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本当に、本当に、あなたは





























始まり
































24時間体制の護衛任務と言っても、部屋の中まで入ってじっと見はっていることはできない。
かといって、これだけ人通りも少なく、足音が響く廊下に立っていても仕方がないような気もする。
監獄で受刑者や死刑囚を見張っている看守じゃないんだから。
任務を受けた以上、もちろん遂行するが、詳しい指示は何一つなかった。
ただ24時間体制で護衛するだけ。
軍という組織は、完全な縦社会。
上からの命令は絶対で、逆らうことは許されない。
逆に言うと、多くの任務は全て指示があり、それに従って行動してさえいればいいのだ。
つまり、特に何の指示もない任務はそうとう困る。
特に、失敗したら始末書や自分の命1つ消えるだけではすまないような場合は。
今のように。
「さて…」
アロイスはベッドに腰かけた。
特殊部はまだ任意のような指示がある方だが、ここまで何もないことはなかった。
少なくとも自分が受けた任務では。
護衛の任務をするにも、情報が少なさすぎる。
何も、知らなさすぎる。
いったい花嫁を誰から、どのように守ればいいのか。
しかし、『ロゼの花嫁』がいる館だ。
自由な情報収集はできないだろう。
これは非常に悪い状況だった。
どうする?
どう護衛する?
どう情報を得る?
「しっかし…」
アロイスの前のベッドが軋む。
シリルが向かい合うように腰をかけたからだ。
さっきのアロイスの鉄拳が未だに痛むのだろう、頭を右手で撫でながら。
「本当にいたんですね、『ロゼの花嫁』って。俺はただのお伽話だと思ってました」



古くから伝わる昔話。
そのひとつに『ロゼの花嫁』という話がある。
『ロゼ』とは、古い言い方で『月』を表す言葉だ。
どこの国にも宗教はあるように、メデマイラ王国にも古くから伝わる宗教がある。
名をライゼ教という。
「ライゼ」とは、ロゼの発音違いで、その言葉自体はロゼと同じスペルだ。
その信仰対象は月。
古代メデマイラ王国の人々は、日々姿を変える月に憧れと尊敬、そして恐怖と世界の真理を抱いた。
月の満ち欠けを神の意思と受け取り、祈りを捧げてきた。
多くの儀式が行われ、太古は政治も月の満ち欠けや月の光、色で行われてきた。
現在でもたくさんの儀式が行われている。
メデマイラ王国にはこれ1つしか宗教がなく、多くの民が幼いころから祈りを捧げているので、信仰心が篤いものが多い。
子供たちに語られる昔話は、ライゼ教の聖典『ラグーン』の物語をかみ砕いたり、アレンジしたものが多い。
中でも一際多く語られてきたのが『ロゼの花嫁』という話。

飢饉、干ばつ、疫病、豪雨。
何一つ先が見えず、終わりが見えない不安が人々の心を蝕んでいた。
争いが絶えず、地上は怒りや憎しみ、悲しみで満ちていた。
神であるロゼはそんな人々に嘆き、悲しんだ。
そして少しずつ地上から光を消していった。
ロゼか悲しい地上を見なくていいように。
人々が出会い、そして争わないようにするために。
何も見えないように。
そしてやがて月は完全に消え、世界からは全ての光が消え去った。
何も見えなければ戦はできず、確かに地上からは争いが消えた。
だが、光が亡くなって、草木が育たなくなった。
愛する者の姿が見えなくなった。
人々は嘆き、悲しみ、そして悔いた。
人々はロゼに願った。
どうか光を再び地上へ。
ロゼは人々の嘆きに、声に答えた。
朝には強く照らし、人々が愛しい者を抱きしめられるように、草木が成長するように。
そして夜は優しく照らし、人々の疲れを癒して見守った。
そして、ロゼは光の他にもう1つ地上へ送った。
それは1人の少女だった。
見た目は地上の人々と何も変わらない。
しかし、1つだけ違うところがあった。
左右の瞳の色が異なっていたのだ。
その少女は過去・未来・現在の全てを見通し、人々が不安や恐怖を抱かないように道を照らした。
そして月から来たその少女は『ロゼの花嫁』と呼ばれ今でも迷った時は行くべき道を照らしてくれる。



これが古くから伝わる昔話。
もうほとんど伝説に近いが。
『ラグーン』には多くの物語が描かれているが、とくにこの『ロゼの花嫁』は人気があり、小説や漫画に取り入れられたりする。
現在残っている宗教儀式でも、『ロゼの花嫁』に関連したものも多い。
しかし、これはあくまでも宗教上の偶像であって、心のよりどころにはなっても現実ではない。
特にあまり信仰していないシリルなど、幼いころから「何でそんなに信じられるんだろう」とまで思っていた。
宗教の信仰を広めるために他国に侵攻するようなことがないなら構わないとは思っていたが。
しかし、その『ロゼの花嫁』が本当に実在したとは…。
医療技術、科学技術が進歩して、遺伝子のコードがすべて解明された。
その中でも人々はまず瞳の遺伝子に注目した。
人工的にオッド・アイはできるのか、と。
しかし、左右の瞳の遺伝子は対になっており、どちらか片方だけ瞳の色を変えるのはほとんど不可能だったのだ。
突然変異でもおこれば話は別だが、その確率は数十億分の一。
このことを知っていたシリルは、さすがに驚きを隠せなかった。
数十億分の一の奇跡の子供で、中身は普通という可能性は捨てきれないにせよ、これは国にとっては大変なことだ。
国民の90%以上が信者なのだから。
実際が何者であったにせよ、オッド・アイを見た瞬間に、総ての民がひれ伏すだろう。
万が一本物の『ロゼの花嫁』だったら、それこそシャレにならない。
過去も未来も現在も、総てを見通すことができるその瞳。
自国にあれば大きな力であり、安心であり、心強いものとなろう。
しかし、他国に渡れば国の全てが筒抜けとなり、あっという間に国は滅びるだろう。
安心と安らぎを与えるものであり、恐怖と畏怖を抱く、諸刃の剣。
『ロゼの花嫁』が他国でその力を使わずとも、敵国に『ロゼの花嫁』がいると知って、その後も剣を向けられる兵がこの国にいったい何人いるだろうか。
どちらにせよ、彼女の存在は国の重要機密になることは間違いない。
確かに普通部では絶対にできない仕事だ。
シリルが信仰心が薄いのは皆知っている。
信仰心が薄いということは、どんなことがあっても『ロゼの花嫁』に対して冷静に判断が下せる。
アロイスの信仰心は篤いが、この人選はもしかしたらシリルのことを考えてなのかもしれない。
性格や行動に多少問題はあっても、この人選はおそらく正しいだろうとアロイスは思った。
実際に、アロイスは花嫁と対峙した時、この部屋へ案内された時、表情に出さなくともほとんど頭が真っ白になっていたのだから。
何を考えているのかわからないが、シリルは頭が真っ白になってはいなかっただろう。
「まぁ、何にせよ任務の司令が来ちゃった以上やらなきゃなんですよねー」
シリルはゴロンとそのままベッドに後ろ向きで倒れた。
護衛という任務は何度かついたことはあるが、戦地へ赴いて戦うのとどちらが楽かと言われれば、戦地へ行く方が楽だ。
失敗しても自分が死ぬだけで済むのだから。
護衛の任務に就く場合、たいていの対象は戦闘経験はおろか、護身術も心得ていない素人。
しかも命を狙われている場合は最悪だ。
命を狙っているものを排除すると同時に、護衛対象の安全を確保しなくてはならない。
命のやり取りをするなかで何かを庇いながら戦うというのは非常に大きなハンデとなる。
おそらく今回の任務も同じで、花嫁の少女は何の武道経験もないだろう。
まだ現状も何も把握していないから、誰かに狙われているとかいないとかはわからないが、もしそうなれば大ごとだ。
国の重鎮が1人死ぬのとはわけが違うからだ。
重鎮といえど何度も代が代わってきた。
乱暴に言ってしまえば、そのポストは人が代わることを前提としており、遅かれ早かれ入れ替わる。
代えはいくらでもとはいわないまでも、いないわけではないのだ。
しかし、今回は違う。
花嫁の代わりはいないのだ。
失敗は許されない。
何があっても。
「そうだ。お前も気を引き締めてかかれよ」
「引き締めてって言われても…、俺、いつも引き締めてるんですけど」
あははと笑い声。
シリルが寝転がっているため表情は見えない。
本当に笑っているのか、いないのか。
「ま、警護する以上、最低限の情報は必要ですよね」
「それくらいのことはお前でもわかるのか」
「わかりますって。俺を見くびらないで下さい」
「どうだろうな。養成学校の筆記試験ボロボロだった奴だし」
「そんな昔のこと持ち出さないでくださいよー」
シリルが起き上がる。
不満げに眉をよせ、子供のように口をとがらせる。
「伝令を受け取ったんだ。いつまでもベッドの上でくつろいでいるわけにはいかないな」
「俺はその方が嬉しいです」
「馬鹿野郎」
アロイスはシリルにでこピンを見舞った。
ビシッといい音がした。
シリルは小さく悲鳴を上げ、少し涙目でヒットした箇所をなでた。
「とりあえず、俺は情報収集をしてくる。お前は花嫁の護衛についてろ」
情報は2人とも必要なことには違いないが、護衛の任務で指令を受け取ったのに、護衛対象を放っておくわけにはいかない。
どちらがロゼの花嫁の護衛についてもいいのだが、シリルに情報収集に当たらせるのは危険だ。
情報収集と称して城中を探検して、いつまでたっても帰ってこないなんてことは想像に難しくない。
最悪、城下まで行ってしまいそうだ。
第一、情報を収集してきても、それをちゃんと覚えてこない可能性は十分にある。
シリルの辞書には重要なことをメモするという行動は載っていないのだから。
戦闘能力・戦闘センスは抜群にいいのだから、ここはシリルに護衛をまかせてアロイスが情報を集めるのが妥当だろう。
「えー?俺、城歩き回りたいです!」
「誰が城を歩きまわるって言った。情報を集めてくるんだ」
「護衛なんてつまんないですよー。どこかと戦争しているわけじゃないし。だいたい護衛なんて本来ならいらないでしょ、あれだけ周り中が警護っていうか、警備してるんだし」
今はどこの国ともいがみ合っておらず、争ってもいない。
あからさまに警戒する必要はないはずなのだ。
「お前だって外の警備見ただろう。何にもないはずがないだろうが」
「あれはきっと、国王あたりが頭のネジ2,3本飛んじゃったんですよ」
「そう言うことを言うなと何度言えばわかるんだ、馬鹿が!」
アロイスのどなり声に、シリルは少しだけ身をすくませた。
「いいな?じゃあ誰か呼ぶぞ」
ぶつぶつと小声で不満そうに文句をいうシリルを無視して、アロイスはテーブルの上のボタンを押した。
ピッという音がして、それから1分もしないうちにノックの音が扉から聞こえてきた。
入室を許可すると、1人の女性神官が頭を下げながら姿を現した。
この部屋まで連れてきた人とはまた別の若い女性。
頭にかぶっているヴェールは2人をこの銀の館へ連れてきた人物のものより格段に短い。
どう見ても10代の半ばに見える女性にしては、高位だ。
普通はそんな若くしてヴェールはかぶれない。
「お呼びになられましたか?」
「あぁ」
アロイスはベッドから腰を浮かせた。
シリルも立ち上がる。
「任務を遂行する上で必要な情報を集めたい。この建物内の構造も把握したいと考えている。それと同時に花嫁の警護の任に就く。先ほど自由な出歩きを制されているので、どなたかに同行願いたい」
「承知いたしました」
神官は小さく頭を下げ、こちらへ、と促した。
先にシリルが部屋を出て、続いてアロイスが外へ出た。
まだ何の荷物もとどいていないが、しっかり鍵をかける。
鍵の存在を忘れかけていたシリル。
寮でも鍵の管理はほとんどアロイスが行っていた。
用意されていた鍵の1つをシリルに渡した。
大方の管理はアロイスがするにしても、24時間一緒にいるわけにはいかない。
当然シリルも鍵を持ち歩かなくてはならないのだ。
神官は2人に向きなおった。
「私はこれから御二方の御世話役を仰せつかったラナと申します。何なりとお申し付けください」
一礼し、ラナは2人に背を向けて歩き出した。
「先に花嫁様の元へご案内いたします」
ふわりと揺れる神官独特の白い衣装。
石造りの廊下に差し込む光に柔らかく光る。














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