ホー ホー ホー ホー ホー ホー ホー 決して血の流れていない、人工的に作り出されたフクロウが増えていく。 壁や床にとまり、三人を威嚇するかのようにじっと見つめ、ただ鳴いていた。 「大丈夫か?どこか変なとこ打ったり、捻ったりしてない?」 とりあえず真咲は所古いこまを自分の腕から解放した。 「はい、おかげさまで。あしがとうございました」 所古はぺこりと可愛らしく頭を下げた。 まずは彼女に怪我がなくてよかった。 しかし、この状況…。 お世辞にもいいとは言えない。 普通の動物でも肉食のフクロウだと安全だとは言いにくい。 まして人工的なフクロウ。 肉体の硬度など比べ物にならない。 しかも駅構内は薄暗い。 慣れてきたとはいえ、人間には昼間のように快適に何もかも見えるわけではない。 一方フクロウは夜行性。 この人工フクロウがいったいどの程度まで自然のフクロウと同じ習性を持っているのかはわからないが、身体能力も舞台も何もかもが不利だと感じていた。 蛇に睨まれた蛙じゃないが、ヘタに動くのは得策じゃない。 しかし、いつまでもこのままにらみ合っていても仕方がない。 どうしたら…。 真咲が必死で動かない頭を使っているというのに、隣の所古はひどくうれしそうだ。 「先輩!やっぱりこのフクロウさんたちはあのフクロウさんが呼んだんですかね?!」 「たぶんな」 適当に相づちを打って、所古を放っておく。 こんな状況で相手にしていることはできないと思ったからだ。 しかし、それは大きな間違いだった。 こういう状況だからこそ、彼女は野放しにしてはいけないのだ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 所古はぴょんと立ち上がり、たっとフクロウたちに駆けだしたのだ。 一瞬何が起こったのかわからなかったが、所古が走り出したことを理解すると、真咲は急いでその後を追いかけた。 「所古!」 彼も見ていたのだろう。 胱月院も真咲とほぼ同時に走りだした。 それを待っていたかのように、集まったフクロウたちも一斉に動き出した。 けたたましい羽根の音と鳴き声。 向かってきたフクロウを胱月院は勇ましく迎え撃ち始めた。 どんどん足技でけり落としていく。 その姿は確かにかっこいいのだが、フクロウが固いのか、多いのか、その表情にいつもの余裕はない。 真咲も所古を抱えて必死によける。 こんな中でもなぜか所古はひどく楽しそうで。 こいつ、今どれだけまずい状況にあるのかわかってるのか? 「胱月院!」 真咲が叫ぶと、振り向かずに何だ!と胱月院も叫んだ。 「使い方おかしいかもしれないけど、多勢に無勢だろ!どうする?!」 「今考えている!」 胱月院がそれなりに戦闘能力があるとフクロウたちも理解したのか、ほぼ集中攻撃を仕掛けた。 何とか攻撃は避けているものの、防戦一方でとても反撃なんてできそうにない。 しかし、おかげで真咲と所古への攻撃の手は弱まった。 今のうちに少しでも考えなければ。 反撃なんてできなくていい。 どうにかして地上へ脱出する方法を。 抱えていた所古を取り合えず地面に下ろす。 抱えて走り回っていたため、息は当然上がりきっていた。 正直疲労がたまってきている。 その場に膝をついてみると、なにやら固いものに膝がぶつかった。 「ん?」 見てみると、それは胱月院が投げた鎖の網だった。 「げっ…!!」 左側をみると、いまだにイケフクロウは鎖の網に捕らえられたままの状態だった。 所古もそれに気付いて、ぱっと顔を輝かせてイケフクロウの前にしゃがみこんだ。 「フクロウさん、黄泉は所古黄泉っていうんですよー」 「………」 何を考えているのか、いきなり自己紹介を始めた。 「飛んできたフクロウさんたちはフクロウさんのお友達なんですか?」 なんか話し始めたし。 「おい、所古。ちょっと…」 真咲が止めようとするが、所古はそんなの聞こえていないようで話かけ続ける。 「いいですねー。お友達いっぱい」 イケフクロウはジタバタせずにおとなしいまま。 フクロウと胱月院と真咲を無視して所古は世間話でもするような調子だ。 「さっきお話できたですよね。黄泉はちゃんと覚えてますよ。黄泉とお話ししてくださいよー」 所古は黙りっぱなしのイケフクロウに不満げに頬を膨らませた。 ………。 …待てよ。 そうだ、こいつさっきも前回も人間の言葉話してたじゃないか。 あの大量のフクロウたちを呼んだのもこのイケフクロウなのだから、話したら解決できるかもしれない。 胱月院は何か武術を習っていたのか、異常に強いが、せいぜい授業の柔道くらいしかやっていない俺は戦うなんて無理だ。 まして、あんなにたくさん同時に相手するなんて、逆立ちしてもありえない。 男としては少々情けない気もするが、今は仕方ない。 平和主義の日本人なら話術で勝負だ。 「あのさ、俺たちはべつにあんたの邪魔しにきたわけじゃないし、敵対心とかもってないんだよ。だから、あいつらの攻撃止めさせてくれないかな」 できるだけ優しく言った。 イケフクロウが網に絡まったまま首だけ動かして真咲を見た。 おっと…、これはこれは……。 近くで見れば見るほど、これがロボットの類じゃないのがよくわかる。 なんのつなぎ目もないし、本物のフクロウと差がないほどその動きはスムーズだ。 『何故邪魔ヲスル』 「…あのさ、俺の話聴いてた?」 思わず所古や胱月院に対するように言いそうになったが、寸でのところでぐっとこらえた。 「わかった、じゃあ言うことを変えるよ。何をしたくて夜な夜な飛び回ってたの?」 『探シテル』 「何を?」 聞いた瞬間、胱月院に向かっていたフクロウの一体が真咲めがけて飛んできた。 「うわっ」 何とか避けるが、そのままバランスを崩して池フクロウの上に転んでしまった。 「びっくりした…!」 その瞬間に頭に浮かぶ映像。 「え…?」 胱月院に向かっていたフクロウの半数が所古へ向ってきて、追いかけっこと勘違いしているのか、楽しそうに所古が走り回っているのも真咲の視界には入らない。 その映像は鮮明で、次々と浮かんできた。 たくさんの巨大なビル。 残されたほんの少しの木々。 設置された日に集まった大勢の人々。 イケフクロウを待ち合わせ場所に集まるカップル。 警備員、駅員、ホームレス。 今までにイケフクロウが見てきた池袋。 そして、その最後にもう一体の石のフクロウの像。 「お前…、もう一体のフクロウの石像探してるのか…?」 真咲がたずねていると、眼の前を胱月院が転がっていった。 「胱月院?!」 真咲は驚いてそっちを見やった。 くるりと綺麗な受け身を取っていて、衝撃はないようだったが、所々に擦り傷が見える。服も多少なりとも破けている個所があった。 息もあがっている。 思わず駆け寄る。 「大丈夫か?!って、大丈夫なわけないよな!」 とりあえず怪我の状態を確かめようと腕に手を伸ばすが、その瞬間に突き飛ばされた。 「どわっ!」 胱月院のように華麗に受け身など取ることはできず、そのまま吹っ飛んだ。 何をするんだ!と文句を言いたくなったが、さっきまで真咲がいた場所に数匹のフクロウが転がっているのを見て、口をつぐんだ。 …もしかして、助けてくれた? 現に今も一番大変な役やってくれてるし。 なら、俺もできることをしなくては。 「なぁ、お前はお前にそっくりな石のフクロウの像に会いたいのか?」 真咲は再びフクロウたちの親玉と思われるイケフクロウに歩み寄って語りかけた。 「さっきお前に触ったらさ、何でかわからないんだけどいろいろ見えたんだよ」 イケフクロウがまた首を持ち上げた。 「あの像探してるの?」 『…知ッテル?』 初めて訊ねてきた。 しかし、残念ながらここ池袋へきて日が浅い真咲はこのイケフクロウ以外のこのサイズのイケフクロウを見たことがない。 「いや、残念だけど、俺は知らないんだよね…」 真咲は続けた。 「でもさ、今お前の子分がどつきまわしてるあいつらは生粋の都会っ子だかた、何か知ってるかもしれないよ」 「いきなり押しかけてきたり騒いだりして、相当迷惑かけてるかもしれないけど、悪い奴らじゃないんだよ」 「頼りないかもしれないけどさ、俺でよければ協力するし…」 チャラ チャラ 「?」 聴こえた不自然な音。 金属がこすれる感じの、そんな音。 おかしいな、今この場でそんな音をたてるものがあるとすれば、この鎖の網なんだけど…。 「げっ…!」 真咲は目を疑った。 イケフクロウが鎖の網から脱出している。 そして大きく羽を広げて一直線に飛び立った。 その先にいるのは、胱月院。 「胱月院!!」 真咲は急いで走りだす。 真咲の叫びがなくとも胱月院はイケフクロウが向かってくるのが分かっていたようだが、何匹ものフクロウを相手にしているこの状況では対応するのは難しい。 攻撃を喰らう覚悟をしたのか、胱月院は一切こちらを見ない。何の対処もしない。 真咲は全力で走った。 寸でのところでイケフクロウを追い抜いて、胱月院をつかんで転がった。 2人ですごい勢いで転がる。 広いが、それはあくまで人が通行するという上で広い通路。 人が転がるには広いとは言えない横幅。 勢いはあまり落ちないまま2人は壁に激突した。 壁には真咲が突っ込んだので、胱月院はそれほどダメージはなかった。 「っ…」 「痛ってぇ…」 胱月院は後頭部を抑えながら、真咲は腰をさすりながら体を起こした。 「…大丈夫?」 一応安否を確かめる。 「…お前よりはな」 胱月院はすっと立ち上がった。 真咲が視線を上げると、その先でイケフクロウが旋回して体制を立て直している。 もう一度突っ込んできそうだ。 何で?! 「なぁ、敵意ないって言っただろ!」 何故胱月院にだけ攻撃をしかけるのか。 網から抜け出したとき、一番無防備だったのは真咲だったはず。 なのに真咲を狙わずに胱月院へ向かった。 何故? 『アイツハ知ッテル。アイツヲ知ッテル』 あいつ…。 おそらくこのイケフクロウが探しているというフクロウの石像だろう。 「胱月院!あのフクロウもう一体のイケフクロウ探してるんだって!お前何か知ってんの!?」 「…心当たりがなくもないが、俺は知らん」 なんじゃそりゃ。 いつもならそれで済むが、今はそれではすまない。 『ドコ?ドコニイル』 「知らんと言っているだろ。日本語話すわりに頭が悪いな」 「頼むから状況考えてからモノを言ってくれ!!」 こんな時に何を言っているんだ! 心当たりがあるなら薄情してしまえばいいのに。 そうしたら、もしかしたらこのイケフクロウは攻撃を止めてくれるかもしれない。 そう思っているうちに胱月院今までが相手をしていた複数のフクロウが飛んできた。 「ちっ」 舌打ちをしながらもまた相手を始める。 しかし、その動きは目に見えて悪くなっていた。 疲れているのか、怪我をしたのかはわからない。 そういえば、フクロウに追いかけられて走って行ったきり所古も見かけない。 これだけ静まり返っている構内で足音も響いていないということは、遠くまで行ってしまっているのかもしれない。 あっちも心配だ。 真咲は走り出した。 攻撃態勢に入っているイケフクロウに。 真咲の暴挙に胱月院気がついたが制止を叫ぶが、真咲は止まらない。 イケフクロウは、真咲には攻撃をしてこなかった。 真咲はイケフクロウを抱きかかえた。 「何でお前が胱月院を狙うのかも、もう一体のイケフクロウ探してるのかも、それがどこにあるのかも俺にはわからないけどさ。それだけするってことは、大切なものなんだろ?もしかしたら見つかっちゃうかもしれないのに夜飛んでたんだもんな」 真咲は続けた。 「俺達でよければ協力するから、頼むからもうやめて。俺、友達が怪我するの見るの嫌なんだよ。お前にとっても一体の像が大切なようにさ、俺も友達は大切なんだよ。どんなに性格が悪くても、口がキツくても、態度がでかくても、言葉使いがいまいちおかしくても、大事な友達なんだ」 『…オ前ガ‘ミオクサ’ナノカ?』 「ミオクサ?何それ」 聞きなれない言葉に、真咲は思わず聞き返した。 ホー 「わっ!」 人一倍大きな泣き声に、真咲は思わずイケフクロウから手を離して耳を塞いだ。 それとともに、胱月院に襲いかかっていたたくさんのフクロウたちが離れていく。 「あ…」 そして、それらは駅の闇へと消えていった。 『ミオクサ、我ハ敵対シナイ』 イケフクロウは続けた。 『比例ヲ詫ビル』 イケフクロウは地面に降りてちょこんと頭を下げた。 なんとも可愛らしい。 『ミオクサ、ドウカ片割レヲ探シテホシイ』 結局ミオクサが何なのかはわからないが、とりあえず真咲のことを指しているらしい。 そして、イケフクロウは敵対しない、片割れを探してほしいと言った。 攻撃してこないのはうれしいが、はたして探すのに自分が役に立つなんて真咲は微塵も思っていなかった。 「協力はするよ。でも…、正直俺なんかはあてになんないと思うよ」 自分で言っておいて情けない話だが、できない約束はしない方がいい。 イケフクロウはちょこちょこと歩いて初めにいた石の台の上に上った。 『夜ガ明ケル。多ク人ガクル。モウ戻ラナイトイケナイ』 イケフクロウはもとのポーズをとって、首だけ真咲に向けた。 『マタイズレ』 そう言うと、眼の光は消え失せ、もとの石像に戻った。 おっかなびっくり真咲は近づいてツンツンとつついてみるが、動く気配はない。 どうやらほんとうにもとの石像に戻ったようだった。 そこではっと気がついて胱月院に走り寄った。 「胱月院!お前あれだけの数相手にしてて大丈夫だったか?怪我とかさ。酷いのしてない?」 真咲は心配そうに胱月院の腕をつかんだ。 胱月院はびっくりしたように眼を見開いたが、真咲があんまりにも本気で心配するのでしたいようにさせた。 「正直助かったけどさ、無茶しすぎだよ」 取り合えず、妙に晴れているところや大量出血はなく、ひとまず安心のため息を小さくこぼした。 「お前…」 「ん?」 真咲は話を促すように聞き返した。 「友達は大切だとか言ってたな」 「言った。当たり前だろ?」 当然だと真咲は思った。 「親に言えないこととかさ、普通の相談事って友達にするし、遊びに行ったり一緒に苦しんだりさ、同じ時間を過ごすのっていいと思うよ」 「さっき言った友達の中には当然胱月院も所古も入ってる。特にお前なんて理由が何であれ何かと助けてもらってるしさ、なんだかんだ言っても転校して初めて気兼ねなく話せる奴だったし。胱月院がどう思ってるかはわからないけどさ、俺はお前を友達だと思ってるよ」 「…‘友達’だからかばったりするのか?」 「?…あぁ、さっきの?」 一瞬何をいっているのかわからなかったが、胱月院を抱えて転がったときのことだと理解した。 「そこまでしないのも当然いると思うけど、っていうか、俺も今までこんなことしたことなかったけど、何でか体が動いたんだよね」 真咲は苦笑した。 「でもおかしいとは思わないよ。それだけできる奴なんじゃない?俺にとっての胱月院ってさ」 それに、と真咲は続ける。 「所古は少なくともお前を友達だと思ってるし、あいつは友達は絶対に見捨てないって言ってた。そういうのってかっこいいと思うし、できれば俺もそういう人でありたいと思う」 お前にとっての俺はどんななんだろうな、真咲は笑いながら言った。 「人間嫌いのお前に言ってもしょうがないかもしれないけどさ、人って案外いいもんだよ。悪い奴もいるけど、一緒に居たいなって思える奴もいるから」 そこまで言って、真咲は我に返った。 …今まで俺は何を口走っていた? なんか、無性にむず痒くなるようなことを言ってませんでした?! こんなこと言ってたら、また胱月院に鼻で笑われる。 すぐに来るであろう嘲笑に半ば自分に諦めながら身構えていたが、それはいつまでたっても来なかった。 彼を見てみると、何か少し考え事でもしているようだった。 「あぁあのさ!けっこうぐだぐだな感じだけど、一応ひと段落ついたし!明日は休みだけどとりあえずこんなことにいるのもなんだし帰ろうよ!」 誤魔化すように真咲は言った。 遠くで小さく所古の声が聞こえた。 あれは…、丸ノ内線の改札の方だ。 …胱月院に友達論を諭していて、所古の事をすっかり忘れていた。 「…帰るか」 胱月院は所古の声がする方へ歩き出した。 真咲も彼に続いて歩き出す。 もう夜は明けてしまっているのだろうか? そんな事を考えながら。 もどる / のらねこTOP / すすむ