教育制度が変わって、週休二日制となった。
そんなわけで、真咲は1時過ぎになってようやくのそのそと布団から抜け出した。
欠伸をしながらタンスをあけて適当な着替えを引っ張り出し、のんびり着替えた。
洗濯物を洗濯機に放り込み、スイッチを入れて朝食抜きの昼食の準備にとりかかる。
オーブントースターに食パンを入れて、フライパンを火にかける。
卵と切ったウインナーを焼いて、トマトとレタスをのせて。
パンにマーガリンを塗って、コップに牛乳を注いだら昼食の完成。
なんか朝食っぽい、そんなことを考えながら机に並べてテレビをつけた。
とりあえずついていた民放がニューズ番組だったので手を止めた。
何か大きな事件でも起こったのか、中継先でリポーターがずっと同じ事を繰り返している。
『ただいま入った情報によりますと、子供連れの主婦、店員など人質は全部で13名。
 しかしその詳細はわかっていない状態です』
「ん…?」
真咲はほんの少し机に身を乗り出した。
なんとなく見たことがある景色が映っている。
『繰り返します。銀行強盗は単独ではなく数名による犯行で、立て籠もりは現在も続いております。
今も警察は交渉・呼びかけを続けておりますが、返答は今のところ一切ありません』
それは真咲が両親からの仕送りを引き出しに行っていた銀行だった。
おいおい、立て籠もりの銀行強盗って…。アメリカじゃないんだから…。
そう思いつつも肝が冷えた様な気持ちだった。
もしかしたら真咲がこの事件に巻き込まれていたかもしれないのだ。
もう一度まじまじとテレビを見つめた。このテレビ局だけでなく他の報道陣も詰めかけていた。
試しにいろいろ回してみたが、放送されているのは全部立て籠もり銀行強盗犯。
とりあえず朝食を完食して、食器をシンクに運んだ。
今日は特に予定もないし、せっかく近くなんだから銀行に野次馬に行こうかとも考えたが、
数学で大量の宿題を出されていたのを思い出して止めた。
幸い授業進度は大方の教科が前の学校の方が速かったので、ひとまず安心していた。
鞄からノートと指定の問題集を取り出したその時。

♪〜〜〜♪〜♪〜〜〜〜〜♪〜

真咲の携帯が鳴った。
画面を確認すると、登録されていない番号からのようで、名前ではなく番号が表示されている。
悪戯かともかんがえたが、とりあえず出てみることにした。
「もしも…『先輩ですか!?』
一言目も言い終わらないうちに聞こえてきた少女の大きな声。
思わず電話を遠ざけた。
出なきゃ良かった…。
真咲は激しく後悔した。しかしもう後の祭り。仕方ないので電話を再び耳元に戻した。
「…所古いこま…」
電話から聞こえてきたのは後輩の所古 黄泉いこま よみの声。
よくもまあ朝からこんなに大声が出るもんだ。いや、今日は俺が寝坊したんだっけ。
『あや?そのお声の様子ですと、もしかして今起床されたんですか?』
「だいたいね…」
『それはそれは。おはようございます』
「…おはよう」
早くもげんなり気味の真咲などまったく気づいた様子もなく、所古は一方的に話し始めた。
『先輩、今朝はどこかテレビをご覧になりましたか?』
「見たよ」
『立て籠もり銀行強盗ですよ。ぶっちぎりの文句なしトップニュースです。まるでアメリカの映像でも見てるようです』
「それは俺も思ったよ。ってか、所古。お前どうして俺の携帯番号知ってんだよ」
『人に聞いたんです。黄泉は先輩に聞くの忘れてましたから』
誰だよ、教えた奴…。
胸中苦々しく思っていたが、ふとある事に気がついた。
「俺まだこっちで誰にも携帯番号教えてないんだけど…」
そう、真咲はアドレスは交換しても、まだ誰にも携帯番号を教えていないのだ。
あんまり親しくない人に教えて、いざ電話がかかってきた時に気まずくなりそう。
そう考えて、ある程度気が合いそうだと判断した人にしか教えないようにしていたのだ。
『でも、お馬さんはばっちりご存じでしたよ?』
「馬?」
何のことだかさっぱりわからないが、教えていない番号を知っている人物がいるということだけは分かった。
背筋をぞっとしたものが走る。
しかし、所古はそんなこと微塵も気づいていない様子。
『話がだいぶ脱線してしまいました、黄泉は先輩に用事があって電話したんでした』
「いや、脱線するほど本題しゃべってないけどな」
それより、と‘お馬さん’について問いただそうとしたが、黄泉はがんがん語っていく。
『実はですね、先ほどご覧になられた銀行強盗のニュースなんですが、
 どうやら13名の人質の中に胱月院こうがついん先輩が混入しちゃってるらしいんですよ』
混入って…。何かの毒物でも混ざったような言い方だな。
相変わらず微妙に言葉の使い方がおかしい所古。
しかし、胱月院を毒物というならあながち間違ってもいないような気がした。
「まさか。なんでアイツが朝っぱらから銀行なんかに行くんだよ」
まだまだ短い付き合いだけど、とてもじゃないが、受験でもないのに銀行に行く胱月院は想像できない。
それに、もし巻き込まれていたのだとしても、何となく1人だけ平然と脱出しそうなイメージがある。
さすがに後者は無理か。
だが、黄泉は至極得意げに言う。
『目撃者がいるんですよ。強盗さん達が銀行にのりこもうとした時、
 まるでお約束のように銃を突きつけられて人質みたいなことをやってる胱月院先輩を』
「それ‘みたいな’じゃなくて‘本当に’だろ!?」
『ですが、如何せん目撃したのが時ちゃんだったので。情報が遅れてしまいました。
 通報は他の目撃者の皆さんが行ったようなので良かったですよ。時ちゃんだけなら発覚が数時間は遅れていました』
また謎の人物が登場した。その‘時ちゃん’は何が起こっても無反応な人物なのだろうか。
‘時ちゃん’はともかく、もし所古の言うことが本当なら大変だ。
そうは思ったが、今一つ実感がない。自分の住んでる街で起こっている事件だというのに、未だに何処か他人事だ。
危機感もほとんど無い。信憑性も真咲の中ではかなり低い。
「その目撃者って、胱月院のこと知ってんの?」
『もちろんですよ。胱月院先輩も時ちゃんもお互いよくご存じです』
所古は続けた。
『それでですね、今お話しした通り胱月院先輩の一大事なわけですよ。先輩、胱月院先輩助けに行きましょう!』
「……………………は?」
『今胱月院先輩はいわば囚われのお姫様なのです!ナイト様が助けに行かなくて誰がお姫様助けるんですか!』
「ちょっとまて、所古。いろいろ誤解が生まれそうな言い方はやめろ。それから…」
真咲は慌てて止めに入るが、完全に所古は聞こえていない。
『先輩は今ご自宅にいらっしゃるんでしたよね。では、適当に腹ごしらえして出てきてください。
 そうですね、池袋駅東口にある宝くじ売り場はご存じですか?』
「それくらいは知ってるけど、とりあえす人の話を聞け!いいか、俺は…」
『では黄泉はお先に集合場所に向かっています。早めに来てくださいねー』
「おい!だから俺の話聞いて…!」


ぷつっ


受話器から聞こえてくるのは、機械音。電話は一方的に切られた。
携帯をとりあえず切って、真咲はどうしたものかと考えた。
あの調子だとすっぽかすことは不可能だろう。なんどもしつこく電話をかけてきそうだ。
それだけなら電源を切っておけばいいだけの話なのだが、教えもしていない番号を知っていた所古だ。
住所だって知らないとは言い切れない。下手すれば乗り込んでくるかもしれない。
ちょっと想像してみる。
「………」
玄関をばんばん叩いて、インターホン連打して、大きな声で名を呼びまくる姿が目に浮かぶ。
引っ越してきたばかりで、まだご近所付き合いも慣れていないのに、それはまずい。
「……はぁ…………」
仕方なく、真咲はのそのそ立ち上がった。
相当気が乗らないが、今後の生活環境のため渋々だ。
適当に上着をつかんで羽織る。
戸締まりと火の元を確認して、携帯と鍵と財布だけポケットに突っ込んで家を出た。


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