辺りはもうすっかり闇に沈んでいる。真咲はため息をついた。
「疲れた…」
只今の時刻7:34。
4月の気候なのだから当然だ。あまり入る気はないのに、放課後に胱月院こうがついんに部活見学に引きずり回されたのだ。




『なぁ、胱月院。悪いけど俺…』
『部活にも同好会にも入るつもりはない、か?』
『え゛!?何で…』
『このタイミングでしかも遠慮がちに切り出す話題なんか限りなく少ないだろう。それに自炊してるんだろ?』
『…お前エスパー?』
『お前の頭には一体何がつまってるんだ。十七夜かのうさんに絡まれてた時も、
菊婆に絡まれてた時も買い物袋ぶら下げてただろうが。ぱっと見だったが、中身は明らかに加工品じゃなく食材だった』
『すげー。いちいちそんなのよく覚えてるな』
『それに、お前の場合は顔に出過ぎだ。犬よりわかりやすい』
『なっ…!』
『一応言っておくけど、うちの高校は無駄に部活やら同好会が多いからな。勧誘に気合い入れてるところも目立つ。日が沈む前に帰れると思うなよ』
『おまっ…!俺が自炊してるの知ってるくせに!』
『お前の事情なんて知ったことか。俺は言われた事をしてるまでだ。文句があるならお前の事情も踏まえずに案内人として俺を指名した鬼貫に言えよ』
『少しくらい慣れない一人暮らししてる転校生に融通してくれてもいいだろ!?』
『何で俺が俺に何のメリットもないことしなきゃならないんだ。優等生でいるにも、それなりの気配りやら努力は必要なんだ。俺は担任に転校生の案内を安心して頼める生徒ってことになってるんだから、それを貫く。この立場は崩したくないからな』
『…つまり、俺の意見やら事情は全却下ってこと?』
『そう言うことだな』
『そこは即答すんなよ!』
『うるさい。もう体育館に着くぞ』





こんなやりとりは延々と続き、結局胱月院の予言通り熱心な勧誘の嵐に放り込まれ、解放されたのは今し方。
それも殆ど逃げるように、だ。
あれだけズケズケとものを言う胱月院だが、
誰かに会ったり真咲を紹介するときは人が変わったように柔らかな笑みを浮かべる。
口調も穏やかで、絵に書いたような優等生だった。
冗談のような豹変ぶりに、真咲は始終キツネに頬をつままれたような気分だった。
今日は総菜買って帰ろう…。
今の真咲には料理を作る気力は残されていなかった。
帰り道のサラリーマンや学生に混ざりながら駅へ向かって歩いていく。
看板を持って演説をしている宗教グループがいた。
東口の前の大きな交差点を横断し、さらに少し広がりがある。
それなりに人数はいる集団のようだ。
前は原宿で見かけたな。
どこでもやってんのかなぁ。
宗教とはいえ、ご苦労様。
大概の人と同じようにその集団前を素通りする。
そのまま地下へ降りていく。
山手線の切符売り場と改札の前を横切って、花屋も横切って、西武のデパ地下へ。
週末ほどではないにしろ、けっこうな人数の客がいる。
一体この人数はどこから湧いてくるのか。
真咲はつくづく不思議に思う。
適当に総菜をいくつか見つくろって、購入。
帰り道についた。
朝学校へ行く前に炊飯器のタイマーはセットしておいた。
世の中は便利になったもんだ。
少し歩くと、真咲の借りているアパートが見えてきた。
やっと帰って来た…。
嬉しさと安心感が生まれてくる。自然と足取りは軽くなった。










翌日
いつものように火の元と戸締まりをチェックして登校していると、玄関ホールの先の道路に大きな人だかりが。
中には報道陣もいるようで、カメラを回したり写真を撮ったりしている。
「何だ?」
人垣をすり抜けて近づいてみる。
「え゛…!?」
あまりの光景に固まっていると、報道陣の一人が近づいてきた。
「あなた今すぐそこのアパートから出てこられましたよね?」
「は、はぁ」
「昨晩何か大きな物音などはお聞きになられましたか?」
「あ―…、いや、俺は聞きませんでしたけど…」
「4例目となるこの怪奇現象を目の前にして、どう思われますか?」
「いや、どうって言われても…」
困りながらも答える真咲に目を付けたリポーターが次々と集まり、質問を浴びせていく。
まずい…。
このままではいつまで捕まってしまうのかわからない。
「すいません、俺学校があるんで…」
「もう少しお話を…!」
「すいません!」
逃げるようにダッシュでその場を立ち去った。


少し走って、池袋東口の前辺りで速度を落とした。
少し上がった息を整えながら考える。
さっきのは何だったんだ?
怪奇現象?
四例目?
真咲には何のことだかわからない。
そういえばここのところあまりのテレビを見ていなかったな、と思い返す。
新聞をとっていないので、今の真咲は時事ネタはほとんどついていけない状態だ。
近くのコンビニで週刊誌を一冊購入した。
新聞でもよかったが、最近のことをよく知らない。
日刊紙よりも幅広く書かれているだろうと思ったのだ。
ここから学校までだいたい5分ほど。
真咲は先日こそギリギリだったが、元々早くに登校する派。
学校についてからホームルームまで30分ほど時間がある。
その間にさらっと読もう。
真咲は学校へ歩を進めた。


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