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軋む音が、聞こえる






























崩れゆくまで
































国王の死。
国中を驚愕させるような、この知らせが駆け巡ったのは、あのピクニックのような昼食をした、ほんの数日後のことだった。
民に慕われていた国王の死は国中のものから悼まれた。
各地で国王への黙祷が捧げられた。
しかし、悲しんでばかりでいられない者も多かった。
国政に関わる者、王族、貴族、軍人は王の死を悲しんでいる暇などなかった。
確かに国を治める者が亡くなれば、それなりに周りは慌ただしくなり、故人を偲ぶのは民より少し遅れることになる。
だが、今回は違ったのだ。
国王は病死でも、老衰でもない。
殺されたのだ。
この話が銀の館にいるシリルやアロイスに伝わるまでに、そう長い時間はかからなかった。
「国王が殺されたって…。どういうことですか?」
「俺にもわからん」
猛スピードで長い廊下を歩いて行くアロイスの後をついていくシリル。
さすがにシリルにもいつものおちゃらけた雰囲気はなかった。
「国王って、あの国王ですよね?」
「あぁ。第86代国王、ノラルド・シュフラート様だ」
「殺されたって、誰に?今はどことも戦争なんてしてないし、どっかに敵つくるようなヘマする人じゃなかったでしょ?」
「それがわかればここまで王城が混乱することもないだろう」
「ってか、そもそも殺されたなんて、何を根拠に?犯人わかってないんでしょう?」
「それを今から確かめに行くんだろうが」
国王ノラルド・シュフラートは、気さくで明るく、王宮に仕えている者、民、多くの者に慕われていた。
子宝にも恵まれ、美しい王妃との関係も良好。
政治に関しても歴代国王でも指折りの優秀な王だった。
王宮警備ならまだ多少はわかっただろうが、情報がない。
伝わってきた内容だって、噂程度のもの。
一刻も早く正確な情報を、多くの情報を得なくてはならなかった。
アロイスは立ち止まり、後ろを歩くシリルに首だけを向けた。
「俺はこれから王宮へいって確かめてくる。お前は引き続き花嫁の警備にあたれ」
「でも、これは俺も行った方が…」
「今いるのは王城だが、今の俺達の任務は花嫁の警備であり、それが最優先事項だ」
「それは…、そうですけど」
「無線は常時使用可能な状態にしておけ。何かわかったら伝える」
「…わかりました」
シリルを残し、アロイスは早足にその場を立ち去った。
その後姿を見えなくなるまで見送って、少しだけ視線を落とした。
長く息を吐いて、しっかりと前を見据えた。
そして、扉をノックする。
いつものように。







柔らかい光の中、ふわりと風が頬をなでる。
一面の花畑は今日もそこにあって、この世のものとは思えない美しさ。
そんな空間の中、部屋の中央に座る白い少女。
何物もこの空間では異物に見えるのに、彼女だけは馴染んでいた。
くるりと振り返り、シリルを見つけてほほ笑んだ。
「おはようございます」
「おはようございます」
シリルも笑って挨拶を交わした。
歩み寄って、隣に腰を下ろす。
「それにしても…」
先に口を開いたのはシリル。
「この花畑は不思議ですね。いつまでいても、何度来ても飽きません。俺、きっと自分は飽きるんだろうなって思ってました」
「ふふ、気に入っていただけたようでうれしいです」
「花は嫌いじゃなかったですけど、こんなにのんびり眺めたことはここへ来るまではなかったです。名前くらい知ってればよかたなぁと思いますよ」
「本当?」
「はい」
花嫁は手近な白い花を手に取った。
「これはご存じなのではありませんか?」
「ロサリア、でしたっけ?」
「はい」
「これくらいなら知ってますよ。道の端とかによく生えてます」
「私もこの部屋以外で見かけたことがありるんですよ。外を散歩していたころに見つけました」
楽しそうに話す花嫁だが、ひとつ気になることが。
「散歩を、以前はしていたんですか?」
「はい。以前は銀の館の敷地内なら私は自由に行動してよかったんです。晴れた日は外を散歩したり、お茶を飲んだりしていました」
今はここだけなんですけどね、と苦笑。
「その理由をご存じですか?」
「…はい。逝去なされた国王陛下の命です」
「国王の?」
花嫁はロサリアから手を離した。
「今、この国で何が起こっているかご存じですか?」
「詳しくは…。国王が逝去された程度しか俺は知り得ていません」
「私は、今日という日が来ることを知っていました」
「そのお力で?」
「はい。そして陛下も今日という日が来ることをご存じでした」
「…そのお話、もう少し詳しくお聞きできますか?」
花嫁は視線を上げて、シリルを見据えた。
「神話の“ロゼの花嫁”のお話をご存知でしたね」
「花嫁は人々の道を照らすために月から来たってやつですね」
「はい。その力は千里眼。私は少し前に国王陛下が今日ご逝去なさることを見ました。それをご本人にお伝えしました。
…しかし、国王陛下はこの災難を退けなかった」
「国王はあなたの言葉を信じていなかったということですか?」
花嫁は目を伏せて、首を横に振った。
「陛下は大変信心深い方でした。陛下は私がお話する以前からこのような日がいつかくるのではないかと感じていたそうです」
花嫁は続けた。
「もう直ぐあなたの所にも知らせがきます。そこで全てを知ることはできませんが…。でも、これだけはお伝えしておきます。 …これから大きな嵐がきます。でも、決して自分を見失わないでください。あなたが思う通りに生きてください」
花嫁の言うことが正しいとすれば、国王は自分が死ぬことをすでに知っていた。
避けることができなかったのではなく、避けなかった。
それはいったいどういう意味だ?
花嫁の千里眼を持ってして避けられない災難などあるのか?
避けなかったことに理由があるのか?
「あの…」
言いかけた時、腰の通信機が振動した。
花嫁に断って、通話の操作をする。
「シリルです」
『アロイスだ』
「どうでした?」
『国王の逝去、殺害は真実だった』
「犯人の目星は?」
『まだわかっていない。クリストラルによる毒殺だ』
「クリストラル…。クリストラルっていえば…」
クリストラル。
神経性の猛毒で、心臓のペースメーカーに直接効力を及ぼす。
0.5mg摂取で不整脈、1mgで死に至る。
ものは植物性で、メルブザという背の高い植物から採れる。
もちろん一般には栽培は禁止されており、クリストラルも劇物指定。
特別な許可がない限り入手することはできない代物だ。
そんな劇物を王の体内に入れることができる人物となると、それなりに範囲は狭くなってくる。
だが、そうは言っても情報が少なすぎる。
犯人の特定・確保は確かに軍の仕事だが、これではどうにも動けない。
多くの情報を集めなければ。
『俺はもう少し情報を集めてそっちに戻る。お前は引き続き現状警備を続けろ』
「了解しました。お気を付けください」
ぷつりと切ると、通信機から聞こえてくるのは機械音のノイズだけになった。
それをもとの位置に戻しながら考える。
毒殺された国王。
国王は殺されることを知っていた。
それを花嫁から聞いていたのだから。
国王は殺されることだけでなく、誰に殺されるのかも知っていたのか?
そもそも、死ぬと分かっていて殺される人が一体どれほどいると言うのか。
少なくとも自分が知っている国王はそんな人間ではなかった。
ならば、なぜ国王は死んだのか。
国王が死を選んだ理由は?
シリルは振り返って、花嫁の前に膝をついた。
「国王が逝去され、前後に花嫁様と接触があったとなれば、少なからず事情聴取は行われるかと思います」
「はい。それは承知しております」
「俺やアロイスが聴取できればそれにこしたことはありませんが、他の者が行う場合、詰問はないと思いますが、少なからず失礼な態度をとる者もでるかと思います」
「構いません。国王のご遺志です」
「お言葉、感謝します」
そのまま目を伏せ、頭を下げた。
高位にある者に対する、軍人の最高の礼だ。
「お顔を上げてください」
その言葉に従い、顔をあげる。
「花嫁の制約で、多くを語ること、聞かれたこと以外を語ることは私には許されていません。でも、この犯人は身近にいます。 そして、ちゃんとあなた方はその人物へたどり着きます。大丈夫、あなたの瞳は決して曇ってなどいません」
花嫁は続けた。
「今はわからないかと思いますが、いずれ時が来たら私の言葉を思い出して下さい。あなたの結論は事実に繋がっています。 間違ってなどいないのです。ただ、それを多くの者には語らないでください。信頼できる人にだけ、伝えてください。きっと力になってくれます。それから最後に…」
花嫁はにっこりほほ笑んだ。
「私はニーナ。2人のときはそう呼んで下さいっていったでしょう?」
「すいません」
その笑顔がこの状況にあまりも相応しくなくて、あまりにも年相応で。
シリルは苦笑した。













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