所古いこまは無事だった。
それどころか、何故かやりきったような清々しい表情をしていた。
何故?
「黄泉は追いかけっこの勝者なのですよ!俊足とはこのことです。弁天走りを先輩にもお見せしたかったです!」
と、ひどくウキウキとしていた。
とりあえず、楽しそうなので、弁天走りではなく韋駄天走りだと訂正するのはやめておいた。
「あや?胱月院こうがついんはひどくボロボロですよ?初期の洗濯機にでも入ってしまったような」
いや、初期だからって入れた洗濯物がボロボロになったりはしないだろう。
前回と同じ道を通って、外へ出た。時刻は夜中の4:32。
まだ薄暗いが、夜が明けそうな気配はほんのり漂っている。
真咲は2人に自分のアパートに泊まることを勧めたが、2人は断った。
所古は今日の出来事を忘れないうちに日記に書くんだそうだ。
…別に寝てから書くなら、どこで書いても変わらないだろうに。
胱月院が断ることは、何となく予想はしていた。
「‘ミオクサ’…またわけのわからないものがでてきたな」
「テスト前なんだから、これ以上はやめてくれよ。せめてテスト明けからにして」
「分かっている。俺はともかく、所古はさすがにテスト前に何度も家を空けるのはまずいだろうからな」
「…やるならまたこのメンツってことか」
「こういう件に関してはな」
所古は何か飲みたいと、コンビニへ小走りで向かった。
まだ走る体力が残っていたようだ。
あの小さな体のどこにそんな力が残っているんだか…。
「…お前の友達の考え」
来た…!
胱月院の切り出した話題に、真咲は内心身をすくませた。
思い返してみれば、ずいぶん恥ずかしいことをほざいてい気がする。
今まで友達にも、親にも言ったことなかったのに…。
命の危機を救ってくれた人に恋する、とかいう理論じゃあるまいし。
自分は何を考えていたんだか…。
「はい…」
諦めて自分の馬鹿さ加減に反省しつつ、真咲は腹をくくった。
「俺には理解できない」
…だよね。
人が嫌いだと宣言している人に、あんなこと言ったってわかるわけがない。
というか、そうでなくても100%理解する人なんているわけがない。
ついでに言うと、きれい事とか理想論とか言われても、言い返せないような気もする…。
「だが、お前は今まで俺の周りにいた奴とは違うことは分かった」
「?…そう」
今まで胱月院の周りにどんな人がいたのかは知らないが、とりわけ自分のキャラが濃いとも思わない。
今まで周りに目を向けなさすぎただけなんじゃないだろうか…。
「…少しお前に対する認識を改めた」
「…そりゃどうも」
何がどう改められたのか、すごく気になる。
「胱月院せんぱーい!!」
所古が手をぶんぶん振っている。
「先輩のお迎えの方がいらしてますよー!!ついでに所古も送ってくださーい!」
所古の隣には真っ黒な車。
洗車が行き届いているのか、新車のようにピカピカしている。
車の隣に立つ所古は、きっとドアの辺りに映っているんだろうと思うほどきれいだった。
こんな時間でも来る迎え。
胱月院って、いったい何者なんだ?
考える真咲を他所に、胱月院は車に向かって歩き始めた。
「胱月院、また学校で」
胱月院を呼び止めて、別れを告げた。
彼も立ち止まり、振り返って「あぁ」と短い返事をした。
しかし、再び歩んでいた足を止めて振り返った。
真咲も家路につきかかっていたので、胱月院が真咲を呼び止める形になった。
「真咲」
「ん?」
振り返る。
「月曜は古典の単語の小テストだからな。忘れるな」
それを聞いて、真咲は顔を青ざめさせた。
「…忘れてた!!サンキュ、胱月院」
胱月院はくるく手を挙げて答えて、車へ向かって歩き出した。
ここで帰るのもなんだし、見送ろう。
そう思い直して、帰る足を止めた。
黒い車に胱月院と所古が乗り込む。
車の窓から真咲に気がついた所古が手を振って、真咲はそれに応えて軽く手を振り返した。
その車が見えなくなってから、再び家路に就く。
もう夜中というより、早朝の時間帯だ。
真咲の祖父なんて、毎日4:30に起きて、毎日自分の畑に通っている。
それを考えれば徹夜だ。
眠い…。
眠い目をこすりながらだらだら歩いて行く。
そういえば…、さっき胱月院が真咲を呼び止めたとき、苗字ではなく名前で呼ばれなかっただろうか。
あの時は全然気がつかなかったが、そうだ、名前で呼ばれた。
胱月院って、学校で名前で呼び合っている奴いたっけ?
あいつに名前で呼ばれるのって、なんだか変な気分だ。
認識を改めるっていうやつに入っている事柄なのかな?
わからないが、まあ、少しこれで仲良くなれたならそれでいい。
転校して、高校生にしてひとり暮らし。
そうでなくとも仲のいいともだちは何人いても悪いものではない。
明後日、学校であったら俺も名前で呼んでやろう。
そうしたら、胱月院はどんな顔をするだろうか。
嫌そうな顔?
まるで無視?
驚き?
それともうれしそうにするだろうか?
…いや、一番最後の選択肢はおそらくないけど、っていうか想像できないけど、それでも想像を巡らせると楽しくなった。
仲良くなれた実感を感じられる機会はそう多くない。
しかも相手はあの鉄壁の二重人格男。
態度と口は悪いけど、成績と顔と運動神経がいい胱月院司。
理系を選択した理由である古典のテストはいやだけど、早く月曜日になればいいなと思った。
しかも隣の席だし。
とりあえず、今日はいろいろあり過ぎた。
家に帰って、まずは寝よう。
それから何か食べて、参考書でも買いに行って、卵がなくなったから買いに行って。
一人暮らしでは何もかもをじぶんでしなくてはならない。
そのかわり全てにおいて自由なのだ。
いつか、こういう妙な事件とは関係なしに2人を招待したいものだ。
もちろんテストが終わってからだが。
夜明け前の駅前を、あくびを噛み殺しながら真咲は歩いて行った。





















Fin






<あとがき>
とりあえず、始まり編は完結です。
すでに書き直したい気分ですが、そんな事をしていてはいつまでたっても先に進まないので我慢します。
自分でもわかるんですが、途中からだんだん描写が丁寧になってきて(丁寧になっていたつもり…orz)、後半はいくら書いても内容が進まないということになってしまっていました…。
しかもそれぞれの話の量も見事にバラバラ…orz
ついでに話もぐだぐだ…。
やっぱり衝動的に描き始めるのはよろしくないですね…。
結末考えてから書かないと。
そんなのでいいのだろうか、いやいいということにしておこう!(え)

名前の通り、このお話は始まり編です。
まずは主要キャラをだして、世界観でもかけたらいいなぁと。
しかし、まだ出ていない人もいます。
名前しか出てない人とか、1話くらいしか出てきてない人とか。
そのうちたくさん出てくれば、いいな…。
その力量が榎本にあればいいんですけど…。

初めに中編のシリーズものということにしたのですが、29話って中編…?
いや、中編っていうことにしておきます;
シリーズなので、まだ続きます。
ネタが尽きるか、榎本が力尽きるまで。

榎本は腐女子ではないつもりなんですが、周りは榎本を腐女子扱いします。
そのせいかはわかりませんが、胱月院と真咲がどうにもd(強制終了)
そのうち裏ページでもつくると思います。
しかし、裏なので、隠すつもりではいるんですが、Tabでさがせるようにするか、パス制にするか、請求制にするかはまだ決めていません。
苦手な人が見て、いやな思いしても嫌ですしね。
ネット小説は楽しく読むものだと榎本は思っているので。

何はともあれ、ここまで読んでくださったあなたに心からの感謝と、あなたとの出会いに最大限の喜びを。
ありがとうございました。




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