空は黒く、星も見えない。
その代りに地上では人工的な光がまぶしく輝いている。
ネオンという光が。
昔から都心の真ん中で育った真咲は、まともに星を見たことがない。
星が明るくて、きれいで。
一度プラネタリウムに行ったことがあるが、胱月院には心打たれるようには思えなかった。
夜に東京タワーから見下ろす夜景と、座って見上げるプラネタリウムの光の違いがわからない。
色か?大きさか?光の強さか?雰囲気か?
人工的なものに変わりないのに。
なのに何故人は星に願いをかけるのか。
光なら太陽や月の方がよっぽど輝いている。
いっそ、神社や寺の方が雰囲気も手伝って神聖ではないのか。
自分が賢いとは思わないが、周りは馬鹿だと思う。
なぜそんな不確かなものに想いを託せるのか。
なぜ不確かなものを求め、己の支えとできるのか。
人を引き付ける儚い光。
今日も見えない光の下、胱月院 司は主張の激しいネオンの下を歩いていた。
時刻は間もなく深夜0時を迎えようとしている。
時間も時間名だけに、人通りもそれなりに少なくなっている。
終電の時刻も見えてきた。そんな時間帯だ。
昼間では見かけられないような、そんな風に見える人も多い。
まだ明るい駅前を抜けて、細い通りを抜けて、住宅街へ向かう。
その中にある5階建てのアパートの前に、静かな住宅街には不似合いな青いシートと赤いポールが前の道に置かれている。
その前に待ち合わせの相手である2人はいた。
「こんばんわですね、胱月院先輩」
にっこりと笑った所古と、
「俺はともかく、本当にこんな時間に出歩いてて親御さん心配しないのか?2人とも」
心配症で人のいい真咲。
「俺も親元離れているからな、問題ない」
「黄泉もお家に両親ともいませんから大丈夫ですよー」
「…それを聞くと、ここにいることとかよりも家庭環境が大丈夫か心配になるな…」
適当に話しつつ、3人は駅へ向って歩き出した。


深夜と言いつつも、決して人が全くいなくなるということはまずあり得ない駅である。
ホームレス、酔っ払い・シラフのサラリーマン、駅員、ホスト、探せばどんな人でも見つかりそうだ。
そんな中明らかに10代のそんなに荒れているようには見えない3人組が歩いていれば嫌でも目立つ。
駅員と警察にだけ見つからないように気をつけながら駅の中を進んでいった。
「やっぱり昼間とは全然違うよな」
「そうですね。人少ないですし」
終電間際の駅はやはり人は少ない。
終電が終わり、駅員の見回りを回避するにはそれなりに隠れられる場所というものが必要になってくる。
しかし、普通はそんなところはわからない。
一般人相手にかくれんぼをするならたいしたことはないが、相手はこの駅を知り尽くしている駅員だ。
真咲らとは違う目的で駅に残ろうとして隠れている輩はすでに大勢いるだろう。
それをもちろん駅員は見つけ出しているだろう。
そんな相手にどこに隠れたらいいのか。
ただでさえ目立つのに…。見つかったらまず間違いなく親へ連絡が行きそうだ。
だからいっそう気合を入れて隠れ場所を探さなければならないようだが、胱月院の足取りには迷いがない。
そう、まるではじめから目的地を知っていてただ向かっているだけのような。






真咲のこの考えは間違っていなかった。

その後も胱月院の歩調は変わらず、たどり着いたのはとある倉庫。
…何故に倉庫?
一応確認のためにドアノブに手をかけるも、もちろん鍵かかかっていて扉は開かない。
トイレのドアをオートロックにするコンビニがあるこのご時勢、当然だろう。
真咲が扉に鍵がかかっているのを横で確認していた所古もこれには首をかしげた。
「先輩、こんなところで何をするんですか?」
「人気がなくなるまで隠れるに決まっているだろ」
「でも倉庫なんて、隠れるにはありきたりですよ。すぐに鬼さんに見つかっちゃいます」
「所古、問題はそこじゃないだろ。っていうか、かくれんぼじゃないから。鍵がかかっている部屋には入れないってことが問題なんだろ」
いや、そもそも公共の場の鍵のかかっている部屋に入ること自体法律に触れはしないのだろうか。
「鍵ならすぐに開けてやる」
そう言って、胱月院は上着のポケットに手を入れた。
「おい、まさかピッキングとかするわけじゃ…」
真咲の考えは外れた。
彼のポケットから出てきたのは、何の変哲もない鍵。どこからどう見ても、鍵。
それをドアの鍵穴に入れて、まわした。
まさかな、と思ったが、聞こえてきたのは かちゃり という鍵が外れた音。
何故?!
「何でここの鍵持ってんの?!お前!」
「どうでもいいだろう、そんなこと」
「いや、全然どうでもよくないだろ!防犯上とか!思い返せばおれの携帯番号とか住所とかもだけど、一体どういう世界で生きてるんだよ!」
真咲の言葉を鬱陶しそうに流しながら、胱月院は扉を押して中に入る。
所古もいやに楽しそうに続く。
一人取り残された真咲。
ひとりでこんな通路の真ん中に突っ立っていても仕方がない上にめちゃくちゃ目立つ。
腹のそこが重たいが、覚悟をきめて閉じた扉を押した。



流石に光が洩れては困るので室内にある蛍光灯はつけていないようで、中はほぼ真っ暗。
以前見た胱月院のペンライトだけがわずかな範囲を照らし出し、さながら雰囲気はこれから百物語でも始めそうだ。
つまずかないように気をつけながら、部屋の奥にいる2人の元まで歩いて行く。
室内は思っていたより広く、広さとしては5畳ほどだろうか。
荷物やら棚が置かれ、スペースとしては狭く感じるが、今の状況を考えると隠れられる場所が多いため逆に好都合かもしれない。
「何だ、結局来たのか」
「毒を食らわば皿までだよ。あんなところに突っ立てても仕方なしい」
「せんぱーい、ここ面白いものがいっぱいありますねー」
隣を見ると、棚に置かれたダンボールをなにやらごそごそ漁っている所古の姿が。
流石にそれはまずいだろう。
というか、ここにいることもまずいけど。
「それは流石にやめろ。な?所古」
明らかに不満そうに文句を垂れる所古をダンボールから引きはがし、真咲はダンボールと所古の間に割って入った。
「で、これからどうする気だなんだよ」
ため息交じりの真咲。
もはや引き返すに引き返せない。
まったく、引っ越して、転校してひと月もしないうちにこんなことをすることになろうとは思っていなかった。
胱月院は相変わらず涼しい顔のまま。
「このまま終電が終わるのを待つ。消灯したらここを出て東口へ向かう」
「見回りとかはないの?」
「当然見回りはいる。しかし足音で分かるから、その度にやり過ごせばいい。しかし足音が響くのはこちらも同じだからな、注意しろよ」
ペンライトが照らす範囲にいる3人。
少しの間沈黙がその場を支配する。
何も話さず、ただぼぅっとしていた真咲。
今いったい何時だろうと腕時計をみると、時刻は当然日付が変わっているが、もう今日という日が始まって1時間ほど経とうとしている。
あまり不規則な生活をしない真咲にとっては十分眠い時間帯だ。

プツン

扉の向こう側で何かのスイッチが切れるような音がして、扉の隙間から洩れてくる光がなくなった。
どうやら終電が終わり、待っていた時がきたようだ。
すっと立ち上がり、胱月院は扉に耳をあてた。
それから少しだけ扉を開け、あたりをうかがって外にでる。
所古は元気に倉庫から飛び出した。
真咲もに眠気を振り払うように伸びを一つ、2人に続いて倉庫を出た。
蛍光灯の白い光が消え、非常口を示す緑色の光だけがこの場を照らしていた。
もちろんそれだけでは遠くなど見えるわけもなく、十分に気味が悪い。
真咲がそう思うのだから、女の子である所古など怖がるだろうと隣を見るが、そこには目を輝かせた彼女の姿が。
…そうだ、こいつは変わり者だった。
いや、元々オカルトとかが大丈夫なタイプなのか?
まぁどちらでもいいことだけど。

ペンライトの光を1段階上げて、ほんの少しだけ光が強くなた。
照らす範囲は相変わらずだが、これだけ暗いとものすごく明るく感じる。
少なくとも足元を見るには十分だし、薄気味悪さは半減する。
胱月院を先頭に先を行く。
コツコツと足音が響く。
これは確かに遠くまで聞こえそうだ。
ここまで雰囲気が違ったりすると、真咲などは道を間違えてしまいそうだが、胱月院は普段と何の変わりもなくさっそうと歩いて行く。
毎日通学で使っていると違うんだろうなぁと、真咲は心の中で感心した。
何度か角を曲がって、丸ノ内線の改札まで来ると、流石に真咲でもここからのコースは分かる。
もう1度曲がって、その突き当りにいるのが今回の目的のいるところ。
胱月院がペンライトを上げると、そのずんぐりした体のシルエットがいつもの3割増で強調される。

いけふくろうは、そこにいた。

所古はぺたぺたと撫でたり触ったりしているが、やはり昼間と何の変化もない。
「ふくろうさんはふくろうさんのままですねー」
真咲も近づいて覗いてみるが、やっぱり変わったところはない。
‘やっぱりな’と、‘よかった’が心の中をぐるぐる回った。
「やっぱりありえないよなー」
真咲もふくろうの頭をぺたぺた触った。
胱月院もともと本当にこの石のふくろうが動くだなんて思っていなかったようで、すでに帰ろうとしていた。
「帰るか」
「そうだな」
「ですねー」
もと来た道を引き返し始める3人。
「でもさ、もうシャッター閉まってるけど、どうやって駅から出たらいいんだろ」
「朝まで遊んでたらいいんですよー」
「こんな真っ暗に近い中でか?」
「職員用の通用口があるだろうが」
「黄泉も駅員さんの仲間入りですか?!」
「いや、普通に鍵閉まってるだろ。まさか持ってるとか言わないよな」
「持ってなきゃ言う訳ないだろう」
「すごいですね!胱月院先輩は何でもお持ちなんですね!」
「だから何で持ってるんだよ!絶対何かヤバいものに触れてるだろ!」
「触れてる?手ぶらですよ、胱月院先輩」
「いや、今現在の手に持ってるものじゃなくて、俺が言ってるのは…!!」



バサッ



「!!」



後ろから聞こえてきたのは、何かが羽ばたくような音。
そう、鳥とかが飛び上がる時の一際力強い音。
池袋には鳩やらカラスやらが公害寸前なほど生息していて、駅の地下構内といっても鳥の1羽や2羽いたって誰も驚いたりしない。
そう、こんな夜中ではなく、普段の誰にでも解放された時間帯なら。

まさかな…。
そんなはずない…。

頭に回るのはほぼ反射的に浮かんだ音の発信源と先日の公園での出来事。
しかし今回は前回の公園の時とは大きく違った。
真咲と同時に胱月院と所古もその足を止めたのだ。
時間が時間なだけに3人は誰も振り返らずにその場に凍りついたかのごとく固まっていた。
「……おい、さっき何か後ろから音がしなかったか?」
「……‘バサッ’ってやつですか?」
「……おまえらも?」
幻聴、もしくは集団催眠かと思いきや、またしても後ろからは羽ばたく何かの音が、シャッターで区切られた、限られた空間に響き渡る。
「…振り返ってもいいですか?」
先陣を切って口を開いたのは所古。
「いや、‘せーの’で一斉にいこうよ」
真咲の提案に所古はわりました、と従う。
何も言わないところを見ると、胱月院も賛成なのだろう。
「じゃあいくぞ」
振り向きたいような、振り向きたくないような。
気持は半々、いや、前者の方が勝っているかもしれない。
そんな感情とは別に、頭の中では警戒ランプが点滅していた。



『振り向いたらもう戻れない』



そう本能的に感じていた。




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