昼間の胱月院こうがついんの宣言通り、今日も今日とて深夜と言える時間帯に高校生が3人。
駅の中の小さな倉庫の1つに忍び込んでいた。
前回と同じ手口だったので、どうやら前回の侵入・脱出はバレていないようだった。
それもどうだろう と正直、真咲は思ったのは別の話である。
軽くない鉄の扉の隙間から洩れる光はまだ十分に明るい。
まだ消灯されておらず、見回りでもしているのだろう。
しかし、その光もおそらくもうすぐに消えるだろう。
時計はそんな時間を指している。
胱月院、真咲、所古いこまは、広くもない倉庫の中でその時を待っていた。
「お前、今日は学校休んでたのに、何でここには来てるんだよ」
「先輩、黄泉は別に体調を崩してお休みしたというわけではないんですよ。来て当然です」
「…それは、俗にいうサボりか?またしても」
「言い方が悪いですね。自主休講と言ってください」
「否定はしないのか。ついでに、自主休講って…、お前、大学生じゃないんだから…」
本日学校に姿を現さなかった彼女がなぜかここにいる。
前回サボったとき、強盗の件で疲れたのかと思いきや、池袋を一日中まわってフクロウの写真を撮っていたのだから驚きだ。
心配はしていなかったが、今日も来るとは思わなかった。

ぷつん

何とも言えない電源が切れる音。
その瞬間にドアの隙間から洩れる光が無くなった。
倉庫の中は一気に闇色一色へと変わる。
「電気切れちゃいましたね。真っ暗です」
「そうだな」
「何にも見えませんよ」
「見える状態で駅員や警備員が帰宅するわけないだろ」
「ですが、帰りに躓いちゃったらどうするんですかね。きっと痛いですよ」
「知ったことか。転ぶ本人が悪い」
「…あのさ、2人ともさっきから何の話してんの?」
噛み合っているようで、噛み合っていないような。 とりあえず酷く場違いな会話をする2人に、真咲はつい我慢できずに口を開いた。
これからまた警備員を気にしながら消灯した駅構内をうろつくというのに、この会話は何なんだ。
まぁ、こんな無茶をやらかす2人なのだから、ここでしり込みしたようなことを言われても違和感はあるに違いないだろうが。
「何って、電気が消えちゃったことですよ」
「そりゃ聞いてりゃわかるよ」
「わかっているのに質問ですか?おかしな先輩です」
「いや、おかしいのはお前の思考だと思う」
「先輩、黄泉はおかしくもなんともないんだと自負しています」
「…とりあえず、所古。自負の言葉の使い方は間違ってるから」
「2人とも黙れ」
胱月院の命令口調に、2人とも口を閉じた。
胱月院は注意深く扉に耳を当て、それから少しだけドアを開けてあたりを確認した。
どうやら前回と同様に警備員はいないようで、それから音がしないように注意しながら扉を大きく開けた。
胱月院初めに、続いて所古、そして最後に真咲が出た。あたりは暗く、非常口を知らせる緑色の光だけがところどころを照らしている。
病院でなくとも、真っ暗でぽつぽつ電気があるという空間はそれなりに雰囲気がでる。
胱月院はポケットからスリムタイプの懐中電灯をとりだして、スイッチをいれた。
そんなに大きくない電球だが、それでも広い範囲を白い光が照らし出す。
光にこれだけ安心感を覚えると、なんだか街頭に集まる虫を馬鹿に出来ないような気がした。
まったく関係のないことなのだが。
そんな中を三人は小さな明かりと点々と続く緑色の明かりの下、歩いて行く。
目的地はそう遠くない。










地下構内の突き当たり。
右側の階段を上れば地上へ出る。
左側へ行けばまた電車の改札口がある。
その間に今日もやつは佇んでいた。
フクロウの割にやや細身なボディ。
山手線開通の記念に作られた地名にちなんだその動物。
イケフクロウ。
胱月院の持つライトの白い光に照らし出される。
周りが真っ暗なのと、小さなライトでは照らしだせる範囲が限られているせいで、その浮かび上がり具合はちょっぴりホラーテイスト。
しかし、ものがものなので、恐怖心は全くと言っていいほど感じない。
それよりも、警備員に見つかるのではないかという方がよっぽど恐怖心を煽っている。
「何にも動きませんねぇ」
所古は残念そうにフクロウをなでた。
今日こそまともな会話でもするつもりだったのだろうか。
「そりゃ、頻繁に動き回られても困るだろ」
というか、頻繁でなくとも動き回られては困るのだが。
「前回…」
胱月院が口を開いた。
「前回駅に潜り込んでコイツが動いたとき、確か俺たちは帰ろうとしていて、全員後ろを向いていたな」
思い出してみる。
確かにそうだ。
ある程度見たり触ったりして、馬鹿馬鹿しい考えに証拠をつけた気になって、帰ろうと後ろを向いたのだ。
「今は動いていない」
胱月院はそっとフクロウに触れた。
「コイツが動き出すには特定の条件が必要な可能性があるな」
確かにその可能性は十分にある。
今までこのフクロウは動かなかった。
しかし前回忍び込んだ時には動いていた。
今まで動かなかった、前回動いた何らかの理由があるはずだ。
「とりあえず前回と同じ状況にしてみよう」
3人は前回と同様に横に適当に並んでだらだら歩き始めた。
確か、前回は適当に話をしながら家路についていて、そうしたら後ろから…。


バサリ


「!」

後ろから聞こえてきた羽ばたく音に、3人の足はぴたりと止まる。
しかし、その表情は人それぞれ。
所古の目の輝きは絶頂を迎え、真咲は完全に顔が引きつっている。
そして、胱月院のその瞳には、強い光が宿っていた。
示し合わせたかのように、ほぼ同時に3人が振り返る。
狙っていた相手がそこにいた。
バサバサと両翼を羽ばたかせて、空中に浮いている。
視界に入る、さっきまでそのフクロウがいたはずの台はもぬけのから。
何も置いていない、ただの石の台と化していた。
「フクロウさんは今日も絶好調ですね!」
所古のテンションが一気に上がっていく。
「また出たっ…!」
一方、真咲のテンションは恐ろしい勢いで下がっていく。
初対面ではないし、多少覚悟ができていたのだが、やはり所古のような反応はできない。
数度目とはいえ、眼の前で石像動いているのを見るのは、ポルターガイストが起こった部屋にいるようなものだと真咲は思う。
「やはり条件があるのか…。しかし、2度でそう断定するのは少々乱暴だな。…まぁいい。」
胱月院は冷静に何か考えて、不敵な笑みを浮かべた。
「フクロウさん、黄泉たちフクロウさんに会いにきたんですよ!」
所古はにこにこと石のフクロウに話しかけた。
「この町にはたくさんフクロウさんがいますよね。もしかして、みんなフクロウさんのお友達なんですか?」
100人いりんですかね?などと場違いなほどのんきな所古。
イケフクロウはゆっくりとこちらを向いた。

『……何ダ、オ前タチ』

イケフクロウは言葉を紡いだ。
脳に直接響く、なんてSFちっくなことはない。
普通に口が動いている。
『前ニモイタ…。邪魔、スルナ』
「邪魔?俺たちはべつにお前の邪魔なんかするつもりないよ!」
真咲は必死に敵意がないことを訴えた。
な?!と連れの2人に振るが、一方は目がきらきらと輝くばかりで、もう一方は何を考えているかまったくわからない。
よって、真咲は自分の言葉に全く説得力がないことを悟った。
「[邪魔するな]、ということは、お前には何らかの目標、もしくは目的があるということか?」
あくまでも態度のでかい胱月院。
誰に対しても、どんな状況でもこの態度は変わらないのだろうか。
真咲は頭を抱えたくなった。
『行ク。探ス。アレハ何所ニアル?』
「‘あれ’…?」
「何だ、それは」
「宝探しですか?失くしもの捜索隊の結成ですか?」
イケフクロウは大きく羽ばたいた。
羽ばたく音が構内に響く。
翼が石なだけに、その風圧は想像以上だった。
そこらの鳥では話にならないほどの風圧と音がその場を支配する。
また前回のように飛び去ってしまうのかと思われた、その時だった。



ズドン!!


すさまじい音と地響きと共に、フクロウが落下した。
思わず耳を塞ぐほどの爆音。
もしかしたら、この音で警備員がかけつけてくるかもしれない。
そんな事が一瞬脳裏をよぎったが、本当に一瞬だけだった。
そのフクロウの落下地点の床の砕け方を見ると、思わず3人とも息をのんで固まった。
そうだ、アスファルトやら公園やらの破損で知っていたじゃないか。
そうでなくとも分かる。
あんな質量のものが落ちてきたら、十分すぎるほどに破壊力があるということを。
フクロウは再びゆっくりと、豪快な羽ばたきと共に浮上し始めた。
その硬直から真っ先に胱月院だった。
彼は素早く何かをイケフクロウに投げつけた。
イケフクロウの浮上が止まり、再び落下した。
彼が投げたのは網だった。
魚とりに使うような網ではない。
小さいながらも頑丈そうな鎖が繋がり、編まれていた。
フクロウはバサバサと翼をばたつかせて暴れまわった。
「捕獲完了、だな。どこかの映画のように、日の光を浴びると灰になる、なんて言うなよ」
フンと鼻で笑いそうな胱月院を横目に、真咲は彼を少し恐ろしく思った。
…なんていうものを用意してるんだよ、こいつ。
所古ははしゃぎながらフクロウの前に走り寄って行った。
続いて胱月院が歩み寄る。
真咲もようやく硬直から抜け出し、おっかなびっくり近づこうとした、その時。
イケフクロウの目が赤く光った。
それには先を行く2人も気がついたようで、その歩みを止めた。


ゾワリ


背中から這い上がる悪寒。
真咲は肩を震わせた。

何か、来る。

自分たちに害を与えるような、何かが。
とらえられたイケフクロウは暴れるのをやめ、その瞳の輝きを一層強くさせた。
赤い光が構内を不気味に照らす。
「!」
真咲の頭上を何かが通った。
「所古!」
「へ?」
叫んで真咲は所古へ走った。
所古は急に強く自分が呼ばれて驚いたかのように振り返った。
その所古を抱えて、真咲は横へ跳んだ。
所古の頭を抱えてごろごろと転がる。
何かの映画のようだ。
まさか自分がする事になるとは思わなかったし、こんなにうまくできるとは思わなかった。
回転が収まると、すぐに真咲は視線をあげて胱月院見た。
彼も同じように、しかし真咲とは反対側の横へ避けていた。
今まで二人がいた場所の床には細かなヒビが入っていた。
その中心には、床を破壊した、真咲の頭上を通過した物体がいた。
「な…」
それを見て、2人は驚き、1人はうれしそうな声を上げた。
別のフクロウがいたのだ。
銅色の薄べったいフォルム。
どこかの天井やら壁のオブジェだったのだろうか。
しかし、明らかに動物園にいるようなものの温かみはなく、これは明らかに人口のものだとわかる。


ホー
          ホー
                 ホー    ホー
   ホー
                 ホー
       ホー
                                ホー
   

たくさんのなぎ声。
その声の高さはマチマチで、ここにいるものだけではないことが嫌でも理解できた。
しかもそれはだんだん集まって、こちらに向かっている。
闇の中で光る瞳は数えるのも面倒なほどだ。
その全てが3人に敵対心を持っているのが伝わってきた。
逃げるにも、帰り路は集まって来たフクロにふさがれている。
まして胱月院のいる側なんて、その先はシャッターで閉ざされている。
真咲だって、池袋に住んでいるとはいえ、そんなに長くないし、構内だってそんなに詳しくない。

どうする。

どうしたら…。







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