昼間は学校、夜は検証。そんな日々はもう今日で3日目。
流石に自宅に帰るのが日付が変わる事はなかったが、それでも世間では充分深夜と言える時間帯にはなっている。
夜で歩いて、学校の課外もきちんと片づけて、家事もきっちりこなしている真咲まさき
若いからなのかは分からないが、疲れが溜まっていないのが不思議だった。
所古いこまは親に友達の家に泊まると言っているそうだが、もうそろそろその言い訳も限界なのではないだろうか。
実際所古は胱月院こうがついんの家に泊まり続けているらしい。
あの所古をよくそれだけの日数共に出来るなと関心はするが、彼も彼で家庭に問題があるらしい。
初めは親子喧嘩でもして家出か何かしたのかと思っていたが、どうやらそうではないようだ。
今分かっている事は、今胱月院が寝泊まりしている場所に両親はおらず、
しかも学校の後輩の女の子を泊めても問題ない環境にいるということぐらい。
よく考えてみれば、転校してきて他にも多少は話の出来る友人はいるものの、
行動を共にしている率が高いのはぶっちぎりでこの2人。
その割に2人の事を何も知らない。
携帯の番号やらアドレスらやは何故か割れていて、向こうから連絡が来るから知ってはいるが、
家族の事とか好きな科目とか、嫌いな食べ物とか誕生日とか。
友達を作るにおいてまず話題にするような事が何一つ話題になっていない。
だから知らない。
こちらから振ってもいいのではないかとも思ったが、
所古はともかく先日の胱月院の様子から何となくタブーなのだと感じていた。
寂しい気もするが、これが今のところの3人のスタイル。
危ういバランスの上に成り立っているように感じるのはきっと真咲だけじゃないだろう。
危ういバランスで成り立っているなら、触れてはいけない。
いつか話してくれるなんて偉そうな事は考えていないけど、少なくともその話題には触れないようにしよう。
向こうが言ってくるまでは。
これがここ数日で決めた真咲の中の胱月院に対するルールだった。


クレーターが初めて発見された公園、東池袋公園。
時刻はすでに後数分で11時。
辺りは街灯があるとはいえお世辞にも明るいとは言い難い。
女の子はもちろん、子供は間違っても来てはいけないような雰囲気が漂っていた。
さすがにこの時間に歌舞伎町に行くのはまずいという事で、歌舞伎町の調査はなくなった。
それを除けば全てのクレーターの調査はこれで終了した。
相変わらずビニールシートの下にあるのはほぼ同じへこみと亀裂。
公園内のものは植え込みの中にあった為、へこみは強く残っているものの、植物は回復しかけていた。
自然の力強さを感じる。
所古滑り台の降り口に座り、真咲は近くのベンチに、胱月院は2人の前に立った。
「黄泉にはさっぱりなんですが、先輩方何か分かりましたか?」
「んー…、俺にも全然わかんない」
素直に答える。
こんな法律に触れそうな、
もしかしたら触れているような真似をしているのだから少しは何か得るものがあって欲しいとは思う。
しかし、今までの全てがただのへこみで、ただの亀裂で。
何か手がかりになるようなものは何一つ真咲には見つからなかった。
よく考えたら先に警察が調査しているのだし、当然といえば当然なのだが。
「胱月院先輩?」
所古は胱月院を見ながら首を傾げた。胱月院は何故か今日はほとんど黙りっぱなしなのだ。
「胱月院?」
「あぁ…、何でもない」
真咲に声をかけられ、やっと声を発した。
「ちゃんとした器具や機材を使ったわけではないから信憑性に不安は残るが、
これらのクレーターは同一の物体によるものだろうな。
いずれも高さに制限のない所で起こったから、物体が落とされた正確な高さはわからない。
 ま、用は進展なしだな」
やっぱりか。
胱月院なら何か見つけるかと思ったが、彼でも分からなかったらしい。
「困りましたね…。完全に浅瀬に迷い込んじゃった感じですね」
"暗礁に乗り上げた"の方が適切な気はするが、そこは突っ込まなかった。
「どうしますか?やっぱり明日歌舞伎町に行きますか?」
「それはいくらなんでもにまずいだろ。特にお前なんか女の子なんだしさ」
「俺も出来れば歌舞伎町は避けたい。夜になると警察も動くからな。
最近は特に多い。私服警官なんか混ざっていたら厄介だ」
「…お前の心配事は警察オンリーか」
「非合法なものには非合法な対応は出来るが、警察相手にそうはいかないからな。司法を敵に回すのは得策じゃない」
その時。

ホー ホー

「ん?」
真咲は空を見上げた。こんな所にもフクロウがいるのか。
「どうしたんですか?」
「さっきフクロウの鳴き声しなかった?こんな都会にもフクロウいるんだなって」
「少なくとも俺は今まで池袋でお目にかかったことはないな」
「聞き間違いじゃないですか?」
都会の長い2人に言われると、聞き間違いだったような気になってくる。
そうだよな、こんな都会の真ん中にいるわけ無いか。

ホー ホー

やっぱり聞こえる。聞き間違いじゃない。しかもさっきより大きくなっている。
「また聞こえた」
所古と胱月院は顔を見合わせた。
「お前は何か聞こえたか?」
「いいえ。胱月院先輩は?」
「何も」
「ですよねー」

ホー ホー

「ほら。はっきり聞こえるじゃん」
耳に手を当てて音を聞く真咲の様子に、2人はしばし沈黙した。
「…胱月院先輩、今日はもう帰りませんか?」
「そうだな。俺も今ちょうどそう思ったところだ」
所古は立ち上がり、真咲の手を取ってベンチから立たせた。
「よく考えたら十条先輩は独り暮らしでしたよね。失念していました。疲れが溜まっていてもいいころです。
 今日と明日の授業をゆっくり寝てください」
「そうだな。教師陣は俺が適当に丸め込んでやる。屋上辺りで寝てろ」
「ちょっと待て、お前ら俺を異常者扱いするな。授業サボる方向で一致するな」
風もないのにがさがさと頭上の樹木が音をたてる。
その後に聞こえてくるカラスの鳴き声。何処かへ飛んでいくカラスたち。
2人も上を見上げた。
「何なんでしょうか」
所古の声には恐怖は微塵も感じられない。興味でキラキラしている。こういうのを神経が図太いというのだろうか。
その時。



どおぉぉおん!!



突然後ろから聞こえた轟音。所古がぴょんと飛び上がる。3人は一斉にそちらを向いた。
固いはずの公園の大地が土埃をあげた。
「なっ…」
「は…?」
「わぁ…」
土埃が引くのを固まりながら待つ。
その先には。
「ニュークレーターです!黄泉達目撃者ですよ!」
走り出す所古。面白そうに落下地点をのぞき込む。胱月院も近づいて生駒の隣にしゃがみ込んだ。
「まさかまた遭遇するとはな…」
伸ばしかけた胱月院の手を、真咲は慌てて掴んで止めた。胱月院は不機嫌そうに後ろに立つ真咲を振り返った。
「離せ」
「お前ら…本当に何も見えてないのか…?」
「何言ってるんですか?十条先輩」
2人には本当に何も見えていないようで、演技ではなさそうだった。
「十条?」
真咲の様子がおかしい事に胱月院は気がついた。
真咲は胱月院を見てはいなかった。真咲の視線は胱月院よりも少し上、少し先を見ていた。
所古も気づいたようで、心配そうに真咲を振り返り、見上げた。
「十条先輩おばけでも見てるんですか…?」
「かもな」
固まったように動かない真咲。
立ち上がって、胱月院は真咲の頬を軽く何度か叩いた。
「おい、何見てるのかは知らんがしっかりしろ」
やっと視線を外し、真咲は胱月院を見た。
その瞳には恐怖と驚きで満ちていた。
「2人とも、本当に、何にも見えないのか?俺がおかしいのか?」
「とりあえず落ち着け。お前はおかしくない。だが俺たちには何も見えない。お前には何が見えるんだ?」
一言一言、真咲を落ち着けようとゆっくり諭すかのように語りかけていく。
所古も立ち上がって心配そうに声をかけた。
「だって、あれは駅にあるやつだろ?何でこんな所にあるんだよ。ってか、何で動いてんだ?」
完全に混乱している。
「答えろ、何が見えてる」
胱月院は舌打ちして真咲の両肩を押さえた。
「フクロウ…」
ぽつりと小さな声で呟いた。
「すいません、聞き取れませんでした。もう一度お願いします」
「フクロウだよ!しかも明らかにあったかくなさそうな!」
「ロウでできた洋服ですかね?」
「さぁな」
胱月院は真咲の方を無理矢理回して落下地点に背中を向かせた。
「何にしても、とりあえず今日は帰った方がよさそうだ。戻るぞ」
「了解です。行きましょう、十条先輩」
所古は真咲の左手を取って、公園の出口へ向かった。
真咲は大人しく引かれていくものの、後ろを振り返った。
確かにいる。見間違いじゃない。
その時胱月院が真咲とフクロウの間に入った。
「まだ見えるのか?」
「お前、本当に見えないのか?」
質問に質問で返す。
しかし、胱月院の質問は肯定だとわかる返し。
「よくわからないが、とりあえず今日は帰る」
「俺は嘘なんか言ってない!」
「嘘かどうかは今はどうでもいい。今ある事実はここは公園で、上から何かが降ってきた。それだけだ。
 それがフクロウかどうかとか、一連のものと関係があるかはいまはいい。頭を冷やせ」
まだくってかかろうとする真咲を強引に歩かせ、公園の外に連れ出した。
その後を所古もついてきた。
そのまま3人は黙って歩き、駅の方へと向かった。
遠くで未だに聞こえるあの鳥の声。
響く夜空に星は見えない。


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