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叶うはず、ないのにね






























籠の中の…
































任務は24時間の警護だが、花嫁とはいえ女性の部屋の中にいるのは社会的にどうかと思う。
かといってお互いの情報交換を、無用に響く廊下でやるわけにもいかない。
特殊部の人間は戦闘面に秀でている。
戦闘はただ単に反射神経がよかったり、力が強かったり、体が柔軟というだけでは強いとはいえない。
常に状況を読み、先を読み、気配を読む。
そうしたこともできなければ優秀とはいえないのだ。
厚さが何cmもない扉越しの気配を読めない特殊部隊員などいない。
アロイスもシリルも例外ではいのだ。
花嫁が部屋に戻ったことを確認して、ひとまず2人で与えられた部屋へ戻り、お互いが持つ情報を交換することにした。
どこから入手したのか、アロイスはここ、銀の館の見取り机の上に図を広げた。
「ここが今俺たちがいる部屋だ。ここが花嫁のいる時の間。ここが…」
次々にいろいろな場所をさしながら説明をしていく。
たいして歩きまわっていないからそこまで実感はなかったが、やはりこの館は大きいらしい。
見取り図がそう物語っていた。
「ここは?」
シリルの指した場所をみやる。
この館のほぼ中心にある、ひときわ大きな部屋だった。
「あぁ、ここは夢の間というそうだ。お前と分かれた場所だな」
「夢の間、ね…」
あの偽りだらけの部屋を『夢の間』と呼ぶのか。
なんとも皮肉なものだ。
あれだけの技術を持っているなら、館の警備設備に回すとか、国民の生活に還元するとかは考えないのだろうか。
建物の要所や出入り口、普段出入りをする者の説明を続けるアロイスの話を頭の半分で聞きながらそう思った。
「まぁ、俺の方はだいたいこんな感じだな。次はお前だ」
「…へ?」
「聞いてなかったのか?」
アロイスは呆れたような顔をした。
あはは と笑って誤魔化すも、彼には絶対に効いていない。
「…またいろいろ変に考えたんだろ」
「…あー…」
溜息をつきながらもちらりとシリルを見た瞳には呆れはなかった。
むしろ心配したような、そんな光を宿していた。
「お前はすぐに感情移入するからな」
「あははー…、バレてました?」
「当り前だ。何年付き合ってると思ってる」
以前、ある箱入り娘の警護をした時も、アロイスはこういう目をしてシリルを見ていた。
ついでに『勝手なことはするな』と釘も指された。
「花嫁の方はどうだった?夢の間はどうだ?」
「普通の子でしたよ。優しい感じの。少なくとも俺が見た短い間では」
「それでは何もわからんだろうが」
「まぁ、そうですよね」
とはいっても、シリルだってろくに話をしていない。
話せることは限られている。
あの短い間に想像したことや、花嫁の発言、動作を覚えている限り話した。
ついでにあの『夢の間』についても。
なるべく客観的に。
アロイスは相槌も質問もせずに黙って聞いていた。
一通り話し終わってシリルが一息つくと、ゆっくりと口を開いた。
「まぁ戦闘の専門家が設計したわけではないからな。進入されることを前提としている建物でもない。『夢の間』の扉については仕方がないが、上に進言しておこう」
予想通りの反応だ。
アロイスならきっとそうするだろうと思っていた。
軍に入隊してからずっとアロイスと共に行動してきた。
信頼しているし、彼にならば命のをかけた賭けにも勝負できるし、現に何度となくそういったことも乗り越えてきている。
だが、そんな彼にシリルは1つ言わなかった。



『私を、命に代えてまで守らないで下さい』



『私のために、死なないで下さい』



花嫁の言ったあの言葉。
2言目は、自分の為に誰かが命を落としたとなれば寝ざめが悪いからかもしれないが、先のひと言。
迷ったが、自分の中で引っかかる何かがわかってからにしよう、そう思ったのだ。
後で言うと、絶対殴られるのは目に見えてはいるのだが。
何となくその方がいいような気がしたのだ。
戦場では自分の直観をアロイスと同じくらい信じている。
今回は戦場ではないが、直観に従おうと思った。
「あ」
唐突に上げた声に、アロイスは今度は何だと眉をしかめた。
「俺、花嫁さんから伝言頼まれてたんだった」
「伝言?」
「俺たち付の神官に。何でも少し前まで花嫁の世話係だったそうです。それなりに親しかったようですよ、…って、これは話しましたよね。今はあんまり会えないらしいんで、伝えてほしいと伝言を預かったんです」
「お前、また勝手な行動を…」
「いいじゃないですか、伝言くらい。たった一人かもしれない友人なんだし」
テーブルに置かれたボタンを押した。
機械的なピッという音のほんの十数秒後、扉をノックする音が聞こえた。
入室の許可を出すと、そこに現れたのはラナだった。
「お呼びでしょうか?」
「あぁ、俺が呼んだんだ」
シリルの声にラナの視線はそちらへ向く。
「花嫁様からアンタに伝言頼まれててさ。『明日の朝、朝食を取るまでは大広間へ行かないでほしい』って」
その言葉を聞いて、ラナの眼は見るからに変わっていった。
驚いたように、そして何故か悲しみと辛さが宿っているように。
「花嫁様が…、ニーナ様がそう仰られたのですか…?」
「花嫁の名前がニーナって言うのかどうかはしらないけど、花嫁からはラナに伝えてほしいって言われたよ。この建物の中に前に花嫁の世話係したことのあるラナっていう人が複数いるなら話は別だけど」
ラナは何故か暗い雰囲気になった。
あの短い伝言にそんな威力はないと思うのだが。
「そう…ですか…。…わざわざありがとうございます」
小さく頭を下げた。
「たいしたことしてないよ。君呼んだ用事ってこれだけなんだよね、悪いけど」
「いえ、小さなことでも御用の際には何なりとお申し付けください」
ドアの前まで下がり、再び頭を下げてラナは扉の外へ消えた。
「『何なりとお申し付けください』って、それじゃあ神官じゃなくて使用人ですよねー」
へらっと笑いながら元位置へ戻る。
そこにいたアロイスは難しい顔をしていた。
「せんぱーい、いつにも増して眉間のしわが深いですよー」
「シリル」
「はい?」
「あの神官の様子、お前が気づかなかったはずないな」
真剣な様子のアロイスに、適当に返すのはまずいと思い、正直に答えた。
「あー…。まぁ、一応」
「何でラナは花嫁付きから外されたんだと思う?」
「あんなに若くしてヴェール被ってる時点で、何かヘマしたってことはないと思います」
「俺もそう思う。一番気になるのはラナのあの反応…」
ただ注意を言われただけならば、驚きこそ浮かべてもあんなに辛く、悲しそうな表情は見せないはず。
しかし頼まれた伝言にはそれを推測するだけの情報量はない。
花嫁の忠告や助言は信者にとっては不吉なものなのだろうか?
それに関しては目の前の熱心な信者である上司を見れば、不吉なものではないことは分かる。
信者にとって不吉なものではないならば、まず間違いなく友人にとって不吉なものであるはずはない。
少なくとも、明日ラナが受けるであろう何らかの障害の正体がわからなければ、何もわからない。
作戦や任務中は特にどんな小さな不安でも、種があるなら潰しておくに限るのだが、今回はかなわなさそうだ。
まぁ、明日になれば何らかの情報は得られるだろうが。
「ま、今の俺たちじゃあわかりませんよ。知らないことが多すぎます」
シリルは立ち上がって、ベッドまで歩き、そしてそのままうつ伏せになるようにダイブした。
「難しいことばっかり考えててもろくな考え浮かびませんよ。こう言うときは何か食べてさっさと寝るのが得策ってもんです。 とは言っても、俺は花嫁さんと食べちゃったんですけどね」
「お前は楽観的過ぎだ」
シリルの態度に、アロイスは呆れつつも苦笑した。
言ってしまえば、確かに今は何か食べ、睡眠をとり、体力を温存しておくことが得策なのだから。
しかし、シリルはどんな時でも絶対に明るく言い放つ。
現に今だってそうだ。
これだけ厳かな雰囲気の王宮にある建物、それも異常なほど警備されている人物の直属の護衛についても、彼の雰囲気も態度も、何一つ変わっていない。
士気は任務において重要だ。
力にも弱点にもなり得るからだ。
シリルは今まで周りの雰囲気を盛り上げる側の人間だった。
彼の深刻そうな顔は見たことが無い。
それはもろ刃の剣だと、アロイスはいつも心配はしているのだが、当の本人は分かっているのかいないのか。
ベッドでゴロゴロしながら、「明日は何を食べれるんだろう」とか「舌が肥えちゃうな」とかぶつぶつ言っている。 アロイスはテーブルの上に置かれているボタンを押した。
ピッいう短い機械音が聞こえる。
短い間に何度も来てもらうのは少々悪いが、後輩はもう食事のことしか考えていないらしい。




















窓辺で空を見ていた。
決して開かない窓だけれど、風も、外の空気も感じられないけれど、光だけは確かに届くから。
そっと伸ばした左手。
触れるのは夜の空気でも、冷たい夜の雨でもなく、無機質なガラス。
いくら耳を澄ましても聞こえない雨音。
籠の中の鳥でも、もう少し多くを知っているだろうに。
自分はこの雨さえも触れることはできないのだから。
でも、それでもいいと思う。
少なくとも今はそう思っている。

人がそう望むなら。
そうすることが、少しでもこの罪の償いになるのなら。






許されるとは思わない。

でも、もし1つ。
1つだけ願いが叶うならば、どうか………












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