その声は、聞こえない

誰にも
































空をきる
































『陛下、なぜ彼の者を遠ざけにならないのですか?!そうでなければ御身が危険と以前から申し上げてきましたでしょう!』
『わかっている。私もいつかこういう日が来ると思っていた。私はこういう風に死ぬのではないかとな』
『今動けば十分に回避することは可能です!』
『私はな、ニーナ。こんなに年端もいかない少女の命を削ってまで生きながらえようとは思わない』
『…!!陛下、なぜそれを…』
『歴代国王は皆知っていたさ。国のため、自分のためにと花嫁を使ってきた。すまなかったな…』
『陛下が謝罪されることは1つもありません。私のことよりも、陛下の御身です!この国はまだ陛下を必要としています』
『私は十分とは言えないかもしれんが、満足には生きた。胸を張って後を託せるものもいる。悔いはない』
『陛下!』
『仕えてくれたこと、礼を言う。君を自由にしてあげられなかったことは残念で申し訳ないが…。』
『どうかお考えをお変えになってください!』
『私の考えはかわらんよ。ありがとう。そしてさらばだ』
瞳を閉じれば、鮮明に浮かぶあの光景。
そう、あの日国王陛下はここにいた。
さまざまな花が咲き乱れ、やわらかな風がそよそよと吹くこの部屋に。
満足した笑顔で、少しだけ寂しそうな背中で。
考えが変わらないこと、わかっていた。
それでも、国王に、生きてほしかったのだ。
あの背中がこの部屋を去ると、膝にはもう力が入らなくて。
頬には無数の雫が伝った。











いくら先代国王が殺されて犯人が捕まっていないからと言って、いつまでも一国の玉座を開けておくことはできない。
数日後、戴冠式が厳かに執り行われた。
戴冠式にはシリルもアロイスも出席した。
もちろん花嫁の警備として。
花嫁は多くの貴族・王族と席を共にしていた。
貴族や王族の後ろには数人の警備員が配置され、2人もその警備員の一員なのだ。
もっとも、花嫁の専属ではあるが。
多くのものが花嫁の存在は知らないようで、でも顔を知らない貴族席の娘なので、注目の的であった。
ニーナは色の濃いヴェールを頭からかぶっていたため、周りにはオッドアイが見えなかったのだ。
雰囲気が他のものとは大きく違い、近寄りがたかったためか、好奇心はあっても直接話しかけてくるものは皆無ではあったが。
式典、玉座の隣の席には王妃イルリサが凛と腰を下していた。
美しい顔立ち、少々気性は荒いが、よく笑う優しい、貴族出身の王妃。
彼女は国王との間に3人の子供を儲けた。
第1王子、ルフリス。
母親譲りの整った顔立ちはかっこいいというよりも美しい。
聡明な頭脳の持ち主で、口数は少ないが周りの信頼は厚い。
第2王子、ウォルクス。
容姿は父親譲り。
美しいという言葉は似合わず、かっこいいという方がよく似合う。
一見細見ではあるが、武道に優れていて、性格も熱しやすい。
部下思いでアニキ肌。
王城内よりも国民に人気がある王子だ。
そして最後に第3王子、シェオット。
思考が短絡的の割に野心家。
後先を考えないことも多く、武術には多少精通しているものの、政治はほとんど向いているとは言えない。
王妃の子供は男が3人で、姫は生まれなかった。
長男の年齢は26歳。
続いて二男24歳、三男21歳。
誰でも王位を継ぐには可能な年齢ではあるが、このラインナップでは誰もが当然長男のルフリスが王位を継ぐと思っていた。
司祭長が恭しく手紙を開く。
これは生前の国王直筆のもので、国のトップであるということから当然命を狙われる可能背は常時捨てきれない。
そこで国王は常にビオと呼ばれる遺言書を身につけているのだ。
そこには次の王位継承者や機密事項の引き継ぎなど、さまざまな事柄が示されている。
王位継承は大切なことであり、1か月前と後では継がせたいと思うものが変わることもありうる。
そのため、ビオは最低でも7日ごとに書き直される。
通常はこれに則って次の王位を継承し、国を動かしていく。
ビオは最重要機密であるため、国王が存命の間は国王以外が触れることすら許されない。
司祭長は手紙に、王妃に、王子達に一礼し、手紙を開いた。
延々と続く形式的な儀式に、シリルはあくびをかみ殺す。
流石に王位継承式典の貴族席の警備員があくびをするわけにはいかない。
どうにもこの手の儀式はシリルは苦手だった。
本題だけちゃっちゃと言って終わりにしてしまえばいいものを、前フリは長いわ、本題に裂く時間は少ないわ、締めの言葉は終わらないわでいつまで経っても先が見えない。
これはどんなに機密レベルの高い式典でも、町の町長の演説でもかわらないな、と思った。
式典に参加している貴族たちは背筋を伸ばしたまま臨んでいる。
こういうところは素直に尊敬に値するなとしみじみ思う。
今は警備ということで出席者の後ろで立位で待機しているが、出席者のように椅子に座っていたら、間違いなく開始15分後には意識を失っていただろう。
「次に、王位の継承を行いたいと思います」
その言葉に眠気を払う。
ようやく本題に入った。
式典が始まって、かれこれ既に1時間は経過していた。
司祭長がビオを読み上げる。
「国王ノラルド・シュフラートの名において、次期国王は第1王子、ルフリス・シュフラートとする」
ルフリスは席から立ち上がり、王妃に一礼。
台座へ上がり、司祭の前に跪いた。
司祭長はルフリスの頭上にゆっくりと王冠を乗せた。
見事な装飾、品のある宝石が散りばめられた美しい王冠。
戴冠式の時、婚姻の時など、特別な時にだけ使用される式典用の王冠だ。
王冠を乗せられたルフリスはゆっくりと立ち上がり、振り返る。
そしてその場にいるものすべてがルフリスに頭を垂れた。
式典の儀式の一つではあるが、200人近い人が一斉に頭を垂れるその場の光景はなかなか重みのあるものだ。
ルフリスは再び正面を向き、玉座へ向かう。
そして王のみが座ることを許された玉座に腰を下ろすのだ。











式典は滞りなく終了した。
時間にして約2時間。
皆が退席し、シリル、アロイス、ニーナも会場を後にした。
だが、警備に当たってた特殊部の軍人は違和感を感じていた。
国王が殺されたというのに、あまりにもスムーズに式が執り行われ、終了したからだ。
国王は年もそれなりに召していた。
王子達も立派に成長した。
5年以内に王位を継承するだろうと言われていたのだ。
長男以外の誰かに王位を継がせたいために殺したのだとすれば、式典に何らかの障害が加えられる。
国の混乱を狙うなら、もっと違う時期があったはず。
これだけ厳重な警備の中、国王暗殺を行わねばならない理由は一体何なのか。
そう思い、通常の式典警備の3倍の特殊部員が配置された。
普通部を含めると、通常の5倍の警備員の数である。
警備が厳重で何もできなかった、というならそれにこしたことはない。
だが、通常でも厳しい警備がなされている王城、しかも現在厳重警備がなされている中で国王暗殺を図った者にとって、この式典に侵入・干渉することはさほど難しいとは思えない。
そう考えていたのはアロイスやシリルも例外ではない。
そして、きっと多くの特殊部の人間が気が付いていただろう、第3王子の不審行動。
次期国王を司祭長がルフリスの名を呼びあげたとき、ほんの一瞬驚いた顔をしたのだ。
何もなければ、代々第1王子が次期国王になる。
まして、ルフリスはその頭脳と采配で信頼があつい。
どんな人間とも波風を立てることなく付き合うことができ、もちろん兄弟とも仲がいい。
第2王子のウォルクスは心底兄を信頼し、彼が国王になることを望んでいた。
ウォルクス自身も国王になりえる器の持ち主であるにもかかわらず。
第3王子のシェオットも、ルフリスにはとてもよくしてもらっていた。
何か問題を起こせばかばってもらったこともある。
シェオットもルフリスにはとても懐いていた。
彼が誕生日の時、毎年欠かさず贈り物をし、どこか視察へ行けば、帰宅の時はルフリスに1番に伝えていた。
そのシェオットの行動。
何か知っている。
もしくは、国王の死に関わっている。












特殊部の招集は静かに、速やかに、極秘裏に行われた。
特殊部本部、会議室。
完全防音、音波も完全遮断、情報保守の安全上、窓も1つとして存在していない。
集められたのは総勢12名。
特殊部はもともと少数精鋭部隊で、全ての人員を数えても28名。
皆見知った顔ではあるし、普通部より厳しい業務ということも手伝って、それほど上下関係は厳しくなく、むしろ良好な関係が築き上げられている。
しかし、そんな組織にももちろん上層部というものは存在する。
「集まったか」
円卓につく一人の初老の男性が口を開いた。
ただでさえ窓もないために圧迫感があるというのに、張りつめた空気がさらに空気を変えていく。
この男性、ヴェク・ヨークトース。
いつもは人の良さそうな微笑みを浮かべている、庭に水を捲いていそうな風なのだが、メデマイラ王国軍特殊部最高司令官なのである。
普段の何でもない時こそ穏やかだが、大戦を含む数多くの戦場を戦い抜き、輝かしい功績を多く残してきた。
メデマイラの軍人にとってはほとんど生きる伝説のような人物だ。
「集まってもらった理由は皆分かっているかと思うが、どうかな?」
皆、何も言わずにヴェクを見つめる。
その瞳は力強い。
その様子にヴェクは満足そうに頷いて、皆が優秀だと助かるな、と呟いた。
「メデマイラ王国第3王子、シェオット殿下のことだ。先刻の式典で不審行動が見られた。
本来なら即刻尋問にかけたいところだが、王子という立場上疑いのみで連行することはできない。ならばどうする?」
ヴェクはアロイスを指名した。
「証拠を得る」
「その通り。君のこの様子を見たら、養成学校の教員も喜ぶな」
「恐縮です」
会釈を返すアロイス。
「さて、皆に集まってもらったのはシェオット殿下の行動の監視、及び国王暗殺調査続行、それに伴うシェオット殿下の関わりだ。 あくまでシェオット殿下は疑いがあるだけで確証はない。疑いが晴れるもよし、暗殺との関わりが確定されてもよし。 結果はどっちでもかまわない。事実の確認だ。ただし、これは本人に気付かれては意味がない。これは王国法典及び特殊部規定に則った極秘任務とする。 各員持ち場へ戻り、パートナーに旨を報告。連絡を取り合い、効率的に動くように。情報交換時には細心の注意を払え。手段は各員に一任する。行動を開始せよ」
言い終わると同時に11人全員が一斉に立ち上がった。
ぱらぱらと部屋を出ていく。
「アロイス」
呼び止められて振り返る。
声の主は先ほどまで全員に指示を出していたヴェク特殊部最高司令官。
「司令官、何か?」
「何か、とは他人行儀じゃないか。私と君の中だというのに」
そういうヴェクに先ほどまでの迫力は、もはや微塵もない。
いつもの用務員のおじさんの様な状態だ。
彼の言う「2人の仲」というのは、アロイスが新人の時代、パートナーが紛争で亡くなり、シリルが入隊してくるまでの間、ずっとヴェクがパートナーだったことだ。
「君の活躍は聞いているよ」
「活躍というほどのことは何もしていませんが…」
「いやいや、謙遜することはない。シリル、相変わらずじゃじゃ馬なんだって?」
「まぁ…、否定しきれませんね」
「やっぱり。そっちも話聞こえてくるからねぇ」
シリルは今のところ特殊部最後の入隊者。
しかも普通部での評判は散々。
特殊部に入隊してからも彼の行動の根本は変わっていない。
ヴェクは任務さえこなせば特に厳しい事を言うような人間ではないし、特殊部はほとんどそういう種類の人間で構成されている。
人数が少ない分そこまで厳しい規則は必要ないのだ。
「いやいや、何にしてもうまくやっているようでよかった。君くらいしかシリルの相手できる人思い浮かばなかったからね。私の人選は正しかったわけだ」
「これでもけっこう苦労してるんですけどね」
「そうかな?楽しそうだけど」
「御冗談を」
和やかな会話は、これからの行動にはまるで考えられない。
これが特殊部。
やるとき以外はまるで何もしない。
メリハリは大切だ。
「普通部では問題児だったみたいだけど、実地成績は素晴らしかったからね。こっちに来てからはそんなに心配しなくて済んでるんじゃないのかな?」
「まあ…、戦闘面に関してはおおむねそうですね」
「ずいぶん引っかかる言い方だ。何か心配でも?」
「いつもはそうでもないんですが、今回はちょっとあるんですよ。心配事」
「ほう…」
「たぶん、あいつは…」













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