教室に入ると、もうすでに半数以上の生徒が登校していた。
「十条、おはよう」
「あ、おはよう」
挨拶を返しながら、真咲は自分の席に着いた。
まだそこまで仲良くはないものの、話が出来るくらいの友達は数人できつつある。
移動授業の時は隣が胱月院とは限らない。そこから友達を増やしていっていた。
気さくな生徒ばかり。東京の人は冷たいだなんてよく聞くけれど、まるで嘘のようだ。

鞄を置いて、さっそく週刊誌を取り出した。
目次を見ると、一番大きな記事は大物政治家の汚職事件。
小学生殺人事件、芸能人の恋愛報道が続く。
怪奇事件載ってないやつ買っちゃったかな…?
そう思い始めたら、後ろの方にある見出しを見つけた。
『怪奇!突如池袋に現れた謎のクレーター!!』
そこまでページをめくっていく。
そのページにはその見出しがそのまま大きく載っていた。



「朝からずいぶん変わったもの読んでるな」



上から降ってきた声に顔を上げる。
胱月院こうがついん…」
胱月院はさっさと鞄を置いて、真咲の隣である自分の席についた。
「あんまりいないぞ、朝っぱらから週刊誌開いてる高校生」
「いいだろ、別に。最近テレビ見てないから時事ネタわかんないんだよ」
「悪くなんかないさ。むしろいいことなんじゃないのか。世間に興味をもつのは」
胱月院は鞄から筆箱を取り出した。
今日は日直なのだろう、日誌を取り出してさらさらとシャーペンを滑らせる。
「なぁ、胱月院。この話題知ってるか?」
そう言って真咲は週刊誌の今開いたばかりのページを見せた。
胱月院は一瞬手を止め、ちらっと見てまたシャーペンを走らせた。
「知ってるも何も、池袋に住んでて知らないのはお前ぐらいだ」
「…いちいち言葉に刺あるよな、お前」
「それがどうした」
「それがさ、今朝家出たら道路の目の前にでっかいへこみがあったんだよ。上から鉄球でも落としたみたいな。 野次馬もテレビ局の人もいっぱいいてさ。いろいろ一気に質問されたんだけど、ぜんぜんわかんなかったんだよ。もしかしたら、俺ん家の前のもこれかなって思って」
「たぶんそうじゃないのか?」
「何か適当だな…」
書き終わったのか、胱月院は日誌を閉じて机にしまった。
「そんなもの親身に答えたってしょうがないだろう。それに、被害が道路ならいいじゃないか。全国の皆さんが税金って形で直してくださるからな」
「お前な…」
「その様子だとまだ全然読んでないんだな」
「そうだけど…」
「なら読んでみろ」
そう言って胱月院は立ち上がった。
教室の一番後ろにあるロッカーの上小さな観葉植物を持って廊下へ出て行く。植物の世話も日直の仕事なのだろう。
とりあえず、手元の週刊誌に目を落とした。










「1つ目の発見者は犬の散歩中だった若い女性。
東池袋公園の茂みがミステリーサークルの様につぶれているのを見つけた。
 2つ目の発見者はデパートの清掃員の女性。
 西武のトラック搬入口あたりを清掃していたところ、約5mの高さに作業用の鉄球でも衝突したような大きなへこみを発見した。
 3つ目の発見者は駅員。
 駅のシャッターを空けていた所、南口前に大きなくぼみを発見した。
 工事や何かの作業などの報告はないため、作業機器による事故ではないと見られている。
 壁や道路、植え込みなど被害はばらばらだが、被害規模や特徴は合致しており、同一犯によるものと推測される。
 発見はいずれも早朝で犯行は夜中と見られ、見回り強化など警戒を強めてはいるものの、犯人に繋がる手がかりはいまだ発見されていない。
 
 そして、ついに4件目の被害が報告された。
 つまり、それが先輩のお宅の道路というわけですよ!」
「俺ん家の道路じゃないから。それは俺ん家の前の道路だから」
所古いこまは嬉々として語り、机に身を乗り出した。
反対に、その向かいに座っていた真咲はその分仰け反る形となった。
「結構な頻度でこっちに来てるけど、友達関係大丈夫なのかよ」
なぁんだ、そんなことですか。
所古は大げさにふんぞり返った。
「大丈夫に決まってるじゃないですか!何たって黄泉ですからね。そこのところはちゃんと抜け穴もなく滞りなくですよ」
「いや、どっちかっていうと所古だから心配になるんだけどな」
真咲はカレーを一口ほおばった。
食堂は今日も大盛況。多くの生徒や教師で賑わっている。
先日初めてここの食堂で食事をしたが、それが思いの外おいしかったのだ。
初めは毎日弁当を作ってこようと思っていたが、あっさりその考えは廃棄された。
「そういえば、胱月院先輩はいかがされたんですか?今日はお姿をちらりとも拝見していませんが…」
「そんなの知るわけないだろ」
所古は不思議そうに首を傾げた。
真咲はさして興味もなさそうにぱくぱくとカレーを口に放り込んだ。
「あや?だって十条先輩は胱月院先輩の下僕さんだったじゃないですか」
「だから下僕じゃないって言ってんだろうが!」
「胱月院は今日日直だから、鬼ちゃんの所に行ってんだろ」
「藤田…」
千隼ちはやでいいっていったろ」
声のした方には、大柄で優しそうな男子生徒がトレーを持って立っていた。
藤田千隼ふじた ちはや
同級生で、物理の移動授業の時に隣の席だったのが話をしたきっかけだ。
180pをこえる長身の持ち主で、がっちりした体格。
柔道部に所属していて、中学生のころから全国大会常連のエースだ。
まだろくに付き合ってないからよくはわかっていないが、温厚で優しいやつ。
胱月院とは真逆の印象をもっていた。
「お前が所古とよくつるんでるってのは本当だったんだなぁ」
藤田は真咲の隣にトレーを置き、腰をおろした。
日替わりのA定食。今日はオムライスとサラダのセット。
「そんなつもりはないよ」
「そうですよ。黄泉と十条先輩はよろしくし合う関係なんですから」
「どんな関係だよ。ってか、今日もそこで食べんのか」
所古は半ば定位置となりつつある真咲の正面に自分のトレーを下ろした。
こちらはパスタ。ミートソースだ。
「だめですか?」
「だめじゃないけど…」
「いいじゃないか。後輩の女子生徒と仲良くランチなんてさ」
「相手が所古じゃなければ、な」
所古は不満げに頬を膨らませた。
そんな所古は見なかった事にして、真咲はカレーに向き合った。
「…なぁ、胱月院ってどんなやつ?」
「胱月院?」
藤田は不思議そうな顔をした。
「何でまた。席隣じゃなかったっけ」
「まぁそうなんだけどさ…」
「まぁいいや。俺は胱月院とは高校からの付き合いだし特に仲いいわけでもないだから、そんなに詳しくはしらないけど」
オムライスを口に運びながら、藤田は話し始めた。
「あのまんまだよ、胱月院は」
「…は?」
そんな鳩が豆鉄砲食らった見たいな顔するなよ、と藤田は苦笑した。
「誰とでも上手くやってる。立ち回りが上手いっていうのかな。
 部活は無所属だけど運動神経はものすごくいいし、成績も常にトップクラス。
 優しいし、頼りになるし、気もきくし、あの通り顔もいいし。もちろんモテる。俺から見れば羨ましい限りだよ」
優しいか?
あれが?
「それがどうした?」
「なんか俺限定かわかんないんだけど、いちいち言葉に刺があるんだよな。
 だから俺が何かしたのか、もともとそう言うヤツなのかなって」
「もし十条が何かしたんだとしても、それでトゲトゲしい態度とるような奴じゃないよ。気にしすぎじゃないのか?」
「そうならいいんだけど」
真咲は残りのカレーをかき込んだ。
そんなに神経質なタイプじゃないはずなんだけどな、俺。
真咲はスプーンを置いた。
「終わったんなら片づけてくるよ」
そう言って藤田は手を出した。
「ありがとう」
お言葉に甘えて食器をわたす。
椅子の背もたれに寄りかかって、1つ大きく伸びをした。背中がぱきぱきなっている。
次の授業は何だったかと考えていると、正面から声がした。
「先輩」
視線を向けると、所古がフォークをトレーに降ろした。
今食べ終わったらしい。
「藤田先輩とお話していたので珍しく大人しくしていたんですけど、先輩気にしすぎじゃないですよ。胱月院先輩」
所古は食器返却口をちらりと見て、藤田の位置を確認した。混んでいて、まだ帰って来そうにない。
机に乗りだして、真咲に手招きをする。よくわからないが、とりあえず真咲も身を机に乗り出した。
「ここだけの話なんですが、学校での胱月院先輩は藤田先輩が言っていた通りの完璧ヒューマンです」
「…何でそこで中途半端に英語使うんだよ」
「テスト勉強の一環です。黄泉はこう見えても勉強熱心な方なんですよ」
「出ても大概の奴はわかるだろ、ここで練習しておかなくても」
「そうですか?まあいいです。お話をもとのレールに戻しましょう。胱月院先輩は二重人格なんですよ」
「は?」
確かに二重人格っぽいけど…。
嘘くさい上に情報元が所古なだけに怪しさ倍増。
「何でかはわからないんですが、校外では対先輩や黄泉みたいな態度でいるんです。
 普段外面がいい分、顔見知りが会ってもあまりの素っ気なさに人違いだと思うらしいです」
「ますますわかんねぇ奴だなぁ…」
「黄泉もそう思います。けど、先輩はずいぶん珍しいですよ」
「何がだよ」
わけがわからず、真咲は首を傾げた。
「胱月院先輩は本当に外面はいいんです。
 なのに、たった1回校外で会っただけで先輩に黄泉みたいに接するなんてかなり希少価値高いですよ。
ちなみに胱月院先輩は何かあれば相当根に持つタイプですが、
 その場合は相手は二度と胱月院先輩の前を歩けないような状態になるのが通例です。
だから胱月院先輩が先輩に対して何か怒ってるってことは無いと思います」
「…少し安心したけど、その後の情報がかなり恐ろしいな。しかも何気に胱月院にすごい物言いしてるし」
「そうですかね?」
ぽんと肩に手が乗せられた。見上げるとそこには藤田。
「お待たせ」
「いや。ありがとう。混んでたろ?返却口」
「たいしたことないさ。それよりそろそろ教室戻ろうか。次はうるさい坂田だから」
「坂田?…あー、数学か。嫌だなぁ、俺。あの先生」
「好きな生徒の方が少ないさ」
真咲は席を立った。
「では、黄泉もそろそろ教室に引き返すとします」
ぺこりとお辞儀をして、黄泉は背中を向けてすたすたと歩いていく
その姿を適当に見送って、2人も歩き出した。



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