[PR] 永代供養






結局あの後、2人は真咲を家の前まで送っていった。
正確には、断る真咲を引きずるように胱月院こうがついんが連れて行き、真咲の隣を所古いこまがついてきた、という構図になる。
胱月院は最後まで相変わらずの調子だったが、所古は酷く心配そうだった。
時間も時間だったので渋々帰ったような、そんな感じだ。
鍵を開けて、部屋の電気をつけて。
真咲はベット腰を下ろしてにしばらくぼーっと座っていた。
公園の石のフクロウ。胱月院と所古。街灯の薄明かり。鳴き声。
頭が落ち着いてくると、さっきまでの混乱していた自分がかなり恥ずかしくなってきた。
2人には見えていない様子だったフクロウ。
もし本当に見えていないのだとすれば、大きな物音と目の前で出来た謎のクレーターに動揺して錯覚でも見ていた人のようだ。
見えていたのだとしても、正体は今一つ自信はないが、石のフクロウ。
はたしてあんなに混乱するほどのものだったのだろうか。
今こうして考えていると夢だったのではないかという気さえしてくる。
でも…。









学校の食堂と言うところは生徒が登校している日に混雑していない日はない。
今日もそう言わんばかりに学食は盛況していた。
その学食の横を通り過ぎ、以前教えられた購買に真咲は向かった。
そこでカレーパンと焼きそばパン、クリームパンを、自動販売機でお茶のペットボトルを1本購入し屋上へ向かった。
この高校は今時珍しく屋上を生徒に開放している。
もちろん2mを越えるフェンスがあったりはするが。
しかし構造上生徒が生活している教室、購買部からは距離があり、屋上は6階。
おまけにエレベーターもエスカレーターもないため、実際は利用している生徒はほとんどいない。
少し思い鉄の扉を押し開ける。
風がふわりと吹き抜ける。
東京都は思えないような青い空が広がっていた。
外に出て扉を閉めた。

「前々から思ってはいたが、変な奴だな。お前」

上から降ってきた声に顔を上げる。
…誰もいない?
そう思ったらむくりと体が現れた。
どうやら扉の上で寝ころんでいたらしい。
影からトンッという音が聞こえ、そちらから声の主である胱月院が現れた。
その手には近くのコンビニの袋が握られていた。どうやら彼も同じ目的で来たらしい。
「屋上なんて利用する奴、そうはいないぞ」
「たまたまだよ。前の学校じゃ屋上開放されてなかったし、前から来てはみたかったんだよ」
「そんなに憧れるようなどころじゃないと思うがな」
「それは屋上に行く選択肢がある奴の言葉だよ。禁止されてる奴の中には結構憧れてるの多いと思うし」
「そんなものか?」
「そんなもん」
フェンス際に歩いていき、適当な場所に腰を下ろした。
後ろからついてくる足音も隣で消え、衣擦れの音と共に胱月院が視界の端に映る。
パンの袋を開けて、頬ばりながら目の前に広がる景色を見た。
校舎を一望。池や教師用の駐車場、グラウンド。奥には大きなビルが建ち並ぶのが見える。
「胱月院はよくここに来るの?」
「そうだな…。以前は天気が許す限りは昼休みはここにいた」
「遠いのに?」
「誰もいないからな」
しばしの沈黙。
そういえば以前気になる事を言っていた。
「…前さ、人が嫌いとかなんとか言ってなかったっけ。お前」
「よく覚えていたな、そんな事」
さして興味もなさそうに答える。紅茶を飲み、顔を少しだけ上に向けた。
「何で?」
「嫌いだからだ」
「だから、何で嫌いなんだよ」
「答える義理はない」
「そーですか…」
答えてくれるなんてもともと期待していなかったし。
胱月院も自分の持っていた袋からパンを取り出してかじり始めた。
「頭、少しは冷えたか?」
「は?」
今度話題を振ってきたのは胱月院だった。
「夕べの公園の一件だ。相当混乱していたみたいだったからな」
「お見苦しいところを…」
そこは正直避けて欲しかった。
もっとも、胱月院はそんな真咲を知っていてもいなくても突いてくるとは思ったし、あれだけ心配かけたら聞きたくもなるだろう。義務的にも、心理的にも。
そういえば今日は朝から所古を見ていない。
すごく心配してくれていたし放っておいても来るなと言っても教室までことある事に現れていた彼女。
今日も来るかと思っていたが、予想に反して朝も現れず、それどころか今日は見かけてもいないのだ。
教室を訪ねようにもまだ校舎を全て把握しているワケではないし、第一所古のクラスを知らないのだ。
それは今日気づいた事で、こんな事も知らないのかと少し凹んだり凹んでいなかったり。
少しでも話題を変える為に、そして所古の情報を得る為に、真咲は胱月院に話を振った。
「そういえばさ、朝から所古見かけないな」
「あいつは今日は欠席だ」
「は?!」
真咲は本気で驚いた。
何故所古が欠席などしているのだ。どちらかというと、欠席するなら自分の方があっている。
昨日の時点では体調も悪そうではなかったし、真咲のように何かを見て混乱していたり取り乱すなんてこともなかった。
「何で。連日の夜遊びで風邪でもひいたのか?」
「騒ぐな」
胱月院は鬱陶しそうに真咲をじろりと見た。しかし、その視線はすぐに外されてフェンス越しの外へ向けられた。
「詳しくは俺も知らない。本人は担任に電話連絡をした時に風邪と言い張ったそうだが、それにしては元気だったそうだ」
「仮病?」
「おそらくな」
電話の様子が目に浮かぶ。
「何でまた…」
パンをかじりながら考えた。
と言っても、大して長く過ごしたワケでもない後輩の女の子の欠席理由なんて分かるはずもないのだが。
「所古しばらくお前の家に泊まってたんだろ?何にも知らないの?」
「確かにしばらく家にいたが、今日に限って朝起きたらいなくなっていた。毎朝たたき起こさなければ起きないような奴が、だ」
毎朝胱月院が所古をたたき起こす絵図らが容易に想像できる。きっとそうとう邪険且つ乱暴に起こしていたんだろう。
「所古ん家から電話があったりとかは?」
「一切ない。あいつもあいつなりにうまくやっているんだろ」
「心配じゃないのかよ」
これは真咲の本心だ。
さっきからいくらなんでも胱月院は淡白過ぎではないか。
多少なりとも真咲より付き合いは長いのだし、彼としては迷惑だったかもしれないが昨日まで自宅に泊まっていた人物だ。
「サボり程度心配するほどのことでもないだろ」
「お前なぁ…」
「所古の場合、以前にも何度かあったしな」
「そうなの?」
「あぁ」
そのサボりの理由は教えるつもりはないらしく、胱月院は食事に戻った。
前例があるなら胱月院の言うようにさほど心配はいらないかもしれない。
真咲も昼食に戻ることにした。












所古が欠席し、おまけに携帯にも連絡がつかないまま放課後になってしまった。
当然のように本日のクレーター調査もとい夜遊びは中止になった。
久しぶりに夜をゆっくり過ごすことができる。
せっかくだから、少し手の込んだ夕食でもつくろうかなどと考えながら家路についていた。
まだまだ空も青く、赤く染まるまでには時間がありそうだ。
ここのところろくに買い物もできなかったから、冷蔵庫の中は寂しい限りになている。
買い物の為に駅の地下へ降りていく。
通路を抜けて明けた扉の向こう側は早くも混雑し始めていて、活気のある客引きの声がありこちから聞こえてくる。
今日は肉類が目玉なようで、そのコーナーの混雑は一入ひとしおだ。
そこで牛肉を手にとって、人参、じゃが芋、玉ねぎなど次々に購入していった。
買い物を終えると買い物袋はずしりと重く、大した距離もない自宅まであるくのも億劫になりそうだ。
片手に鞄、片手に買い物袋をぶら下げて地下道をあるいていく。やはりこの時間だと学生が多い。
「…ん?」
すれ違うたくさんの人の先に見たことのある姿があった。
古ぼけた小さな机の奥。小さな椅子に座った一人の老女。
黒いヴェールをかぶり、全身に黒を纏う姿はいつかの日のままだ。
できる限り関わり合いたくないような、頭の中を警戒音全開にしてくれる彼女の名前は確か…。
内鏡 双菊うちかがみ そうぎく
しわがれた声が耳に届いた。
何人か振り返った者もいたが、全て通り過ぎていく。
真咲を除いて。
通り過ぎようと思ったのに…。
見つけてしまった目に、止まってしまった足に少し悲しくなった。
仕方なく真咲は内鏡に歩み寄った。
「前に会った時は教えてなかったからねぇ」
ひゃっひゃっひゃと笑うとまるで中世ヨーロッパで騒がれた魔女が復活したかのようだ。
真咲は内鏡の前の椅子には座らず、双菊の隣に壁に寄りかかりながらしゃがんだ。
地に直接座るのはあまり好きではないが、内鏡の前には座らないほうがい様な気がしたからだ。
「いつもここで占いしてるんですか?」
先に口を開いたのは真咲だった。
「いや、毎日バラバラだねぇ。あんまり客が来ても困るから」
そういえば前に胱月院がそんなことを言っていたような気もする。
「どうして?お客さんは多いほうがいいんじゃないんですか?」
「つまらない人間の未来はつまらないものさ。年寄りは我慢がきかないんだよ」
「そうですか…」
コメントに困るようなことを平気で言う婆さんだ。
いや、この人に限らずここに来てから会うのはこんな人ばっかりだ。
「それに、最近は特に騒がしいからねぇ。黄泉が五月蠅いのはいつものことだけど」
「所古に最近会ったんですか?」
「今日会ったばっかりさ。ちょこちょこ動き回ってきゃんきゃん鳴いてたよ。心配ないよ、今頃はもう家で寝てるさ」
「何してんだよ、あいつ…」
胱月院も所古も何を考えているのかわからない。
「調べてんだってねぇ、へっこみ。ご苦労なことだよ」
「いや、俺は単に巻き込まれただけなんですけどね…」
真咲は小さくため息をついた。
「何でこんなことしてるんだろうっていうのが正直なところです。こっちに来てから変な人にばっかり会うし、普通に学生いたいのに銀行強盗の立て篭もってるビルに紐なしバンジーするはめになるし…」
「人生相談かい?なら金とるよ」
「ただのグチです」
真咲は腰を上げた。おろしていた荷物も再び手に取る。
「じゃあ俺行きますね。仕事の邪魔してすいません」
「なぁに、いい人よけさ」
ひっひっと笑った。黒いヴェールから綺麗に並んだ白い歯が覗く。入れ歯だろうか。
一礼して背を向けて歩き出す真咲に、後ろから声が飛んできた。
「もうすぐこの騒ぎにゃ片が付く」
立ち止まって振り返った。内鏡は相変わらず座ったまま。離れてはヴェール中は口が動いているくらいしか見えない。
「鍵はお前だよ。難儀だねぇ」
引きつるような笑い声を背に真咲は再び歩き始めた。



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