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初めから、終わりは見えている






























白く、悲しげに揺れて
































その眼がまっすぐで、訴えていて、冗談ではないのだと確信した。

『私を、命に代えてまで守らないで下さい』

ゆっくりと聞きやすい、鈴が鳴ったようなきれいな声で。

『私のために、死なないで下さい』



あれは、あの言い方は、あの表情は“お願い”なんてものではなかった。
懇願。
そう、ほとんど懇願に近い。
シリルは一瞬花嫁が何を言っているのかわからなかった。
今まで護衛の任務は何度か経験している。
毅然とした者もいれば、臆病な者、どうしようもない者もいた。
しかし、『守るな』と、『死ぬな』と言ってきた者は1人としていなかった。
だから驚いた。
護衛が付けられるということは、命を狙われる可能性が十分にあり得るからなのに。
どう見ても20代にもなっていない女の子がいうセリフだろうか。
モラトリアムとか、情緒不安定ではなさそうだ。
しかし、ここで「はい そうですか」とその言葉を受け入れるわけにはいかない。
今まで何があったのか、何を見てきたのかは想像できなくもないが、護衛のために来たのだから。
「そういうわけにはいきませんよ。俺が先輩に怒られる」
シリルは苦笑しながら言った。
真顔でまじめに返すと、彼女の言葉をわかってて否定しているように見えるだろう。
なぜこんなことを言うのかは推測の域を出ないが、だったら言葉の真意がわかっていなくて拒否した方がいいだろうと思った。
本当にそんなことをしたら、死罪で済むかどうか。
いくら面倒だ何だと言ってはいるが、さすがに放り出すようなまねはしない。
できるわけがない。
「そう…、ですよね。すみません。忘れてください」
花嫁は苦笑した。
どこか、悲しげに。
やっぱり、この人はどこか引っかかる。
「いつもおひとりでここへ?」
話題を、この流れる空気を変えようと、シリルは口を開いた。
なるべくこの空気を読んでいないかのように、陽気に。
「いままでは1人神官を連れていました。でも、彼女が私の担当から変わってしまって…。それからは1人です」
「そうですか…」
今まで見てきた女性は、もちろん例外もいるが、大方誰かしらと一緒にいた。
それは気心のしれる同性の友達であったり、恋人であったり。
「ずっとここに住んでいらっしゃるんですか?」
「そう…、ですね。物心ついたころにはここにいました」
花嫁は目を伏せた。
「でも、あまり思い出らしいものはありません。毎日同じことの繰り返し。友人らしい人もほとんどいませんでした」
花嫁は続ける。
「自由に外出が許されない私にとって、ここは唯一の外なんです。偽りだとわかっていても」
その寂しそうな表情。
シリルは黙って見つめていた。
ほとんど外には出ず、空さえ満足に眺めたことがないとは。
こんな1人の少女には、過保護にも程がある。
窮屈な暮らしなんて本の中の世界だったが、実際に聞いてみるとかなりつらそうだった。
軍の養成学校にいたころは、それなりに規律が厳しく窮屈な思いをしたが、そんなものではない。
「今までここに一緒にいらしていた神官はご友人だったのですか?」
「ええ。少し年下の神官で、深い紫色の瞳と髪がとても綺麗な子でした。優しくて、よく気がつくしっかりした人」
「名前を窺っても?」
「はい。ラナというんです」
花嫁は嬉しそうに語った。
ラナ…。
さっきここまで連れてきた神官じゃないか。
これだけ広い建物だと、それなりに神官の数もいそうなものだが…。
案外世界は狭いものだ。
「知ってますよ。俺達の世話役についてくれてる神官なので」
「本当?」
花嫁は嬉しそうに眼を輝かせた。
だが、それはほんの一瞬。
すぐに表情が変わった
真面目に、必死そうに。
「でしたら、今日中にまたお会いになられますか?」
「そりゃ、多分」
というか、ほぼ間違いなく。
まだ今日来たばかりで、右も左もわからない状態。
今日これから部屋までだって帰れる自信がないような有様。
まず頼れるのは世話役になるからだ。
せめて3日、慣れるまではそうとうお世話にならなければならないだろう。
「でしたらお願いがあります」
「何ですか?」
「彼女に伝えてください。明日の朝、朝食を摂るまでは決して大広間に行ってならない、と」
よくわからないが、その程度なら引き受けられる。
「承知いたしました。必ずお伝えいたします」
「よろしくお願いします」
小さく頭を下げる。
シリルは驚いた。
高貴な者はほとんど人に頭など下げない。
なのに彼女はあっさり下げた。
王族とか貴族とか、そういう分類から外れているとは思うが、はっきり言って王族より格上なのだからもっとふんぞり返っているのかと思った。
それだけの地位にある人なのだから。
「そろそろ戻りましょう」
シリルの隣で空気が揺らめく。
花嫁が立ち上がった。
ポケットの懐中時計を見ると、もう午後6時。
しかしここは相変わらず青天の昼間のようで、完全に感覚が狂ってしまっていた。
だからといってこの程度で時間感覚を失うようでは、シリルもまだまだ未熟だ。
「夕食は大食堂でとっています」
急に事務的になった口調。
先ほどまでの豊かな表情も嘘のように真顔の一辺倒。
初めて銀の間で対峙した時のようだ。
これはきっと、彼女の仮面。
「洗面、入浴等、総て部屋にそろっていますので、夜間に部屋から出ることはありません」

コンコン

「どうぞ」
許可すると現れたのは女性神官。
ラナではないところを見ると、花嫁の世話係か、今回だけ頼まれた使いか。
「夕食の支度が整いました」
「すぐに参ります」
答えるとすぐに神官は扉の内側に消えた。
まるで見計らったかのようなタイミングで現れた神官。
神官の気配が消えて、花嫁は歩を進めた。
その数歩あとから続いてシリルも歩みだす。
扉をあけてあの石造りの廊下へ出た。
先ほど花嫁を呼びにきた神官はそこで待っていたようで、花嫁が姿を現すと歩きだした。
花嫁はその神官に続いて歩く。
あの部屋にいたため忘れかけていたが、ただでさえ今日は雨。
しかも日が暮れかけているため、空気は湿っていて気温も下がり始めていた。
石造りの廊下の空気は澄んでいて、ひんやりとしている。
雨に音を消された世界で、響くのは3人の足音のみ。
コツコツという音を響かせながら、長い廊下を歩いて行く。
何度か曲がり似たような景色が続く。
いよいよ1人で部屋に帰れなくなったなと確信したころ、一際大きな扉の前にたどり着いた。
扉の前には両脇に別の女性神官が控えており、3人の到着を見ると、ゆっくりと扉を開けた。
豪華な美しい彫刻が施された扉は、大きな門特有の軋む音など一切なく、装飾にふさわしく優雅に動いていった。
扉が開き中の様子が見えると、シリルは中の様子に息をのんだ。
ダンスでもできそうなほどの大広間。
長机がいくつもおかれ、そのひとつひとつに純白のテーブルクロスがかけられている。
壁も真っ白。
装飾品などは特に飾られてはいないが、机のところどころに花が活けられた花瓶が飾られている。
あまり飾りっけはないが、机やイスには丁寧に彫り物が施され、それは一目で職人技だとわかるような見事なものばかり。
壮観。
そう、この言葉が一番ふさわしいだろう。
今までの任務でそれなりに金持ちの家や豪華なパーティーには行ったことがあったが、それとはまた違った。
品があり、嫌みがなく、飾らなくても厳かな雰囲気がにじみ出ている。
格が違った。
花嫁も先導する神官も慣れているのか全く行動に変化はない。
場所は決まっているようで、真ん中の長机の先端部分の席に腰を下ろした。
神官は傍に控えている。
「どうぞお座りください」
そういえば、花嫁と同じもの毒見を兼ねて同席でとるのだった。
神官に促され、花嫁の隣のイスに腰をおろした。
間もなく支給が到着し、1つ1つ皿を並べていった。
サラダ、パン、スープ、メインと思われる魚料理、ワイン。
どれもとても美しく飾られて、高級料理店のフルコースのようだ。
花嫁より先に一口口をつける。
あまりのおいしさに驚いた。
溶けるような、柔らかい食感、繊細な味。
思わず顔がほころびそうになる。
全ておいしいのだが、、それを食べる花嫁は無表情。
ただ義務的に、淡々と口へ運んでいる。
毎日食べていると舌が慣れるというが、ここまで見事に仏頂面ということはないだろう。
それにしても…。
シリルは目立たない程度に広間を見まわした。
ひどい雰囲気だ。
誰もが黙って食事を見つめ、花嫁はただ食べる。
支給も神官も、そして花嫁も全てが無表情。
間違っても楽しいなんてものではない。
見ているこっちの息がつまりそうだ。
正直、食事をする雰囲気ではない。
審議中の王宮でもここまでひどくはないぞ。
仕事でなければ、さすがのシリルもこんな雰囲気の中で食事など御免こうむりたい。
どんなにおいしそうでも、実際おいしくても、こんな中で食べれば楽しさもおいしさも半減どころの騒ぎではない。
下町育ちのシリルは、たとえパンだけの夕食でも大勢で食べた方がこの食事よりもよっぽどおいしいと思う。
いや、絶対おいしい。
この空間に何の違和感もない花嫁。
まるで人形の様。
ちらりと視界に映して、ふと思い出したのはあの偽りの花畑。
寂しそうに笑っていた1人の少女。
あんな無表情なんかではない、無言ではない。
年相応かどうかはわからないが、表情多くたくさん語ってくれた女の子。
目の前にいるのは同一人物だということを一瞬忘れかけた。
それほどまでに違うのだ。
表情も、雰囲気も、何もかもが。
あれが本当の彼女だなんて思わないが、少なくともずっと人間味があった。
寂しくはないのかな?
温度の無い部屋で食事をとることが。
知らないのだろうか、大勢で談笑しながら食べる楽しさを。
確かに四六時中誰かといると疲れたりもするが、これはいきすぎだ。
今時、戦争中の王族だってこんな風に食事をしたりしない。
『ロゼの花嫁』といっても、顔立ちはまだほんの17、8くらいなもの。
そのくらいだったころ、自分は何をしていただろうか。
軍の養成学校でヒーヒーいっていた。
文句も弱音も十分はいたが、今思ってもいい思い出ではないような気もするが、笑い話にはなっている。
そしてなにより、そこで苦楽を共にした仲間が大勢できた。
世界が違うといってしまえばそれまでなのだが。
なんともいえない気分になった。


やがて花嫁は食事を終えて席を立った。
この大広間に来た時と同様に、先頭に神官、そのうしろに花嫁、最後にシリルの順に部屋を出た。
石造りの廊下はひんやりと涼しい。
あたりはもうすっかり暗くなって、廊下にはたくさんのろうそくが灯っていた。
心細くも柔らかい光を放ちながら、ゆらゆらと揺れている。
その明かりを見て、シリルは心が落ち着いて行くのを感じた。
何故かはわからないが、シリルは昔からろうそくの光が好きだった。
揺れる炎を除くたびにどんどん落ち着いて、何となく嬉しくなったのもだ。
ここのところ忙しかったから自分のそんな妙な癖も忘れていたが、どうやらそれは今でも変わっていないらしい。
はっと気がついたときにはもう遅かった。
あの広間から部屋までの道順を覚えなければならなかったのに。
ろうそくを見ながら前をいく花嫁についてぼーっと歩いていたらもうわからなくなってしまった。
あぁ…、またアロイスに怒られる…。
でも、まぁいいか。
きっと俺が花嫁といたときに案内されているはず。
アロイスのことだから、もうお方は把握しているだろう。
とりあえず頼れる人はいるし、任務は護衛なのであって道案内ではないし。
そう勝手に自己完結して前を行く2人に続いた。
コツコツと自分たちのもの以外の靴音が近づいてきた。
ろうそくの光では近くにくるまでその音源を確かめることはできない。
警戒しながらも、顔には出さずに、しかしいつでも飛びだせるようにしてそのまま歩いて行く。
ぼんやり輪郭が見えてきた。
そして出てきたのは見覚えのある、そして今も着ている軍服。
そして担当になったと言っていた若い女性神官。
アロイスとラナだった。
前方からきた2人は花嫁に驚いたようだったが、すぐに礼にならって端に並び、頭を垂れて道を譲った。
神官はそのまま進み、花嫁も続く。
先頭を行く2人が通り過ぎると、アロイスとラナは顔をあげてシリルの後ろについた。
最後尾はラナだったが、シリルは歩く速度をほんの少し落としてアロイスに並ぼうとした。
しかしすぐにアロイスは気がついて歩く速度を上げたため、シリルは結局そのままの速度で歩いた。
「偶然ですね、先輩。こんなばかでかい建物のなかで会えるなんて。運命とか?」
ひそひそと声をひそめて話すシリルにアロイスは視線をそのままに言った。
「後で話は聞いてやる。今は黙ってろ」
アロイスの言わんとしていることが分かっていたため、シリルは短く返事をしただけで、そのあとは黙っていた。
窓からみる外は、さらにその闇を濃くしていた。


あの部屋は、部屋の花は、こんな色はきっと知らないだろう。
そして、これからも。














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