あなたは何も知らないだけよ






























ふたつ、ふたり
































出てきた食事は、話をされていた通り花嫁が食べていたモノと同じもの。
魚、ライス、サラダ、スープと、軍人にしてはずいぶん豪華なものだった。
すでに食事を終えたシリルが運ばれてきたアロイスの食事を覗く。
今までしてきた護衛の任の間に、大富豪の御息女もあったが、ここまで豪華ではなかった。
ベッドもふかふかで、夜もぐっすり快眠。
ベッドを見ても、食事を出されても見るからに上機嫌のシリル。
子供のようにはしゃぐ後輩に、アロイスは呆れつつ、苦笑した。
軍人はこのくらい神経が太いほうがいい。
寝なければ、何かを食べなければ、体力も集中力もどんどん落ちていく。
どんなに優秀でも、枕が変わっては眠れないような奴は軍人には向いていないのだ。



任務について2日目の朝。
先に起床したのは、やはりアロイスだった。
まぁ、2人の時も、数人で組んだチームでも、大人数での作戦でも、いつも最後まで寝ているのはシリル。
今更呆れるようなことでも、怒るようなことでもない。
しかしまぁ、何とも幸せそうな寝顔だ。
今にもヨダレでもたらして寝言を言いそうだ。
布団はぐちゃぐちゃで、ベッドから落ちてこそいないが、寝像がいいとはお世辞でもいえない。
子供だ…。
戦場での仮眠では流石にここまで気を抜くことはないのだが、戦場ではないにしてもここまで無防備なのもどうかと思うのだが。
シリルの寝像や寝顔は置いておいても、流石にそろそろ起床しなければならない。
小さく1つ溜息をついて、アロイスはシリルの布団をはぎとった。
「そろそろ起きろ」
うー、と唸りながら、寒そうに体を丸める。
「休暇でも待機でもないのにいつまでも寝るな」
ゆさゆさ身体を揺する。
そうして、ようやくうっすら瞳を開けた。
ゆっくりと体を起こして、大きく伸びをした。
「………おはよーございます…」
未だに眠そうな顔。
大欠伸までしている。
寝起きだから咎めるつもりはないが。
しかし、もう少しシャキッと出来ないものだろうか。
これではいつまでたっても後輩とペアなど組ませられない。
「おはよう。さっさと着がえろ。朝食だ」
「りょーかい…」
酔っぱらいのような手つきで敬礼をして、頭をポリポリ掻いた。
そしてもう一度大きく伸びをして、ベッドから足をおろした。
「先輩はもう着替えちゃってるんですねー」
まだ眠そうではあるが、一応起きているようで、その動きは先ほどよりもマシにはなってきている。
「当り前だ。お前とは違うからな」
「まー、そうですね」
あはは と笑いながらベルトを締める。
この会話もいつものことなので、シリルには別段傷ついた様子はない。
というか、この程度をいちいち気にするような可愛い神経は持ち合わせていないのだ。
シリルが上着を着たのを確認して、アロイスは机の上のボタンを押した。
間もなくして扉をノックする音が聞こえてくる。
入室を許可すると、ラナが姿を現した。
昨日と同じく純白の衣装に身を包み、短めのヴェールを纏っている。
「おはようございます」
2人にあいさつをし、小さく頭を下げた。
「あぁ、おはよう」
「おはよー」
2人も朝の挨拶を交わす。
「朝食の支度は整っております。食堂へご案内いたします」
「ありがとう」
「こちらへ」
優雅に手で2人を部屋の外へ誘導する。
やはりラナのこの対応を見ていると、どうしても宗教関連施設というより高級ホテルといった感が拭えない。
扉の外は眩しくて、雨は上がったのだとすぐにわかった。
昨日の雨が手伝って、日差しの眩しさはひとしおだ。
雨に濡れた窓やら庭の草花がキラキラと輝いている。
「ぐえっ」
不意にシリルは胸倉を掴まれた。
思わず悲鳴が上がるが、それはなんとも情けないもの。
殺気やら何やらがあればシリルとて反応できるのだが、その犯人がアロイスでは反応できなかったのだ。
シリルのカエルが潰されたような悲鳴に、先導するラナはその歩みを止めて振り返った。
「せ、先輩…、苦し…!」
あまりの息苦しさに自分の胸元を乱暴につかむ手をバンバン叩いた。
しばらくしてやっと手を離したアロイス。
ほっとして大きく数度息を吸った。
「朝から何するんですかー」
不満げな声に帰ってきたのはたしなめる声。
「部屋から出るのにだらしなくするな」
そう言われて自分の胸元を見る。
アロイスの手がすっとシリルに伸ばされる。
きっちり閉められたボタン。
真っ直ぐに直された階級章に勲章。
今すぐどこかの式典へ行けと言われても、速攻で行けそうだ。
別段気にしたこともなかったが…。
「…そんなに気になります?」
「本部にいる時や休暇中は構わないが、今は任務中だ。 それも重要人物の護衛。失礼のないようにするのが当たり前だ、と前も行ったはずだが」
言われてみれば、以前どこかのお偉いさんの護衛をした時にそうたしなめられた気がする。
ま、確かにきちんとしておいた方が良いだろうな。
昨日はきちんとしていたんだし。
いつもラフにボタンをはずしていたり、上着を肩にかけただけの状態にしていたので、ついその癖が出てしまった。
この任に就いている間は気をつけた方がいいかもしれない。
「そういえば」
「何だ?」
アロイスは首をかしげたが、シリルは彼を置いてさっさとラナの元へ歩いた。
「昨日の伝言通りに、今朝は大人しくしてたの?」
シリルの言葉を聞いて、アロイスは彼が何を思い出したのか分かったようだ。
アロイスもラナに確かめようとは思っていたのだが、食事が終わって落ち着いてからにしようと思っていたのだ。
「…はい」
「何かあった?」
「私には何も…」
「アンタには、ねぇ…」
つっかかるような言い方だが、ラナの言葉はアロイスも引っかかった。

私には・・・』?

2人の、あからさまではないにしても鋭い視線に観念したように小さく語りだした。 まぁ、ここで彼女が話さなくても、情報収集がてらの探索やなんやらで、遅かれ早かれ耳にすることだ。
「今朝、少々騒ぎがございました」
「騒ぎ?どんな?」
聞き返すシリルはさっきまの鋭い光をすでに失くしている。
もはやただの野次馬のよう。
「この館の一室に浮雲の間と呼ばれるお部屋があります。名前は浮雲。 今朝方その部屋の天井にある大きな明かりが落ちてまいりました」
「…確かその部屋は館の西側の部屋だったな」
アロイスは昨日見てきたので、それがどんなものだかすぐにわかった。
浮雲の間と呼ばれるのは舞踏会でもできそうな巨大な部屋だ。
アロイスたちにあてがわれた部屋とはずいぶん離れているので、騒ぎに気がつかなかったのも無理はない。
部屋のあちこちに蝋燭はともっているが、メインは天井からつり下げられた巨大なシャンデリア。
しかし王宮にあるような豪華絢爛なものではなく、巨大と言うだけでシンプルなつくりのものだ。
大方がガラスでできているのか、蝋燭の光を浴びてキラキラと輝いていた。
とんでもなく重量はありそうだ。
もし人の上に落下したら、まず死は免れないだろう。
「はい。幸いその部屋には誰もおらず、死者はおろか、けが人もありませんでした」
「よかったじゃん」
純粋に皆の無事を喜ぶシリル。
だが、隣のアロイスの瞳は未だ強い光を放っている。
「その事故の原因は分かっているのか?」
「はい。つるしていた鎖の破損でした」
「自然な払しょくか?」
「いえ。ですが誰かが意図的に仕掛けたのもではなく、業者の設置ミスでした」
騒ぎに乗じて花嫁に何らかの接触を取ろうとしたものがいれば、流石に気がつく。
誰かがこの館の者、花嫁を狙ったということはないだろう。
「それって、昨日花嫁さんが言ってたことと何か関係あるの?」
シリルのなんてこともないような一言に、ラナは瞳を伏せた。
その表情は見えないが、とてもうれしそうには見えない。
「…はい」
「どんな?」
「…浮雲の間は3日に一度、朝に決められた当番が掃除されることになっています。今朝の当番は…、私でした」
ラナは続ける。
「正確には私と含めた6人です。ですが、今朝は花嫁様のご忠告の事を同じ当番の者達に話し、いつもなら清掃はすでに完了している時間に浮雲の間へ向かいました。そして、扉に手をかけた瞬間に…、事故は起こりました」
「食事を取ってから、か?」
「はい。本来は清掃が終わってから食事を取ることになっているのですが、今日は食事を取ってから向かいました」
なるほど。
花嫁が言っていた「食事が終わるまで外へ出るな」とはこの事を言っていたようだ。
疑うつもりはなかったが、……どうやら花嫁の力は本物のようだ。
しかし、引っかかるのは彼女、ラナの様子。
これはいったい何故…?
「ま、何はともあれ」
パンと、シリルは1つ手を打った。
「とりあえず飯にしましょうよ。腹が減ってはろくなことはできませんからね」
「お前な…」
ニコニコと笑う同僚にあきれ顔。
確かに聞くことは大体聞いたので、もう食事に移ってもいいのだが。
「こちらへ」
再び歩き始めたラナに続いて、2人も再び歩みを進めた。











再び立つ扉の前。
食事はおいしかった。
夕べと同じ位おいしかった。
まるで高級ホテルのような味に、シリルはついついこれが仕事中であることを忘れてしまいそうになった。
それを現実に引き戻すのは、あの花嫁の能面のような表情だけだ。
「今日はどうします?」
食事を終えて、隣で同じく食事を終えたばかりのアロイスに声をかけた。
この建物のことは確実に把握しなくてはならないが、その間花嫁を放っておくなど出来るわけがない。
だとすれば、昨日のように二手に分かれるしかない。
分りきったことだ。
「そうだな…、俺も花嫁様に会って少し話をしておきたい、が…」
アロイスは少し考えている様子。
だが、ほどなくして判断がついたようだ。
「昨日に引き続き、俺は銀の館の把握、お前は花嫁の警護に付け」
「えー!?」
「『え』じゃない」
子供のような抗議の声に、アロイスは小さくため息をついた。
こういうところは、どこへ行っても、何をしていても、どれだけ経験を重ねても変わらない。
「花嫁さんに会って話したいたいんでしょ?だったら交換でいいじゃないですか。俺だってこんなにでかい建物なんだもん、探検したいですよ!」
「冒険に行くわけじゃないんだぞ?ったく、分ってんのかお前は…」
「わかってますよー」
「だったら何故こういう判断になったかもわかるな?」
「…そりゃぁ、一応…」
アロイスは物事を冷静に判断し、記憶、立案を得意とする。
人づきあいが不得意と言う訳ではないが、その点に関しては圧倒的にシリルの方が上だ。
シリルは話が得意で、どこにでもすぐに溶け込み、誰とでも時間をかけずに打ち解ける事が出来る。
長と短ではないが、こういう状況ではお互いに得意なことをするのが上策だ。
わかっているからこそ、シリルは不満そうな声をあげたのだ。
「十全だ」
アロイスはズボンへ手を入れ、懐中時計を取り出した。
「7:27か。一度部屋へ戻ったのち、準備が整い次第任へ向かえ」
「りょーかい」
形ばかりの適当な敬礼をして、シリルは席から立った。
アロイスも席から立つが、敬礼は気合の入ったものだ。
「あ」
先に歩き始めていたシリルが声をあげて振り返った。
「何だ?」
「花嫁さんって、今日もまた夢の間にいるんですか?」
「はい。特にご予定が無い時にはいつもそこで一日をお過ごしになられています」
答えたのはラナだ。
流石に花嫁の日常行動は知っているようだ。
「だったらまずいですよ」
「だから何がだ」
「俺、1人で夢の間行けない。道分んない」
あははと笑うシリルに、アロイスは大きなため息をついた。
そして、シリルが「道を覚えていない」と言うことを半ば予想していた自分が悲しくなった。














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