神も、永遠も、なんにもいらないから




































小さな誓い





































美しく、そしてテニスコート3つは取れそうなほど巨大な部屋。
しかしこの部屋でパッと目を引くものと言えば大きな窓と、美しい庭、キングサイズのベッド、壁一面の本棚くらいなもの。
家具類はすべてこい茶色に統一されており、落ち着いた雰囲気が漂っている。
同じく落ち着いた色の扉をノックする音が聞こえ、部屋の主は入室の許可を出した。
「申し上げます」
「どうぞ?」
執務用と思えるほど広い机に、扉を背に窓の外を見ていた人物はくるりと椅子を回転させて入室してきた人物の方を向いた。
振り向いたのは若い青年。
整った顔立ちは美しいが、まとう雰囲気に少々違和感がある。
何となく、近づきたくない、ような。
入室してきたのは1人の軍人。
しかし、その胸に輝く数々の勲章が地位を示している。
その人物は部屋の主の前まで来てひざまずいた。
「メデマイラ王国、第86代国王、ノラルド・シュフラート殿下が御逝去なされたとの報告が」
「そう、あのおじさん死んじゃったんだ。それで?死因は?」
「毒物摂取による中毒死。軍は殺害されたものと判断し、犯人を目下捜索中」
「見当はつきそうなの?」
「は。詳しくはまだ情報が入ってきていませんが、どうやら国王暗殺には特殊な毒物が使用されたようで、まったく目星がつかないというわけではないようです」
「ふぅん…。…42点、かな」
「…は?」
青年の謎の言葉に思わず軍人は顔をあげる。
青年は軍人にふわりと微笑んだ。
「ううん、気にしないで」
「は…」
軍人は再び頭を下げた。
「面白い話はそれくらい?」
「は。また新しく情報が入り次第、随時ご報告いたします」
「よろしくね」
もういいよ、と言うと、軍人はさっと立ちあがり、ドアへ向かった。
一礼して部屋を出ようとしかかったとき、青年が呼び止めた。
「そうだ、あっちの調査はどう?進んでる?」
「少しずつではありますが、調査は進んでおります」
「ちょっとでも進んだならいいよ。引き続き頑張ってね」
軍人が部屋を去って、再び部屋は静まりかえった。
青年が座っていた高価そうな椅子によりかかると、ほんの少しだけ軋んだ音がした。
両手を伸ばして、かざす。
顔に両手の影がかかった。
「ようやく、動き出した。ねぇ、見てる?…ロゼの花嫁」















国王の死という知らせはそれなりのスピードで近隣諸国にも伝わった。
諸国の反応はそれぞれだった。
メデマイラ王国は海に面しているものの、他に3つの国と接している。
1つ目はカーラミア。
農業大国で、たくさんの穀物を出荷している。
穏やかな者が多く、メデマイラ王国と一番長く、そして深く、親密にかかわってきた国である。
2つ目はウェテリカ。
鉱物、原油、宝石などの原材料が豊富な国である。
しかし、古い昔、メデマイラ王国が軍事国家として名を馳せていたころ、植民地であったことも手伝って、国民のメデマイラ王国に対する印象は未だにいいとは言えない。
そして、最後にイスバクト。
中間貿易で栄えた工業大国である。
四方を国が囲んでおり、海がない。
3つあるライゼ教の聖地のうち1つをもつ国だ。
ちなみに、残り2つはメデマイラ王国のイスバクトとの国境の町いずれもある。
イスバクトは工業大国ということもあり、隣のウェテリカと非常に親しい関係を築き上げている。
どの国も国王の葬儀には王族が参列した。
カーラミアからは国王夫妻と1人娘の姫君、イスバクトからは王妃と第一姫君、ウェテリカからは第一王子と第一姫君が参列した。
葬儀はしめやかに、盛大に行われた。











戴冠式も国王の葬儀も終わり、城下ではいつもの日常に戻りつつあった。
町には活気が戻り、子どもたちは走り回り、多くの声飛び交う。
そう、死因が何であれ、遅かれ早かれ、人はいつかはこの世を去るものだ。
その街の中を、ライレックは歩いていた。
歳はまだ14、5歳というところ。
身長もそれほど高い方ではない。
童顔で、まだ幼さが残っているが、整った美しい顔立ちをしていた。
彼は男性であるが、大きな瞳と柔らかそうな髪の毛は女性を思わせる。
体格もいい方ではないので、女性だと言えば通りそうではある。
「ふぅん…、名高いメデマイラの城下町ってこんな感じなんだ」
目的地があるわけでもないのに、その足取りには微塵の迷いもない。
「ラットロヴァが何で僕に行って来いって言ったのかわかったかも」
住宅街をぬけて、適当に商店街を歩きまわる。
途中で買った飴を口に放り込んだ。
飴の先に棒が付いていて、それが持ち手になっている。
口からでた棒がぴょこぴょこ動いて、口内で飴を弄んでいるのがわかる。
首は動かさずに、視線だけを動かして周囲を見ていた。
もちろん耳も澄ましている。
より多くの情報を得るために。
適当にふらりといくつかの店に入った。
洋服店、書店、病院、八百屋、花屋。
ジャンルはめちゃくちゃ。
店の中を歩き回って、何も買わずに店をでる。
その繰り返し。
何も買わずに去る客は珍しくないのだろう、どの店もライレックを不審に思う人はいなかった。
今、ライレックの足は城に向かっていた。
黙って抜け出してきたから、そろそろ騒ぎになっているかもしれない。
1つ年下の妹など半泣きになっているところが容易に想像できる。
お付きの家臣たちがどんなに騒ごうと気にならないが、自国でない以上あまり目立った問題行動はとらない方がいい。
もっとも、すでに手遅れかもしれないが。
ラットロヴァは城へ続く道を歩いていた。
メデマイラ王国の城、フランベイラ。
そのクラシックな外装は石造りで、歴史を感じさせる落ち着いた薄茶色。
美しい城は繁華街から少し離れた丘にある。
繁華街のはずれに止めておいた馬に軽々と飛び乗って、軽く腹を蹴った。
ゆっくりと馬が歩きだす。
これは彼が昔から乗ってきた愛馬。
メデマイラに来る長旅も、彼はこの馬に乗ってきた。
馬の背に揺られながら周りの景色はどんどん変わっていく。
繁華街から少し抜けると、ちょっとした林がある。
小さな小川にかかった小さな橋を渡って、そこから緩やかな坂を登って行くと、美しい城は目の前に現れる。
これはフランベイラ城に続く道の1つ。
いくつかあるうちの道で最も美しい道。
一番遠周りではあるが。
しかし、商店街や林、小川を抜けて再び美しい石造りの城が現れるその景色はファンタジー小説そのもののよう。
しばらく行くと門が見えてきた。
門番が見えてきた。
2人の門番も彼に気が付いてこっちを見た。
そのまま進み、門の前で馬の歩みをいったん止める。
「この城に何か用か」
常套句を口にする。
「もちろん。早く開けて」
彼の言葉に2人はむっとした顔になった。
「何者だ。要件は何だ」
その言葉にきょとんとしたライレック。
「本当に俺のこと知らないわけ?」
「知るわけないだろ」
「本当に?」
「しつこい。さっさと…」
そう言いかけた言葉をさえぎるように城門の内側から彼を呼ぶ叫び声が聞こえた。
「王子ー!!」
その声に門番2人が振り返る。
ライレックはいつものこととばかりに呑気に「ルッチ」と言った。
「どこにもいらっしゃらないと思ったら勝手にお出かけなさっていたんですか?!」
「まぁね。城にいたって暇なだけだし」
「でしたらせめてこのルッチに一言お声かけください!どれほど家臣が心配したかおわかり下さい!」
「ルッチは心配症なんだよ」
「姫様もたいへんご御心配なさってたんですから!」
「また半泣きでもしてた?しょうがないんだから。いい加減に慣れてほしいもんだよね。僕が抜け出すのなんて今に始まったことじゃないんだし」
肩をすくめて溜息をつく。
その姿にため息をつき、はっとしたように門番に門を開けるように指示した。
その声に2人はあわてて門を開ける。
ルッチとライレックの会話に、国王の葬儀に参列したどこかの隣国の王子だとわかったからだ。
「失礼いたしました!お通り下さい!」
門を解放し、両脇によける。
「ごくろうさま」
門を悠々と通る。
そのまま馬小屋へ向かう道、ルッチはずっと横に付いていた。
「もう今日はどこにも行かないよ」
「いいえ。ルッチは信じません」
「信用ないんだ」
「御自身を振り返ってください」
「ま、いいけど。本当のことだし」
「御自覚があるのでしたらこういった行動はお控えください!」
「あーもー、うるさいな。そんなんじゃ血管切れて早死にするから」
彼の名前はライレック・イヴィザート。
隣国ウェテリカ第一王子、正式な時期国王後継者第一候補である。
「で?あっちの方は?ちゃんと調べてきたんでしょ?」
「はい」
少々まだ不満げではあるが、ルッチは懐から手帳を取り出した。
馬小屋で馬をつなげて戻ってきたライレックにそれを渡す。
さっと斜め読みして、パタンと閉じた。
それをルッチに渡して歩き出す。
今度は城へ向かって。
「予想通りっていえば予想通りだけどね。あの馬鹿やっぱり尻尾出してたんじゃん」
「王子の席からはご確認できなかったそうですね」
「見ようと思えば様子ぐらいうかがえたけど、絶対不自然だしね。そんなことも考えられないなんて、あの馬鹿王子脳みそ入ってないね」
「王子…、何度も申し上げますように、そのようなお言葉は…」
「言いたくもならない?っていうかさ、軍の特殊部に嗅ぎまわられたら全部バレんの時間の問題じゃん?ま、どうせあいつはそこまで見越してるんだろうけど」
ほんの少しだけ歩く速度を速めた。
「戻ったら手紙書くからすぐに出して。どの程度、どんな速度で割れていくのかこっちからも見張りつけといて」
「どちらに?」
「決まってんじゃん、全部だよ」
「御意に」
視線の先には城の立派なドア。
勢いよく開け放ち、ずんずん廊下を進む。
そして、これまた勢いよく部屋の扉を開けた。
ライレック用に用意された客間である。
国内の重要人や諸国の王族、重鎮用のゲストルームなだけあってかなり広く、作りも豪華だ。
キングサイズのシルクのベッドに上着を放り投げ、そのまま机に向かう。
シンプルだが、作りはしっかりしていて、ところどころにある少々の上品な装飾が気品をかもしだしている。
あっという間に書きあげて、それをルッチに。
そして彼は部屋を出て行った。
向かった先は分かっているので、ルッチは何も言わなかった。
彼が向かったのはすぐ隣の部屋。
こんこんとノックすると、中からか細い女の子の声。
それが入室を許可したのでがちゃんと扉を開けた。
自分の部屋よりずいぶん優しく。
中にいたのは声の通り、少女だった。
ふわふわの髪の毛、大きな瞳。
絵に描いた様なお姫様。
少女はライレックの姿を確認すると、曇らせていた瞳をぱっと輝かせて抱きついた。
「お兄様!」
「オーバーだよ、ルーラルナ」
彼女の名前はルーラルナ・イヴィザート。
ウェテリカの第一王女だ。
年齢はまだ12歳そこそこ。
まだまだあどけなさが抜けない顔に、子どもっぽいしぐさ。
しかし、それがいっそう彼女を愛らしく見せた。
ライレックが撫でると、嬉しそうに大きな瞳を細めた。
「またお1人でお散歩ですか?」
「そうだよ。知ってたわりにはずいぶん騒いでたみたいじゃん」
「あたりまえです!お兄様が急にいなくなってしまうんだもの。自国でもないのに…!」
「なんかさ、最近特にルッチに似てきたよね、ルーは」
ぷうっと頬を膨らませる姿に苦笑した。
そして、そのまま抱きしめる。
「お兄様?」
よくわかないが、抱きついてきた兄の背に手を回す。

彼女は守る、何があっても。

そう気持ちをこめて、その存在を確かめるように、きつく抱きしめた。













もどる / ロゼの花嫁TOP  / すすむ