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嬉しいって、楽しいって、
きっとこういう気持ち





































色づく世界





































城の裏手。
茂みの外側には高い城壁がある。
その裏口にひと組の男女が立っていた。
1人は軍服の青年、シリル。
もう1人は50代といったところの女性。
服装も随分ラフで、手には紙袋を持っていた。
「ったく、珍しく手紙なんぞよこしたと思ったら妙なお願いしてきて。いったい何の騒ぎかと思ったよ」
「ごめんごめん。今こっちバタバタしててさ、休み取れるような雰囲気じゃないんだよね」
「例の王様の件だろ?ちゃんと進んでる?」
「さぁね。俺の担当じゃないから。なりたくもないけど」
女性はシリルに持っていた紙袋を手渡した。
「ふーん…。まぁいいけどね。それより、後でちゃんと説明してもらうよ」
「わかってるって」
にやにや顔の女性にシリルは苦笑。
元々逃げられると思っていなかった。
「後で、になっちゃうかもしれないけどねー」
「話しはともかく、たまには顔出してよね。みんな心配はしちゃいないけど、たまに会話に上がったと思っても何にも知らないから一瞬であんたの話題終わるんだよ?」
「いや、軍人を家族に持ってるなら少しは心配しようよ」
「心配なんかするわけないだろ。あんたはあたしが捻りだしたんだからさ」
「そう言われるとそんな気もするけど、なんだかなぁー」
胸を張る母親に、何も変わっていないなぁと懐かしみを覚え、同時に何とも言えない気分になった。
ほんわかあったまるような、最後に会ったのはずいぶん前なのに昨日別れたような。
じゃあね、ありがとう。
そう言って別れた2人。
シリルは周囲の気配を気にしながらまっすぐと歩いて行った。








いつもは向かう夢の間の前を通りすぎ、与えられた自室に入る。
並ぶ二つのベッドのうち、自分のベッドの下に先ほどの紙袋を放り込んだ。
そして施錠をして部屋を出る。
そして長い廊下を進み、銀の館から王宮へ。
階段を上り、何度か廊下を曲がり、とある部屋へ。
普通部の常駐王宮警備が資料室として使っている倉庫だ。
誰もいないことを確認して室内へ侵入。
警戒しながら入っていくが、予想通り誰もいない。
手早く、しかし証拠が残らないように引き出しやら机の上やらを物色していく。
シリルが忍び込んだには理由があるのだ。
ここにはない、ここにもない。
しかし絶対にこの部屋のどこかにあるはずだ。
一応機密事項には分類されるが、王城と言う環境から警備は薄いし、さらに重要事項は山のようにある為そこまで重要視されはいないはずなのだ。
本来なら部屋に誰も居なくなる場合は鍵がかけられる。
しかし今は施錠されていなかった。
ということは、単に最後に部屋を出た者が施錠を忘れたか、ほんの少しの間部屋を離れるということで施錠をしなかったかのどちらかだ。
どちらにしても軍人としては十分迂闊であるに違いはないのだが。
「!」
気配が近づいてくる。
まっすぐに、こちらへ。
足取りに迷いはなく、その歩調から軍人であることがわかる。
会話はなく、足音も1つ。
1人のようだ。
言い方は悪いが、普通部の軍人に見つからないように気配を消すことは特殊部にとってそう難しい事ではない。
そういう特殊な訓練を積んでいるからだ。
だが、一度部屋に戻ってきたものが再び部屋を空けるまでの時間が短いとは考えにくい。
長時間緊張を強いられる行為を続けるのも精神的な負担が大きいが、それ以上にニーナの方がまずい。
ここ数日あけていたアロイスが戻ってきたため、午前中はアロイスが、午後はシリルが花嫁護衛の任務を行うことになった。
ずっと任務しっぱなしのため、今日は交替で休もうという話になったのだ。
それについては大いに大歓迎。
先ほど母とも城の裏門ではあるが、隠れてではなく堂々と会っていられたのもその為だ。
しかし現在の時刻は午後10:37。
アロイスとの交代の時間は午後1:00。
昼食はともかく、交代の時刻に夢の間にいかないと非常にまずい。
今から部屋を出ることはできない。
すぐそこまで人物は迫っている。
仕方なくシリルは適当な物影に身を隠して気配を消した。

がちゃ

部屋の扉が開かれる。
足音は1つ。
やはり入ってきたのは1人のようだ。
ちらりと隙間から見える相手の靴は、見慣れた支給品。
泥棒や反軍思想の人間ではなく、やはり軍人。
「はぁ…」
長く大きな息を吐きながらその人物は椅子へ腰掛け伸びをした。
椅子の軋む音がする。
この位置からでは相手の背中しか見えない。
若そうだとは思うのだが、それ以上は何もわからない。
時刻は40分を回っている。
できれば貴重なこの休み、部屋をさっさと脱出して別のことをしたいのだが、この人物は完全に待機態勢に入ってしまったようだ。
まるで立ち去る気配がない。
少々切羽詰った状態ではあるが、気になることもあった。
うだうだ考えていても、状況がよくなることはない。
今までだった散々問題も起こしてきた。
この程度の事など何でもない。
1つ、ゆっくりと、静かに息を吐いた。
……よし。
気合いを入れてシリルは物陰から飛び出した。









いつもと変わらない、咲き乱れる花々。
現実離れした、広い部屋には2人だけ。
世界的宗教であるライゼ教の登場人物の1人の称される「ロゼの花嫁」ことニーナ。
城に関わる多くの人が未だ慌ただしい日々を送っているが、この部屋は何一つ変わらない。 いつもはニーナとシリルがこの部屋にいて、呑気におしゃべりをして過ごしているが、今ここにいるのはシリルではない。
彼のパートナーであるアロイスだ。
これは何も珍しい事ではない。
元々2人で受けた花嫁護衛の任。
国王暗殺という緊急を要する事件が発生しなければ、派遣されて5日もすれば交替で護衛にあたっているはずだったからだ。
5日というのは、この建物の構造や仕えている人の人数、人柄、関係などの必要と思われる情報を収集するために要する時間だ。
この部屋に2人しかいないというのは通常と何もかわらない。
違うのは護衛人が気を張り詰めているという事と、交わされる会話が少ない事。
「あの…」
隣に座るアロイスに、ためらいがちに声をかける。
「そんなに神経を尖らせなくても、今日は本当に何にもありませんから…」
「いえ、それが職務ですから」
真面目にそう答えるアロイスにちょっと困った顔をする。
今までの警護に当たってきた軍人も皆そうだった。
まず、ニーナと言葉を交わさない。
そもそも話しかけていい雰囲気ではない。
必要とあらば、その場で標的を物理的に、眉ひとつ動かさずに削除してもおかしくないような雰囲気だった。
信仰の厚い者なら瞳を合わせて言葉を交わすこともままならない。
この館に使える神官たちも必要以上に言葉を発しないことが多いので、少々寂しさは感じたものの、それが日常だった。
仕方がないと納得していた。
シリルが来てから、その考えが一変したのだ。
護衛相手ということで初めは多少の遠慮はあったものの、今では何のためらいもなく話をしてくれる。
むしろ話しかけるわ、ピクニックはするわ、やりたい放題。
しかも本来は交代制のはずなのに、アロイスが国王暗殺の捜査に行っていたので、シリルがずっと警護と言う名でニーナのもとにいた。
そのわずか数日の間にニーナの日常はあっとい間に変わってしまったのだ。
毎日話をして、笑って、そうやって過ごす日々。
他の人にとっては当たり前のことかもしれないが、ニーナにとっては新鮮で、ずっと望んでいた日常。
「ロゼの花嫁」としてこの館にいる間、ずっとラナを除いた誰もが親しくなど話をしてくれなかったから。
人と話をすることの楽しさを知ってから、ニーナは誰かと話をしたかった。
ここのところは望まなくてもシリルが一方的に話をしていたのだが。
だが、アロイスがここにいて思った。
やっぱり自分は特別な存在で、簡単には打ち解けてはもらえないのだと。
シリルが特殊なのだと。
しかし、シリルとの仲とて、初めはシリルが歩み寄ってくれたのだ。
今度は自分の番。
自分が「ロゼの花嫁」だから話をしてもらえないのではなく、この人は任務に忠実で、護衛相手が誰であろうと無駄口は叩かない、真面目な人なのだ。
そう思って、たとえ話しかけた言葉が一言で切られて会話にならなくともめげずに頑張ってはいるのだが、あまり芳しい成果がなかなか得られていない。
「そんなに神経を尖らせていては疲れませんか?ここは以前お話ししたように私の許可なく館の者が入ることはありませんし、前の通路も人通りは少ないです。 もし見知らぬ方がこの館に来られても、ここは館の最深部に近いですし、何かあれば誰かが知らせにきますので…」
「その“万が一”に備えるのが我々です」
「そうですけれど…」
正直、見ているこっちが疲れてくる。
館の者は話こそしないし、ニーナを恭しく扱うがこんなに緊張する者はいない。
せいぜい新入りの顔合わせくらいなものだ。
ここから逃げようにもニーナには逃げられる場所はないし…。
小さくためいきをついた。
でも、ニーナもこの程度のことで諦めるつもりは毛頭なかった。
向こうから話しかけてくれないなら、こちらから一方的に話しかけ続けるのみ。
アロイスは、無視することはきっとない。
「今日はお二方で交代で休暇ということになっているんですよね。今アロイスさんがいるということは、シリルさんは今はお休み、ということになるんですか?」
「まぁ、そうなります」
「今頃何をしているんでしょうね」
「大かた部屋で寝ているか、どこかへ遊びに行くか、その辺を適当にひっかきまわしているんでしょう」
「ふふ、何だかそれ、私にも想像できます」
見ようと思えば確かめられるのだけれど。
そんな事をしても楽しくないのは百も承知。
「今度はアロイスさんがお休みに入られるということですが、何かご予定はあるんですか?」
「これといってありません。部屋で書類の整理をして、ゆっくり過ごすくらいです」
「書類って、何かの報告書ですか?」
「はい」
「前にシリルさんが『何かしら、任務についたら全部に報告書を提出しなきゃならない』って言ってましたけど、それは私の警護の任務のものだったりするんですか?」
「まぁ…」
「報告書ってどんなことを書くんですか?この任務、そんなにすることもないと思うのですけれど、記入欄はちゃんと埋まるんですか?」
止まらないニーナの質問の嵐。
困って彼女の方を見ると、キラキラとした目がこちらを見つめている。
この顔、誰かと被る。


『それで?その後どうなったんですか?!』


あぁ、そうだ。
シリルに似ているんだ。
以前シリルと組む前のパートナーと行った戦や潜入の任務の昔話をしていた時、アイツもこんな風に目を輝かせていた。
もともとがこういう性格だったのか、シリルに感化されたのか…。
どちらにしても、今の彼女は自分の信仰対象でもある女神にはとても見えなかった。
こんな人工的な花畑ではなくて、月なんかじゃない、太陽の下で笑っている方が似合う。
シリルは自分などよりももっと早くそう思っていたんだろう。
「あ、もう交代の時間のようですね」
「は?」
「シリルさんが走ってきますよ」
腕時計を見ると、時刻は1:04。
確かに後退の時間だ。
むしろ過ぎているが。
あの馬鹿、また時間に遅刻して来やがった。
「はぁ…」
何度この溜息をついたことか。
隣でくすくす笑う少女はひどく楽しそうだ。
この少女を見ていると、気にしてはならないことが気になってくる。

何故、どうして…
いや、そもそもあなたは…

そんな想いを胸の奥に押し込めて、駆け込んでくるであろうパートナーにどんな言葉をかけようか。
そちらに頭を切り替えた。













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