もう昼過ぎだということを抜きにしても、きょうは比較的温かかった。
上着は少し厚手だから、むしろいらなかったかも知れない。
そう思いながら真咲は駅に向かって歩いていた。
土曜日なだけあって、人はそこそこ多く歩いている。
人並みをすり抜けながら、真咲は指定された宝くじ売り場を目指した。
気が乗らないとはいえ、今後の平穏な生活の為に渋々家を出てきた。
まさか転校して初めて高校で知り合った誰かと出かけるのが所古いこまになるとは…。
ため息が出るのは仕方がない。
視線をあげると、宝くじ売り場が見えてきた。
あの辺りは待ち合わせ場所にしやすいのか、いつでも大概だれかがいる。
もちろん宝くじ売り場で宝くじを買う人や、スクラッチくじを買っている人も多いのだが。
そんな中、真咲は自分を呼び出した人物を見つけた。
今日は私服だが、特徴的なツインテールが揺れている。
茶色いブーツに落ち着いた膝上の赤いプリーツのスカート。
ブラウンのスタッズバックを肩にかけ、黒いレースブラウスの上に白い透かし編みのカットソーカーディガンを着ていた。
こうして端から見ていると、結構可愛い部類に属する所古。
素直に可愛いと真咲は思った。
何をする訳でもなく、所古はただぼーっと立っていた。
「所古!」
真咲が呼ぶと、すぐにこっちを向いて嬉しそうに走ってきた。
「先輩!」
走ってくるのも素直に可愛いなと思うのだが、何故か微塵も恋愛感情がわいてこない。
たとえて言うなら、子犬が走り寄ってくる感じだろうか。
「本当に来てくれたんですね!」
「すっぽかしたら家に来そうなんだもんな、お前」
「ええ、行くつもりでした!」
「………」
所古はにっこり笑った。
どうやら出てきたのは正解だったようだ。
可能性として考慮していたが、やはり住所は知っていたらしい。
よくよく考えてみれば、道に出来た謎のクレーターの話の時も所古は現場が真咲の家の近くだと知っていた。
どういう情報網しているんだか。
「所古、胱月院のことなんだけどさ…」
真咲が話し始めると、所古は嬉しそうに笑った。
「…なんだよ、その笑顔は」
「いえ、やっぱり先輩は胱月院先輩のお友達に成りうる方なんだな、と思いまして」
「成りうるってなんだよ。俺じゃなくてもいっぱい友達いるんだろ?あいつ」
「胱月院先輩にお友達ですか?んー、とりあえず黄泉は見たことないですね」
「嘘だろ?だってあいつ学校だとものすごいいい奴じゃん」
「あれは胱月院先輩の仮面ですからねー。それに胱月院先輩は極度のひねくれ者ですし。一筋縄じゃいかないですよ」
「ひどい言いようだな」
所古が歩き始めたので、真咲も隣を歩いた。
「先輩、どうしますか?とりあえず銀行に野次馬にいきますか?」
「行きたいような気もするけど、危なそうだしな…。野次馬はパスしとく」
「そうですか。了解です」
そう言いながらずんずん歩いていく所古。銀行は行き先としてパスになったのに、その歩みには微塵の迷いもない。
目的地は決まっているようだ。
「どこに向かって歩いてんの?」
歩調を合わせながら真咲は訊ねた。
「お馬さんの所です」
所古はキッパリと答えた。
「お馬さんって、俺の携帯番号聞いた相手?」
「そうです。お馬さんは凄いんですよー。何でも調べてくれるんです」
「調べるって言ったって、携帯の番号なんて調べようがないじゃん」
「そうなんですか?黄泉はお馬さんが調べてくれたから、てっきり誰でも調べられるんだと思ってました」
それもどうだろう。
横断歩道を渡って、サンシャイン通りに向かって歩いていく。
真咲は確信を言った。
「胱月院が人質なんて冗談だろ?」
「冗談なんかじゃないですよ。時ちゃんはあんまり教えてくれませんが嘘は言いません。
視力も両目とも2.5ありますし」
「…そいつはどこの国の何族出身だよ」
「いやですね、日本人にきまってるじゃないですか。出身地は知りませんけど」
へらへら笑う所古。気を取りなおして、真咲は続けた。
「胱月院がもし本当に銀行強盗に捕まっているとして、だ。そんな状況を俺たちが打破できるわけないだろ?
 投票権もない、酒も煙草も禁止されてる何の権限も力もない一介の高校生がさ」
「先輩は自分を過小評価し過ぎです。黄泉達は無限の可能性を秘めたティーンエイジなんですよ?」
「いや、その無限の可能性はこの場合は限りなく有限で、むしろないに等しいと思うけど…」
サンシャイン通りにさしかかった。
夏休みやゴールデンウィークほどじゃないにしても、やはり週末なだけに人通りも多めだ。
「先輩先輩、どっかいっちゃわないでください。ここですよ」
「ん?」
少しぼんやり歩いていたようで、止まった所古に気がつかなかった。
所古の横に戻る。
「ここって……、ドラッグストア?」
そう、所古が足を止めたのは、どこにでもある有名チェーンのドラッグストアの前だった。
しかも、普通に営業している。
客層は女性が多いが、それなりに繁盛している様に見える。
「そうですよ。お馬さんはここの店長さんなんです」
「あ、おい!」
所古はさっさと店内に入っていく。
きょろきょろしながら歩いている所を見ると、やはり本人の言う通り店長を探しているのだろう。
店内の通路は大きいとはお世辞にも言えないほど細く、客はそこそこ入っている。
小柄な所古はどんどん歩いていくが、真咲はなかなか先へ進めない。
その間にまた所古は先へ行き、ついに姿が見えなくなった。
「ったく…どこ行ったんだ?」
馬の前に所古探しをする羽目になった真咲。ため息をつきつつ、仕方なく店内を探す。
すると、近くにいた店員が声をかけてきた。
「お客様、どうかなさいましたか?」
真咲より5pほど大きいひょろりとした男性だった。
フレームの細い眼鏡をして、白いシャツ、ジーパン、その店のエプロンをしている。
「えっと…、連れがいなくなっちゃって」
「お連れの方ですか。見た目はどんな風ですか?」
「んー…、身長は150ぐらいだと思います。髪をこの辺に2つで縛ってて、赤いスカートをはいて…」
真咲が所古についてきた事に後悔しながら店員に特徴を伝えていると、後ろから大きな声が聞こえてきた。
「あ!お馬さん!!」
「所古!」
振り返ると、そこには先ほどはぐれた所古が店員を指さして立っていた。
「とうとう見つけましたよ!今日は絶好の年貢の納め日和です!」
「何わけわかんないこと言ってふんぞり返ってんだよ!すいません、こいつです。お騒がせしました」
真咲は店員に軽く頭を下げた。
店員もいえ、と会釈をして立ち去ろうとしたが、それを所古が阻止した。思いっきり腰に引っ付いて。
「どこ行っちゃうんですか!胱月院先輩が珍しくピンチに陥っているっているのに!」
「どこって仕事に決まってるだろうが!本当にスイマセン!離れろ所古!高校生にもなって店内で騒ぐなー!!」
「お馬さんも胱月院先輩救出大作戦に参加してください!」
所古を引きはがそうと引っ張っていると、店員の名札がちらりと見えた。
___遊馬あすま
遊馬だからお馬さんか…。真咲は妙に納得した。
もう少しマシなあだ名はなかったのかとも思ったが、まあ大抵のあだ名なんてそんなもんだろう。
しかし、どう見ても普通の人。何故真咲の携帯番号を知っていたのかわからない。
「でしたら、私よりも頼りになる方を知っているので、そちらにかけあってみてください」
店員もとい遊馬さんは振り返った。所古も「本当ですか!?」とぴょんと遊馬さんから離れた。
遊馬さんは所古を店の外へ連れ出して、道を教え始めた。
「ここを行くと交差点がありますから、そこを渡って真っ直ぐ行ってください。
 少し行くと右側にパン屋がありますから、そのパン屋の前の横断歩道を渡ってください。そこにいますから」
…ん?そこには確か…。
「ありがとうございます!」
真咲の考えなど知るよしもなく、所古はお礼を言って真咲の腕を引っ張った。
「さぁ行きましょう先輩!きっとメシアがいますよ!」
「メシアって…」
引っ張られながら、真咲は自分の考えをもう一度考えた。



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