翌日。
登校時間ギリギリに、教えられた生徒用の玄関から靴をはきかえ、真咲はものすごい速さで教室へ向かった。
その勢いのまま教室のドアを開け放ち、ぐるりとものすごい目つきで教室を見渡した。
教室中の注目を集めながら、自分の席の隣に目的の人物がいるのを発見。
荷物も置かずに真っ直ぐに向かった。
胱月院こうがついん――!!」
「あぁ、十条か。おはよう」
「おはようじゃないだろ!お前、俺があの後どれだけ大変だったと思ってるんだよ!!」
「そこそこ楽しかったんじゃないのか?」
「んなわけないだろ!?高級レストラン連れて行かれるし、挙げ句の果てにキャバクラだぞ!?」
「よかったな。お前じゃ一生行かなさそうな空間じゃないか」
「行かないだろうけど、そういう問題じゃないんだって!あぁ、もう!何て言えばいいんだ」
いくら言っても、胱月院は柔らかな微笑みと共にしゃあしゃあとしている。
この笑顔は営業用だな?!
真咲は昨日の苦労と理不尽さをどう伝えたらいいか頭を抱えた。
「みんな席に着いて―。HR始めるよ」
誰が閉めたのか、ドアを開けながら鬼貫おにつらが入ってきた。
真咲は仕方なく恨めしそうな視線を隣へ送り続けるしかなかった。





その後何度となく胱月院への不満を言おうと思ったが、今日は移動授業だらけ。
ほとんどの休みが潰れてしまい、果たせずに昼休みにまでなってしまった。
胱月院はどうやら昼食は一人で食べるらしく、コンビニの袋を取り出した。
チャンス到来。
今日は、真咲は手作り弁当を持参していたのだ。
真咲も自分の机に弁当を広げた。
本当は他のクラスメートのところにでも行って友達を作りたかったが、今日はそれどころじゃなかった。
と、その時、朝の真咲並の乱暴にドアが開けられる音が響いた。
それと共に響き渡る高めの声。
「センパイ!!探しましたですよ!」
「…所古いこまか」
学校では珍しく、迷惑そうに胱月院が呟いた。
そこにいたのは一人の女子生徒。
何故か右手に新聞を持っていた。
その女子生徒はずんずん教室内に侵入し、真咲を見つけると首を傾げた。
「あや?こちらはどなたですか?先輩のお友達?」
「違う」
即答する胱月院。
確かにまだ数日の付き合いだが、こうまで堂々と即答されると少し悲しくなった。
女子生徒は女子生徒で何にも気にした素振りもなく、ポンと一つ手を打った。
「なるほど、先輩の新しい下僕ですね」
「近からず、遠からずってトコだな」
「いや、大いに違うだろ」
そこだけはきちんと訂正した。
「はじめまして、所古 黄泉いこま よみです。一年生です。どうとでも呼んでください!」
元気よく自己紹介をして、所古はちょこんと頭を下げた。
言葉の使い方や高学年の教室に堂々とやってくるあたり普通じゃなさそうだったが、所古は小柄な可愛らしい少女だった。
150pそこそこだろうか。
細い髪の毛を頭の上の方で二つに結っていて、まるで小動物の耳のような印象を受けた。
大きな瞳もそう思わせているのかもしれない。
「はじめまして、十条真咲だ。よろしくな」
「もちろんよろしくしますよ―。先輩もよろしくしてくださいねー」
所古はへらっと笑った。
「それより所古、今日は何の用だ?その新聞以外の話題にしろよ」
「えー?仕方ないですね、じゃあこっちはまた今度の機会を覗うことにしますよ」
覗うって・・・。なんか、変な奴・・・。
あんまり関わらない方がいいかな。
真咲の少女に対する評価だ。
「じゃぁ、続いて第二の目的に移行します。黄泉はですね、噂の転校生をウォッチングしに来たんです」
ウォッチングって…。
だが、いつもの事なのだろうか、胱月院は気にも留めない。
「じゃあ用があるのはコイツにだな」
「先輩の新しい下僕さんは噂の転校生だったんですか」
「いや、だから下僕じゃないって」
真咲は胱月院の態度に気がついた。
「お前さ、所古にはポーカーフェイスじゃないの?」
「コイツとは校外で何度も会ってるしな。だいたい、コイツは優しくしても邪険にしても何もかわらない」
「あっそ…」
何とも言えない気分になった。
そんな真咲をまるでどこかの漫画のキャラクターのように、
所古は人差し指と親指だけを伸ばした右手を顎に当て、真咲をじっと見つめた。
「ふむふむ、なるほど。今回は割と噂通りでしたね」
「噂って何の?」
「十条先輩のですよ。ぱっと見は普通だけど、よく見るとかっこいい」
「…微妙な噂だな。正直、反応に困るんだけど」
「そうですか?黄泉だったらOKですよ」
所古はケラケラ笑った。何がOKなのかよくわからない。
「さてと…」
隣で椅子を引く音がした。胱月院が席を立ったのだ。
「次は移動だから、俺はもう行くからな」
ばっと教室にかけられている時計を見た。
始業七分前。胱月院の腕時計は数分早く設定されているらしい。
確かに、今日は四限が延長されたが、それにしたってまだ昼食をまともに食べてないのに…。
胱月院の机には、からになったビニール袋がいくつか転がっている。
ちゃっかり一人だけ食ってるし…。
それらをまとめて、さっさと次の授業の準備も整えている。
真咲は昼食は諦めて急いで片付け、次の準備をしながら立ち上がる。
「え?あ、待てよ!俺まだ校舎把握しきれてないんだから」
「え―!?先輩がたもう行っちゃうんですか―?」
「もうも何も、あと五分だろうが。時計も読めないのか?それに所古、お前次体育だろ」
「そういえば、そんなものもありました」
なんで胱月院が所古の時間割把握してるんだよ。
しかし、そんなことはまるで気にならないのか、所古はポンと納得したように軽く手を打つ。
「じゃあな、所古。お前も急げよ。だから、待てって!胱月院!」
クラスメートはもういない。
胱月院はなんだかんだ言いながら、とりあえず最後まで付き合ってくれていたらしい。
しかし、もう真咲が頼れるのは先に教室を出た胱月院のみ。
見失ったら、正直なところ窮地に陥るのは確実だ。
所古の頭に軽く手を乗せて、真咲は急いで教室を飛び出した。
学校に予鈴のが響いた。


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