真咲は店員もとい遊馬あすまさんの言わんとしてることがわかっていたが、所古いこまはまったくわかっていない。
以前として嬉々と教えられた道を歩んでいる。
道を渡って、真っ直ぐ歩き、パン屋の前の横断歩道を渡る。そこに行け、と。
「さぁ、この横断歩道の先ですよ」
意気込んで意気揚々と渡る所古。その後を真咲がついて行く。
そこにあったのは小さな建物。
所古は確認もせずに入っていく。
まさか、とは思うが、嫌な予感がする。真咲も所古に続いた。
「どうかしましたか?」
中にいた警官が尋ねる。
そう、遊馬さんが勧めたのは東口駅前の交番だった。
途中で気づいたが、遊馬の考えは正しいと思い、全く気づいていなかった所古に黙ってついて行った。
「あのですね、お馬さんにお勧めされて来たのですが、胱月院先輩が銀行強盗さんたちに捕まっちゃったんです。
 それでこれから胱月院先輩を助けに行くのでお手伝いしてください」
あちゃー、本当に言った。
思わず頭を抱えそうになった。一瞬めまいがした。
いくら何でも言わないと思ってたのに。
「今朝の事件だね。
 君の先輩が巻き込まれてしまったのは残念だが、今警察が助ける為に一生懸命頑張ってるから大丈夫だよ」
所古を子供としている感はあったが、警官の対応は至って紳士的だ。
「いえ、そうじゃなくてですね。黄泉よみが言ってるのは…むぐっ」
これ以上余計なことを言う前に真咲は所古の口を後ろから塞いだ。
「すいません、こいつどうしても先輩が心配だって聞かなくて」
「いや、先輩思いのいい子じゃないか」
警官は笑った。
真咲は無理矢理所古を立たせて、交番を出た。
そのままの状態で引きずるように歩いて、献血センターの入り口の前で手を離した。
「ぷはっ。いきなり何するんですか」
「何するんですかじゃないだろ。ったく」
所古は考えているようなポーズをとった。
「先輩…」
「何だよ」
「さっきのお巡りさん、何だか普通のお巡りさんに見えませんでしたか?」
「は?」
「ですから、メシアには見えなかったってことですよ」
「…メシアだと本気で思って行ったのか、お前」
何を真面目に考えているのかと思えば。
真咲は少し呆れた。
「でもこれで気も済んだろ?こういう事件は警察に任せた方がいいんだよ。もともとその為の組織だし」
しかし、所古は少し俯いてぴくりとも動かない。
「先輩…」
「…所古?」
「あのお巡りさんは至って普通のお巡りさんで、全然全くメシアではないんですね…」
「…あぁ」
「お馬さんはそれをわかってて黄泉達に嘘の情報を流したんですね…」
「…いや、それは嘘って言うか、わりとまともな判断だったと思うけど…」
「では黄泉達はまんまとお馬さんに騙されてしまったんですね…」
「…一応そう言うことになるのかな」
所古はばっと勢いよく顔を上げた。
眉がつり上がり、頬が少し赤くなっている。
「黄泉は怒りました!!」
そう叫ぶと、サンシャイン通りへ猛ダッシュ。
「え?あ、おい!所古!」
ワンテンポ遅れて、慌てて真咲は所古の後を追った。



「見つけましたよ!お馬さん!!」
真咲の行く先で聞こえる所古の声。
「あの馬鹿…!!」
たどり着いた先では、予想通りの光景が広がっていた。
「この黄泉を騙すなんてあなたの血の色は何色ですか!」
「さぁ?以前行った献血の時は赤でしたが」
「今は絶対ショッキングピンク色です!」
店先で商品を陳列している遊馬さんに、所古がきゃんきゃん噛みついている。
「そんな人間いるわけないだろうが!」
真咲は走ってきた勢いのまま所古を後ろから羽交い締めにした。
しかし、所古は真咲の腕からするりと抜け出して、遊馬をびしっと指さした。
「先に行って待ってます!あまり時を置かずに来てください!」
そう宣言すると、だっと店の裏手へ走っていった。
「すいません!すぐに連れて帰ります!」
真咲は急いで所古を再び追いかけた。



所古はどんどん勝手に走っていく。
裏口をあけて、入っていってしまった。その扉には、お約束のように『関係者以外立ち入り禁止』の紙が貼られている。
「はぁ…」
本当に行きたくない。心の底から帰りたい。
そんな気持ちに叱咤して、真咲も扉を開けた。



目の前にはコンクリートむき出しの階段があった。右側には使われていなさそうな部屋がある。
中は薄暗くて、いかにもビルの中。

ばたん

上の方でばたんとドアが閉まる音がした。反射的に真咲は上を見上げた。
「上か…」
少し急な階段を登っていく。現れたのはいくつかの事務的な扉。
下半分はアルミ色のフレームで、上半分は透けないガラス。
その1つから漏れてくる人の声と光。その中には所古のものも混ざっている。
どうやらこの部屋にいるようだ。
大きく深呼吸。
「…よしっ」
ノックをして扉を開けた。

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