離だからこそ聞こえる小さな寝息。
彼、田口祐介は頬杖をついた状態で寝入っていた。
ノートも教科書も開いてあって、筆箱から取り出されたシャープペンシルも消しゴムもちゃんと机に並べてあって、でもノートは真白。
なぜならこれはあくまでも授業を受けようとして、力尽きたと思わせる彼なりの偽装工作。
始めから祐介は授業など聞く気はないのだ。
そこまで振り返らなくても分かるのは、これまでの付き合いの賜物なのだろう。




樹と祐介の付き合いは高校に入学してから。
まだ1年もたっていない。
4月のとき、同じ図書委員で、身長は2人とも大きかったから、背の順に並ぶとだいたい隣になる。
しかも数回行った席替えでも、ことごとく前後や左右で落ち着いてしまい、ほとんど腐れ縁状態。
ついでに話を聞いてみれば、自宅からの最寄の駅も一緒。
気にしていなかったため気が付いていなかったが、何時も乗っている電車の車両まで一緒。
家だって、十分自転車で行ける距離。
これだけ一緒にいれば仲良くもなりそうなものだが、樹は気が強い女の子。
対する祐介は大らかな男の子。
2人の関係は、仲良しというより、きゃんきゃん騒ぐ樹を祐介がからかっては宥めて遊んでいるよう。
もちろんこんな仲なら、まわりは2人を仲がいいと思っているし、仲にはすでに付き合っているのではないかという噂もある。
当然ながら樹は全面否定するが、祐介は笑っておもしろがるから、樹はさらに騒ぐのだ。


ことの始まりは祐介だった。
「なぁ、樹ー」
後からつんつんと樹の背を突く。
「何?」
上半身をひねって、後を振り返る。
彼女の背中のなかほどまで延びた柔らかい髪がふわりと揺れた。
「今日の放課後さ、クレープ食べに行こうよ。学校近くにできたって聞いたことない?」
「あー、行きたいけど今日はパス」
「何で?」
祐介は驚いた顔をした。
今日は部活もないし、大の甘党の樹がクレープの誘いを断るなんて考えていなかったからだ。
「ちょっと前に編んだマフラー電車に置き忘れちゃったの。100均で買った毛糸で暇つぶし程度に編んだやつだからダメージはないけど、マフラーって言うものがなくなったことは痛いからさ。テストも終わったし新しいの編もうと思って毛糸見に行くの」
「へぇ。そんな器用なことできたんだ」
「失礼な奴。ま、とはいってもお母さんからちょっと習った程度だから、手の込んだものは作れないけどね」
「じゃあさ、俺のもついでに作ってよ」
「はぁ?!」
今度は樹が驚いた顔をした。
「なんであたしがそんなことしなくちゃいけないの!」
「いいじゃん、せっかくだし。期待してるからさ」
「期待してるもなにも、あんた今日だってマフラーしてきてるでしょ。っていうか、作るのって結構時間かかるんだから、『ついで』ぐらいで言わないで。彼女にでも頼め」
「彼女なんていねーもん」
「そんなこと知ってる」
「ひでぇなー」
チャイムが響く。
本日最後の授業の始まりを告げる鐘だ。
すぐに担当の先生がやってきた。
確か、最後の授業は数学だった。
先生が教室に来たのと同時に話はそこで終わる。







授業が終わり、樹は雄介とクレープ屋には行かずにデパートの手芸コーナーに向かった。
手芸コーナーには1年中毛糸は売っているが、この時期は種類も豊富で選ぶのにも時間がかかってしまう。
手には先に行った100円均一の店の袋。
その中には前回編んで失くしてしまったマフラーと同じ毛糸の玉が6つ。
最近の100円均一というのはなかなか侮れなもので、すごくさわり心地がいいものも結構ある。
棚に在るひとつの毛糸玉を手に取った。
やっぱり、100円では到底太刀打ちできないようなさわり心地である。
自分のはここまでふかふかでなくてもいいけど、人にあげるものだからなぁと。
というか、あんまりもこもこした毛糸は編みにくい。
そういう気持ちのいい、柔らかいマフラーは買ってくればいいというのが樹の持論。
その方が絶対安い。
次々と毛糸を手にとっては棚に戻す。
それぞれ特徴はあるものの、ひとつ問題に気がついた。
あげる人物、祐介の好みがわからない。
さわり心地の好みどころか、色すらわからない。
どうしよう…。
確か、今日してきたマフラーは真っ黒なやつだった。
なら黒が好きなのか?
いや、好きだからと言っても同じ色のマフラーなんていくつもいらないだろう。
あいつ、普段どんな色のモノ持ってたっけ?
いろいろ考えるが、まったく決まらない。
樹は途方に暮れていた。
はぁ、とため息をついて毛糸の棚に手をかけると、もふりと柔らかい毛糸の感触。
「ん?」
手に触れたワインレッドの毛糸をまじまじと見てみる。
そして、この色のマフラーをしている想像してみた。
完全に樹の好みと主観と偏見だが、…悪くない。
値段を見てみてもそれほど高くなく、高校生でも十分に買える。
その毛糸を6つ抱えてレジへ向かった。







「おはよー」
後ろから聞こえた声に振り替える。
「おはよ」
「今日も寒かったな。手袋そろそろしないと手が凍りそう」
「凍るわけないでしょ」
「冷たい奴だなぁ」
笑いながら鞄を机に置いて座る祐介を興味無さそうなふりをしながら観察した。
やっぱり、今日も巻いているマフラーは黒。
鞄は普通のリュックだし、着ているのは制服だからあてになんない。
というか、祐介ってどんな私服着てるんだろう。
本来一番趣味が出るのってそこなんじゃないだろうか。
そんなことを考えていると、祐介が嬉しそうな顔をした。
「それ、俺の?」
祐介が指さした先は樹の机。
編みかけのマフラーが転がっている。
「そんなわけないでしょ、あたしのよ。それとも、あんたってこんなファンシーなのが好みなの?」
だよな、とちょっと残念そうに笑う佑介。
樹が編んでいたのは自分で使うためのもので、柔らかいクリーム色と白が混ざり合っているものだ。
「好みか好みじゃないかって聞かれればあんまり好きじゃないけどさ。でも作ってくれるものなら何でも嬉しいじゃん」
「ふーん…、そういうもん?」
「そういうもんです。あのさ、今日はどう?」
話題の転換について行けず、樹は首をひねった。
「何が?」
「クレープだよ。あそこって女子ばっかりだから行きづらいんだよ」
「野郎数人で行ってくればいいじゃん。赤信号も何人かで渡れば怖くないんでしょ」
「何人で渡ろうが、赤信号で歩道に出りゃ怖いだろうが」
「でも、今日ならいいよ。暇だし」
祐介の顔がぱっと明るくなった。
ちょっとだけ、どきりとする。
それに気付かないふりをして、平静を装ってはいるけれど。
「よし、約束な!」
「はいはい」









「ただいまー」
時刻は午後7時過ぎ。
クレープ食べに行ったあと、祐介とゲーセンまで行ってしまったから遅くなってしまった。
恋人同士のデートのように、仲良くユーフォーキャッチャーだけならそれほど長くはならないんだろうが、あいにく祐介も樹もシューティングゲームや音楽ゲーム、アーケードゲームが好きなので、ついつい長居をしてしまうのだ。
「もうすぐ夕飯になるから、着替えてらっしゃいね」
「はーい」
母親の声を背中に、自分の部屋へ向かう。
制服をばさばさ脱いで、ハンガーにかけた。
適当な服を着て、机に向かう。
机の上にあるのは編みかけのマフラー。
クリーム色ではない、祐介にあげる予定のもの。
ワインレッドの深い赤は、きっと祐介には似合うだろう、そう思って買ってきた。
本人に好みが聞けない以上、勝手に似合う色を決めて買ってしまえ、と言うのが樹の出した答えだった。
本当は家でも学校でも編めば早くできるのだが、そんなことができるほど樹は素直ではない。
なるべく目が揃うように気をつけてるし、ゆるくならないようにきっちり編んでいるので、思っていたより時間がかかる。
気合いを入れないと、冬休みまでに終わらない。
家にいる間は、わりとこのマフラーにかかりっきり。
小さな時間にも、テレビを見ながらでも、ずっと編んでいた。
まだ作り始めてそんなに時間は経っていないから、というのもあるが、長さはまだ20cmほど。
しかし、これだけできていればあとは編みやすい。
ひたすら編むのみ、だ。
「樹ー!ごはんよー!」
部屋の外から呼ぶ声が聞こえる。
「はーい」
キリがいいところまで編んで、机に置いた。
もうテストもないし、部活だって料理部だから毎日あるわけじゃない。
多少夜更かししても大丈夫か。
そんなことを考えながら部屋を出た。




















「ふぁー…」
あくびをしながら教室のドアを開けた。
教室の雰囲気はいつにもましてゆるみきっている。
今日が終業式で、もう明日から冬休みなんだから、当然と言えばそうなるだろう。
友達に挨拶をしながら席に着いた。
今日は終業式で、授業なんて一切ないから軽い鞄。
筆箱とファイル、財布、携帯、ハンドタオルくらいしか入っていない。
あと、いつもと違うとすれば、小さな袋が入っていることくらいだろうか。
なかなか終わらなくて昨夜はちょっと夜更かしをしてしまったが、なんとか完成したマフラー。
作るっている間は何にも考えていなかったが、これから一番の問題が始まることに今日学校に来てから気がついた。
「よっ、おはよ」
この男にどうやって渡すか、だ。
「おはよう、今日は早いじゃん」
「まぁな、今日で休みが始まると思うと嬉しくってさ」
「遠足前の幼稚園児」
「そういうなよなー」
そうだ、樹はいつもこんな調子で祐介と絡んでいる。
作ってと頼まれた時にイエスと答えていない以上、はいどうぞと渡しずらい。
かといって、明日からは冬休みが始まってしまうから、なんとしても今日中に渡さなければならない。
悶々と考えているうちに、終業式が終わり、担任の長い話、大量の配布物の配布、通知表までも返ってきてしまった。
チャイムが響く。
午前が、2学期が終わった合図。
どうしよう…、渡さないでいっそ自分で使おうかとも考えたが、あんな色は使わない。
半ば本気で悩んでいると、後ろからチョップをされた。
「今日このあとどうすんの?」
もちろんそのチョップをしてきた人間は祐介だ。
「どうって…、別に決めてないけど。祐介は?」
「俺も特には決めてないけど、そうだな…、このまままっすぐ帰るのはもったいないし。ゲーセンでも行く?」
「あんたが行くなら行くけど、友達とカラオケとか行かなくていいの?」
「そんなん冬休み中に行けばいいよ。今日はゲーセンな気分なの」
「ふうん、じゃあ行く」
「よし、じゃ行こうぜ」
鞄を持って歩き出す佑介。
それをぼんやり見送った。
「何やってんの、樹。田口君行っちゃったよ」
「え?」
隣を見ると、友達の山内優子の姿が。
慌てて荷物を取って立ち上がると、優子はにやにやとしている。
「…何よ」
「ん?このあとデートなんでしょ?」
「はぁ?!何でそうなるの!」
「だってさ、佐藤君とか阿部君とかが田口君にカラオケ誘ってたけど、田口君が『先約があるから』って断ってたの見たもん」
「…先約?」
訳が分からない。
樹とゲーセンに行く話をしたのは今しがただ。
だったらほかに誰か誘ってあったのか?
いや、だったら佐藤君と阿部君も一緒に来るだろう。
この二人は祐介と一番仲がいい友達だが、ゲーセンも好きということで樹も一緒に行くことがよくあった。
それに、誰か先に約束している人間がいるのに他を誘うなんて、祐介はしない。
「樹ってば、本気で分かんないわけ?」
「わかるわけないじゃん」
優子は心底呆れたような表情だ。
これじゃぁ田口君も大変だ…、とか同情している。
なぜだ。
「まぁいいや、田口君が何とかするでしょ、きっと」
「だから、何の話?」
「そんなこと話してた時間食っちゃう。先に行ったんでしょ、田口君。ほら、さっさと行く」
「あ、そうだった」
鞄を持ち直して教室の入り口へ向かった。
出る直前に振り替える。
「優子、またね。休みに入ったらまた遊ぼ」
「うん、、もちろんだよ。報告楽しみにしてる」
最後のはよく分からなかったけれど、とりあえず他にも友達たちに挨拶をしながら昇降口へ向かった。
そこにはすでに靴をはき替えた祐介が立っていた。
「遅ぇよ、樹」
「ごめんごめん」
靴を履き替えて祐介に並ぶ。
2人で並んで自転車置き場へ向かい、ペダルをこぐ。
本当は並列走行はだめなんだけど、祐介が並んでくるから放っておいた。
「ねぇ、祐介。あたし先生の話全然聞いてなかったんだけど、何か宿題とかあった?」
ちょっと考えるそぶりをして、口を開く。
「数学の問題集。あと、休み明けに実力テストするから範囲勉強してこいってさ」
「そっか」
「そっかって、樹。実力テストの範囲ってめちゃくちゃ広いんだぜ?」
「そのくらい知ってるよ。だけどあたし、そんなに馬鹿じゃないんだよね、こう見えて」
「そうなんだよなぁー…」
はぁ、とため息を吐く祐介。
そう、何気に樹は学年20位に入るくらいには優秀なのだ。
一方祐介はといえば、ちょうど学年では真中くらい。
「お前いつ勉強してるんだよ」
「家と学校。あんたもまともに授業起きてれば平均点10点ぐらいあがるんじゃない?」
「それができれば苦労はしないんだって」
「だろうね、わかってて聞いてる」
「お前なぁ…」
そこまで話して、話題を振った。
「さっき優子から聞いたんだけど、阿部と佐藤の誘い断ったんだって?」
「うん?そうだよ」
「先約があるって断ったらしいけど、先約あるのにあたしなんかとゲーセン行っていいの?」
ああ、そんなことかと祐介は笑った。
「いいんだよ、今日は樹と遊ぶつもりだったから」
「あたしがほかの子と遊びに行く約束してたらどうしたのよ」
「それはないと思うけど、そうなったらそうなっただよ」
「それはないってどういう意味?」
「そのうちわかるって」
そんな会話をしつつ、ゲーセンの前に自転車を止めた。
ゲームセンターは駅前のビルの1階にある。
ここは大きなチェーン店らしく、ユーフォーキャッチャー、プリクラ、ホッケーのようなものから、クイズ、マージャン、アーケード、音楽、シューティングとほぼすべてのジャンルが揃っている。
中に入り、とりあえず1000円札を100円に崩す。
「何やる?」
聞かれてちょっと考える樹。
「んー…、どうしようかな…」
「俺はとりあえずフェイトやってくるな」
「じゃあ見てようかな」
「おう、来い来い」
今日はどの学校も修了式だったのか、いろんな制服の学生がたくさんいて大盛況だ。
祐介が台に座ってゲームをはじめ、3人目を倒していると、対戦の申込が入った。
もともとキャンセルなんてできないので受けて立つ。
もっとも、この男はキャンセル機能があってもやるんだろうが。
「よーし、見てろよ、樹。俺の勇士」
「はいはい」
そう言ってスティックを巧みに動かし、ボタンを絶妙なタイミングで押しまくる。
そう、祐介はゲームが結構うまい。
対戦者に勝利し、ほらな、と樹を振り返っているそばからまら別の人から対戦を申し込まれる。
なんだかんだで6人抜きしてしまった祐介。
今日は絶好調のようだったが、7人目の対戦者で負けてしまった。
樹から見ても、『これは何かのプロか』と思うほどの腕だった。
「あー、負けちゃった」
残念そうに席を立つ。
「なんだかんだで、ゲーム機で3勝、対戦6人抜きしてんだから100円で遊びすぎよ」
「そうだな、結構遊べて満足って感じ」
樹が右側を指をさした。
「あたし音ゲーやってくる」
「じゃあセッションしよう」
樹がギターの前に立ち、祐介はドラムに座る。
「これは?」
「んー、あたしにできるかな…」
「よし、じゃあやてみるか」
「あたしの話聞いてる?」
ははは、笑う佑介。
「大丈夫だって。俺はこの曲得意だし、樹のミスぐらフォローできるさ」
さっさと決定ボタンを押され、曲が始まってしまう。
音楽に合わせて左手で3つのボタンを押し、右手でレバーを上下に動かす。
たったそれだけのゲームだけれど、これがなかなか難しい。
コンボがすぐに途切れてしまう。
ゲージが減っては増え、減っては増えを繰り返す。
隣では軽快に叩くドラムが聞こえる。
ちらりと画面を見ると、ゲージはマックスのまま。
どうやら得意と言っていた言葉にウソはないらしい。
本当に樹のミスをフォローして、曲を最後まで演奏できた。
ほっと一息つくと、楽しそうな声が向けられる。
「なんだ、だめだとかなんとか言ってるくせに、ちゃんとできてるじゃん」
「必死だったわよ」
「必死でもなんでも、あれだけできれば上出来だよ」
「そりゃどうも。…それにしても、ホントに上手いよね、祐介」
「お褒めに預かり光栄です、ってね。次どうする?」
「次はね…」
2人で曲を探して、あと2曲プレイした。
どちらも最後まで演奏できて、樹は満足した。
そのあとに2人でシューティングゲームをして、ゲーセンから出た。
「うわ、もう暗くなり始めてる」
そう、祐介の言葉の通り、もう空は黒が広がっていて、青なんてどこにもない。
赤と黒のコントラストがすごくきれい。
「まぁ、もう冬だし、日が沈むのが早いのは仕方ないか」
「そうだね」
自転車の鍵をカチャリと開けた。
思わず手が止まる。
ここから先は家路。
方向は違うから、ここで別れることになる。
鞄に眠る深く赤いもこもこのマフラー。
クリスマスカラー、といえば、そうなるだろう。
今日はクリスマス。
渡すには持ってこいの日だけれど、せっかく二人っきりになったけれど、どうしても渡せない。
「どうした?樹」
「んーん、何でもない」
自転車のかごに鞄を乗せた。
「あのさ」
声をかけられて、樹は振り向いた。
祐介はごそごそと制服の上着から携帯を取り出した。
「冬休みも暇なら遊ばない?アドレス教えてくれないかなーって」
「あ、うん。いいよ」
樹も鞄から携帯を取り出した。
赤外線でプロフィールを送り、祐介のものも送ってもらう。
画面には「登録しますか?」の文字が。
決定を押すと、アドレス帳に「田口佑介」という文字が出来ていた。
あんなに学校で一緒にいたのに、携帯の番号もアドレスも知らなかったなんて気がつかなかった。
こんなんじゃ、色の好みなんて知るわけないな、とちょっと溜息をついた。
「それと、これ」
樹の手に、祐介は小さな箱を乗せた。
「何?これ」
「クリスマスプレゼント」
平静を装っているものの、樹の内心は心臓バクバクだった。
この大きさ、どうしても想像してしまうものが1つある。
「…中身聞いてもいい?」
「指輪」
やっぱり。
「こういうのはさ、好きな子にあげた方がいいよ。あたしなんかじゃなくて」
しかし、内心は複雑だった。
指輪をもらったのはすごくうれしい。
だけど、祐介がほかの女の子に指輪をあげていたら、それを全く気にしないでなんていられるだろうか。
もし今言った言葉を「そういえば、そうだよな」とか、「あいつにあげるよ」とか言われたら、きっと悲しいと、思う。
しかし、祐介の言葉は樹の予想とは違っていた。
「あってるよ、俺が好きなのは樹だから」
「え?私?」
頭が真っ白になった。
今、祐介は何と言っただろうか。
「だから、俺が好きなのはお前だよ。前からずっと。俺なりにアピールしてたつもりだけど、まったく気付かないんだもん」
「いや、だって気付くわけないよ。だって、ねぇ?」
ちょっと混乱してると自覚できる。
「何とも思ってない子といっつもゲーセンいったりクレープ屋行ったりしないって」
「そう、なの?」
「そうなんです」
だんだん顔が赤くなってきたのが分かる。
嫌だという気持ちは起こらない。
これは、嬉しいっていう気持ち。
「よかったら付き合ってほしい。とはいっても、俺と付き合っても今までとあんまり変わらないだろうけど」
ちょっとどけた風にいう佑介だが、緊張しているのが分かった。
でも、視線をそらさずにまっすぐに樹を見詰めている。
そういうところは真面目なのだ。
「あ、あの!」
「ん?」
鞄から小さな紙袋を取り出して、祐介の胸に押しつけた。
結構強い力だったので、袋の形がどんどんおかしくなっていく。
「それ、あげる」
「これ?…開けていい?」
紙袋を開ける瞬間、慌てて祐介の手を止めた。
「だ、だめ!家で開けて!!」
その様子に、祐介は笑って手を止めた。
「じゃあ、家でゆっくりあけるよ」
「…開けなくてもいい」
視線をそらす。
「あのさ」
「ん?」
くるりと後ろを向いてしまった樹の方を向く。
背中しか見えないが、なんとなく雰囲気がそわそわしていた。
冷たい風に、樹の短い髪の毛がさらさら揺れる。
「あたしだって、どうでもいいって思う人にこんなに時間かかるものあげないんだからね!」
それから!と樹が続ける。
「これから休みだし、祐介馬鹿だし、宿題教えてあげる。暇になったら、電話して」
じゃあね、それだけ言って、樹はものすごい勢いで自転車に跨り、去って行った。
その横顔はうつむいていて、ほんのり赤かったのはきっとこの寒さだけではない。
樹の様子に思わず苦笑した。
はっきりとした返事はもらえなかったけれど、さっきのがきっと樹の精一杯の返事だと十分に祐介には伝わっていた。
さて、問題はこの紙袋。
やたらと軽いけど、もしかして…。
樹はいないし、家でってさっき言ってしまったが、まぁいいかと紙袋を開ける。
そこには綺麗に丸められた、ワインレッドのマフラーがあった。
「うわ、柔らけー」
なめらかで、しかも柔らかい。
よく見ると、マフラーの両端の太さが少しずれている。
それと、さっきの樹の発言から考えれば、これは樹が編んだものだと分かる。
思い当たるのはちょっと前のやりとり。



『ちょっと前に編んだマフラー電車に置き忘れちゃったの。100均で買った毛糸で暇つぶし程度に編んだやつだからダメージはないけど、マフラーって言うものがなくなったことは痛いからさ。テストも終わったし新しいの編もうと思って毛糸見に行くの』
『へぇ。そんな器用なことできたんだ』
『失礼な奴。ま、とはいってもお母さんからちょっと習った程度だから、手の込んだものは作れないけどね』
『じゃあさ、俺のもついでに作ってよ』
『はぁ?!なんであたしがそんなことしなくちゃいけないの!』
『いいじゃん、せっかくだし。期待してるからさ』



あの時は本当は期待してなかった。
だって、告白は今日するつもりだったし、樹は祐介のことなんて何とも思っていと思っていたから。
それでもこれだけ網目が細かいマフラーなんて1日や2日ではできないだろう。
学校で編んでいたのは自分のだと言っていたクリーム色のマフラーだったのだから、家でやっていたのだろう。
仲が良かったから作ってくれたのか、それとも少しでも祐介に気持ちが向いていたのか、それはわからないが、これを作るために樹が時間を割いてくれたというのがとても嬉しかった。
すごく綺麗にできている。
これなら十分に巻いて出かけられる。
まぁ、どんなものでも樹が作ってくれたマフラーなら巻くけれど。
黒いマフラーを外してもらったばかりのマフラーを巻いた。
そういえば、今日はクリスマス。
本当にいいプレゼントをもらった。
家に帰ったらなんて言おう。
きっと顔が緩みっぱなしだから、両親から何か言われるだろう。
まずは、彼女に電話をしよう。
そして、マフラーのお礼を言って、彼女になってってもう一度言おう。
きっと今度は返事をくれるだろう。
祐介の望む返事を。

























_____あとがき_____________________________________
というわけで、苦手な短編でございます。
3か月ぶりに更新したのが長編ではなく短編って…。
こっぱずかしいことこの上ありませんが、少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。
個人的にはツンデレって結構萌えます。
う、上手く自分で書けないのが…、悲しいこと…この上ないのですが…orz
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
もし、気に入っていただけたら、トップの拍手ボタンなんぞをぽちりとして下さったら、榎本は狂喜乱舞します。





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