[PR] 若返り







今だけ、ほんの少しだけ
これは私だけの時間





































小さな秘密





































「すいません!遅刻しましたぁ!!」
バンと音を立てて扉を開けて駆け込んできたのは、予想通り、アロイスのパートナーであるシリル。
遅刻はいつものことだから小言程度で済ませようかと思っていたが、事もあろうにこの男は「ロゼの花嫁」の空間にノックもなしに駆け込んできた。
「ノックもなしに駆け込んでくるとはどういうことだ!!」
「は?ノック?……あ」
言われて、自分が今ノックなしにこの部屋に入ってきたことに気がついた。
「すいません!」
「すいませんじゃないだろ!お前は毎回毎回…!何かしらしでかさないと気が済まないのか!」
このお説教が終わるのはそんなに時間がかからなかった。
「構いませんよ。彼がここへ来ることはわかっていたことではないですか」
「しかし…!」
「ノックをしてもしなくても、私には誰が来るのかわかりますし、それがもし危険な人物ならばもちろんアロイスさんにご報告します。 そんなに怒らなくても大丈夫ですよ」
「そういう訳にはいきません。こいつは貴女が思われているよりずっと馬鹿です。言わなければもっとわかりません」
「それに、アロイスさんだって長い時間ではないにしても久々のお休なんですし、お叱りに時間を割いてはもったいないですよ」
「俺のことは構いません」
「シリルさんもあの通り反省してますから…」
そう言ってシリルの方を見ると、額の汗を普通にぬぐっていた。
反省とか、そういうものではない。
ただの日常動作で、表情が凹んでいるということでもない。
別に落ち込んでいることも、凹んでいるということでも、反省しているという風でもなかった。
せっかくのフォローが…。
ちょっと苦笑になってしまったニーナ。
助け舟を出してもらっているのに、当の本人がこの調子。
アロイスはこめかみがひくついている。
2人の様子に気がついたシリルは、何ですか?なんて聞いてくる。
「ま、まぁそういうことなので、アロイスさんはお疲れ様でした。ゆっくりお休みください。シリルさん、これからよろしくお願いします」
そう言ってアロイスの背中を押していく。
シリルは扉からどいた。
ほんの少々の抵抗は見せたものの、背を押しているのがニーナと言うこともあってアロイスはほぼ素直に扉へ向かっていった。
シリルの前で立ち止まり、一発殴る。
鈍い音が響いて、ニーナは思わず目をつぶり肩をすくませた。
「いったー…!!」
「花嫁様はこう言っておられるが、次にやったらこの程度ではすまないからな。よく覚えておけ」
では失礼します、一礼してアロイスは部屋から姿を消した。
ほっと肩をなでおろしてから、シリルに駆け寄った。
シリルはまだ自分の頭をなでていた。
「大丈夫ですか?すごい音がしましたけれど…」
「あぁ、大丈夫です。いつものことだし」
笑いながらその手を止めた。
そしてその手を腹部へ。
ペロンと軍服をめくると、そこからは白い女もののワンピースとカーディガン。
「これって…」
「お約束の品ですよ」
「本当に、準備してくれたんですか?」
「俺、そんなに信用ありません?」
「そんなことないですよ!とても信頼しています」
「ならよかった。じゃないと俺のここに配属されてからの努力は無駄ってことになっちゃいますもん」
でも…。
ニーナは不安そうな顔になった。
「私がここから居なくなったら大きな騒ぎになるのではないですか?」
「あぁ、その点は大丈夫ですよ。ちゃんと考えてあります」
小さなノック。
「花嫁様、ラナにございます」
「ラナ?」
驚きながらも入室許可を出すと、そこに立っていたのは神官姿のラナだった。
「共犯者です」
シリルの言葉に目を丸くする
「流石に誰も此処にいないと何かあった時に困りますし。幸いラナはあなたと年も近そうで、ここへ来る人間はほとんどおらず、普段あなたは多く話す機会がない。 ってことはあなたの声をしっかり覚えている人の数は限られてる。ラナは保険みたいなもんですが、俺より当然ここのことには詳しいだろうし、 あなたのことを友人として思っている貴重な人物です。信用してこんなことをを頼むのは彼女以外無理ですから」
「お話はシリル様から伺っております。あと全てはラナにお任せ下さい」
すっと頭を垂れる。
「心の憂いは晴れました?」
さて…。
白いワンピースとカーティガンをニーナの手に掛ける。
「それではお嬢様、準備と覚悟はよろしいですか?」








「よう、シリル。またアロイス怒らせたんだって?また眉間のしわが深くなってたぜ」
後ろからかかった声に足を止めて振り返る。
そこには同じ特殊部に所属している同僚、オクモルトの姿が。
「時間に遅刻しただけですって。あ、あとノックしないでドア開けた」
「そりゃ怒鳴るな。今要人警護の任務中なんだろ?高血圧持ちなら今頃倒れてるぜ」
「そこまで怒らした覚えないんだけどなぁ。ってか、先輩はちょっと神経質すぎるんです」
「確かにアロイスにはその気はあるな」
「ってか、おひとりですか?」
「ティリツのやつか?あいつは今ヴェク司令官んとこ。書類の提出期限過ぎたから直接渡さにゃならなくなったんだと。すぐ帰ってくるさ。 …ところで、そっちは?」
其処まで話をして、オクモルトはシリルの隣に目を移した。
「あぁ、こっち?クイジールです。普通部の奴なんです。今警備とかで普通部増員されてるでしょ?で、たまたま会ったんです」
「は、はじめまして」
ぺこりち頭を下げる。
軍人にしては小柄で、声のトーンも少々高い。
「こちらこそ初めまして。こいつしょっちゅう問題起こすから大変でしょ?」
「いえ、そんなことないです。とても優しい方でよく助けていただいています」
「へぇ…、そう…」
軍人にしてはあまりにも丁寧な話し方に、少々違和感を感じている様子のオクモルト。
オクモルトの様子には2人とも気付いていた。
「あ、そうだ。俺トイレで抜けてきたんです。早く戻んないとまた先輩に殴られる」
「ぼ、僕もです」
「そうか?じゃあな、がんばれよ」
別れを交わし、パタパタと小走りに去っていく2人を見送り、オクモルトも歩きだした。



角をいくつか曲がり、周囲を警戒しながら裏門へ。
「シリル」
かけられた声に思わず飛び上がるニーナ。
「今なら大丈夫だぜ。適当なこと言って人外しておいた。こっち」
少し先の曲がり角に立つ若い軍人。
「ジル」
ほっと安心したような声に、ニーナはおそるおそるその若い軍人に視線を向ける。
「急に声掛けるなよな、びっくりするだろ」
「びっくりしたのはこっちだっての。何で普通部の情報司令室に忍び込んでるんだよ」
「だから、それは説明しただろ」
「へーへー、言えないようがあるから、だっけ?」
「ジールー」
ちらりとジルはニーナを見た。
どきりとする。
「そいつがなんか関わってるんだろ?5年くらいしたら酒の肴にでも話せよな」
「おう、ありがとな」
じゃ、と軽く手をあげて去っていった。
「あ、あのっ。あの方は…」
「あいつはジル・ミシュガンって言って、俺が養成学校にいたときに知り合った悪友です。
話のわかるいいやつですよ。大丈夫です、信用できます。俺が保証しますよ」
あたりに人気がない事を確認し、そこから城外へ出た。
裏手には茂みがあって、外から城をうかがうことも、城内から外をうかがうのも少々難しくなっている。
城壁の外には整備された細い道があり、道を挟んだ反対側はもう森だ。
まるでおとぎ話のでてくるお城のような立地である。
「こっちに来てください」
シリルは手を引いて茂みに入って行った。
「俺はちょっとあっちに行ってきますから、それ脱いじゃっててください」
「わかりました」
返事を聞くと、シリルは茂みの奥へ去って行った。
シリルがこの場を去ると、言われた通りにさっさと軍服を脱ぎ始める。
帽子を取ると、長い髪が優雅に揺れながら落ちていく。
軍服のボタンをはずすたびに下からのぞく、白いカーディガン。
ズボンを脱ぐと、花の刺繍がされた白いワンピースの上に白いカーディガンを着た少女の出来上がり。
今度はその場に座って、先ほどまで着ていた軍服を畳んだ。
畳んでいると、茂みから物音が。
そちらを見ると、茂みの奥に消えたシリルの姿。
着替えたのだろう、彼も軍服ではなくなっていた。
隠しておいたのだろう、隣には馬がいた。
「サイズはどうですか?きついとかあります?」
「いえ、調度いいです。ありがとうございます」
「それはよかったです」
上手の手綱を引きながら茂みから出る。
城の裏手を走る細い道には、たいていいつも人通りがない。
今日も然り。
「これから行くに当たり、いくつかお願いがあります」
「何でしょう?」
「あなたが『ロゼの花嫁』だとバレると混乱が起こりますから、俺の友人ってことにしてください。それにあたって、 今後、馬に乗ってから城に戻るまでタメ口になることを許して下さい」
「もちろんです。そんなこと、私からお願いしたいくらいです」
「初めてってことですからいろいろ分からない事も多いと思います。何でも遠慮なく聞いて下さい。それから、 ここからは注意事項ですが、危ない事・俺が駄目だと判断したことには近づかないでください。花嫁だとバレるような行為も控えてください。 極力俺から離れることも避けてください」
「わかりました」
「他の注意事項は、えーっと…」
指折り事前に伝えなければならないことを考えている姿に、ニーナは苦笑した。
「世間知らずの自己判断になりますが、自分の立場を踏まえた行動を心がけます」
「あ、そうしてくださると助かります。俺、普段人の注意ってあんまり聞いてないんで、こう言うとき何を言えばいいのか全然わかんないんで」
「我がままを聞いて下さってありがとうございます。ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします」
すっと頭を下げると、シリルはすぐに止めた。
「そんなに堅苦しくならないでください。時間がもったいない。行きましょう」
ニーナを抱え上げて馬に乗せ、その後自分もひらりと馬に跨った。
ニーナを前に抱えて抱くように両脇から名綱を握る。
「じゃ、行きますか」
「はい!」
軽く馬の腹をけり、馬はゆっくりと歩き出す。
目指すは天下の城下町、ボッティアだ。



馬が歩きだしてからすぐに、シリルは妙な声をあげた。
不思議に思って振り向くと、シリルは片手を手綱から離して自分のポケットを探っていた。
「どうかなさいましたか?」
「えーっと、ちょっと待って…、あ、あった」
彼が取り出したのはサングラスだった。
「ちょっと古いタイプなんだけど、よかったらもらって」
「よろしいんですか…?」
受け取りながらそれをしげしげと見つめる。
「俺はそんなに使わないし、ニーナの眼はちょっと目立つから」
「そういえばそうでした」
そう、彼女の左右の瞳の色はそれぞれに違う。
どちらの色も彼女にはとても似合っていて美しいのだが、人前を歩くには少々目立ち過ぎる。
なるべく出会う人に強い印象を持たせたくない事もあり、簡単な防衛策だ。
早速ニーナはサングラスをかけて振り返る。
「どうですか?似合いますか?」
フレームの無いサングラスで、左右の柄も細い。
レンズもそんなに濃い色ではないので、似合わなくはないが、清楚な印象で真っ白な服を纏っていることを考慮すると微妙なところである。
「似合わなくはない、かな」
「何だか煮え切りませんね」
「サングラスって使う人選ぶんだって。特殊部の先輩たちがかけたら間違いなく人が近付いてこないほどの迫力になるから」
「そんなに似合うなんてちょっと羨ましいですね」
「いや、あれは似合うって言うかなんて言うか…。あんな風貌になるんだったら似合わない方が幸せかも…、っていうか、 かけると周囲の精神的な安定を損なうレベルだからなぁ…」
がたいがいい分、迫力は5割増。
中身は気さくでいい奴でも、見た眼に迫力があり過ぎればそれが発揮されることはない。
「でもこれ、ありがたく頂戴します」
にっこり笑って、再び前を向いた。
サングラスはかけたまんま。
城をぐるりと半周し、道が2手にわかれた。
シリルは右の道へ行く。
「こちらはどこへ通じているんですか?」
「こっちは隣町へ続いてますが、城下にも通じる。ただ、かなり遠周りになるんで普通は使わないんだよ」
開けている道より森の中へ続く道に興味があるんだろうか。
「あっちの道は森の中を突っ切ってるけど、途中に綺麗な泉があるんだよ」
「泉水?地下からの湧水がたまるところですか?」
「それはよくわかんないけどね」
声がひどく楽しそう。
きっとサングラスの奥のオッドアイも輝いているんだろう。
「今回は半日しかないから行けないけど、今度は行ってみる?」
「是非!」
肩ごしに振り返った彼女はとても綺麗だった。
年相応の、女の子の顔。
そうだ、彼女だってこういう顔ができるんだよ。
自国の宗教を否定するつもりはないけれど、その為に1人の少女が犠牲になるなら宗教になんて何の救いも無い。
彼女だって好きに生きられるはずなのに。
そこまで考えてはっと我に返った。
何考えてるんだ、俺は。
一介の兵士風情が何も出来るはずもなく、何の力も持ってないのに。
護衛の任務に就くとどうしても感情移入しやすい体質なのは認めるけれど、これはちょっと行き過ぎだ。
どうかしてる。
頭を冷やせ。

眼下に広がる大きな城下町。
たどり着くまでにはもう30分もかからない。













もどる / ロゼの花嫁TOP  / すすむ