ガラガラと大きな音を立てて開かれる教室の扉。
昼休みになったばかりだから、当然クラスのメンバーがほとんどいる。
その視線を一身に浴びながら入ってきたのは後輩の少女、所古 黄泉いこま よみ
周りの様子などまるで目に入っていないように、真っ直ぐ真咲まさきの元へ小走りにやってきた。
「先輩!」
「今日は何だよ…」
半ば諦めムードで所古に付き合う。
ここ数日では最早おなじみとかしつつある光景だ。
「これをご覧ください」
そう言って真咲の机に持ってきた週刊誌を広げた。
「ココです。この記事です」
「んー?」
指さす記事を読む。もちろんあまり気乗りしないまま。
「『新たなる都市伝説!?』?」
「はい。内容的にはですね…」
時間の節約の為か、所古が簡単に記事を説明しようとしたとき、真咲の上から声が降ってきた。
「歌舞伎町の話だろう。ビルやら道路やらが壊される連続器物破損としてきたこの事件が、ついに人が巻き込まれたらしいな」
胱月院こうがついん…」
「さすが胱月院先輩、もうご存じでしたか」
胱月院は真咲の隣である自分の席に腰を下ろした。
「まぁな」
「でしたらお話が早いです!あのですね、…!」
「ストップ!」
分からないうちに話が進んでいく。真咲は所古と胱月院の間に両手を出した。
「話見えないのに先に進めるなよ。ついでにこのまま話してると昼飯食い損ねそう」
「それもそうですね。では席を変えましょう」
週刊誌をしまって教室を出た。気が乗らないまま真咲もその後をついて行った。








着いた先は学食。
ボリュームの割に値段がリーズナブルなので、生徒のみならず教師にも人気が高い。
先に何か買ってこようと竜田堂を注文した。
ランチの載ったトレーを持って歩き回っていると、右側から自分を呼ぶ声がする。
「せんぱーい!こっちですよー!」
所古が椅子に座って大きく手を振っていた。
その正面にトレーを降ろして席に着いた。所古も先に昼食は確保したようで、前にチャーハンが置かれていた。
「さっきの記事なんだけどさ」
口火を切ったのは真咲だった。
「今日はニュース見てきたけど、歌舞伎町のなんかなかったぞ」
「そりゃそうですよ。黄泉も見てませんもん」
けろっと言い放った。
「黄泉は週刊誌で見かけたんです。
これ今日発売ので、急遽記事の差し替えがあったとかなんとか聞いたので購入してみたんです」
「んで、その記事の内容は?」
がたんと真咲の隣から音がした。胱月院が座ったのだ。びっくりしてじっと見ていると、胱月院は不快そうに眉を寄せた。
「…何だ」
「いや、お前まで所古にくっついてくると思わなかったから…、意外でさ…」
「今回は特別だ」
「は?」
「さっきの話だ。歌舞伎町の件。今までは物損だけだったが、生身の人間が被害を受けた。
 被害者は2人。知能の低そうなチンピラだ。
まるで上から重いモノでも落とされたようにうつぶせになり、そのまま意識を失った。
 負傷の程度としては骨折。単純な骨折だが、肋骨7.8本はイってただろうな。
あとは、少なからず臓器もダメージがあっただろう」
真咲と所古は感心したとばかりに感嘆を漏らした。
「すごいです」
「よく知ってるな。これもう読破してたのか」
「いや」
胱月院は自分の昼食である買ってきたパスタをフォークに巻き付けた。
「俺が第一発見者だからな」
「へー…。…は!?」
「違うな、正式には目撃者だ。目の前で潰れてったんだから」
「凄いです!どんな風でした!?犯人は?!道具は何だったんですか?!」
所古は興奮したように身を乗り出した。それを胱月院はたしなめながら、
「さぁな」
さして興味もなさそうに答えた。
「さぁなって…」
「言っただろ。目の前で潰れていったって。潰されたんじゃない。何もないのに勝手に潰れていったんだ」
「なんだそりゃ。何かのホラー?」
「だから知らないと言ってるだろう」
「それと今ココにいること、何か関係あるのかよ」
「大ありですよ!」
所古はスプーンをびしっと胱月院に向けた。
「黄泉がこの話に食いついて、十条先輩にくっつく。
それで渋々付き合う十条先輩に相乗りして一緒に捜査するって腹ですね!?」
「待て。それは俺がまたお前がらみで厄介事に首突っ込む前提の話だろうが。だいたい"腹"って言い方もどうよ」
「所古にしてはなかなかいい読みだな。大方正解だ」
「やったー!」
「喜ぶな!そしてお前も妙な俺の前提条件を否定しろ!」
真咲の訴えなんてどこ吹く風。胱月院は涼しい顔で食事を続けるし、所古はにっこにこだ。
「ビルから紐なしダイブしたお前だ。あながち間違ってないと思うがな」
「うっ…」
言葉に詰まる。真咲は目に見えて怯んだ。それを言われては反撃のしようがない。
「だ、だったら胱月院と所古でやればいいだろ?!2人とも興味あるみたいだし。俺を巻き込むなよ!」
「俺と所古で何かして結果が出た試しがない」
「……」
それもどうだろう。
っていうか、前に何かでやったことあるのか。
「と、いうわけですよ。十条先輩」
「何が"と、いうわけ"だ。勝手に話をまとめるな。俺は絶対に参加も協力もしないからな」
「えー!?」
所古は不満そうな声を上げた。しかし真咲だって負けるわけにはいかない。
心配性な両親を半ば無理矢理丸め込んで出てきた東京。初めての独り暮らし中。
これでまたビルからダイブみたいな真似をして、
今度こそ大怪我でもしようものなら無理矢理親元に連れて行かれるかも知れない。
前回だって、あれだけ銀行に報道陣が詰めかけていたのだ。
もしかしたら真咲の顔がすでに少し流れてしまっているかも知れない。
親がいない分夜や時間の融通は簡単にきく。しかし、これ以上危ない橋を渡るのは避けたかった。
「一緒に行きましょうよー、先輩ー」
「ダメったらダメだ」
所古も諦めないが、真咲もガンとして譲らない。
膠着状態ともとれる状況を打開したのは、意外にも胱月院だった。
「俺は今回所古に乗る。お前も来い」
「はぁ!?」
やったー!と所古は両手を挙げて万歳のポーズ。
新たな敵の出現に真咲は心底驚いた。その相手が胱月院なら尚更だ。
あんなに適当な扱いしているのに。
真咲を人身御供代わりに所古に当ててるくせに。
所古を災害みたいに言っていたのに。
「お前な、あれだけ所古とは関わりたくないみたいなこと言ってたじゃんか」
「あぁ。極力関わりたくない」
「ならどういう風の吹き回しだよ」
「歌舞伎町の件、俺は目撃者だと言ったな?俺は分からないものをそのまま残しておく事が嫌いなんだ」
「それだけでついて行く理由になるのかよ」
「俺もそれなりに情報網は持っているが、情報内容は偏りがちでかなり脚色されている。
人づてなんてそんなもんだが、その点で見れば所古の情報網の方が広いし過剰脚色されていない場合が多い」
「…お前らってどんな世界で生きてるんだよ」
胱月院は無視して話を続ける。
「俺1人じゃ時間がかかるのは目に見えているが、所古につけば俺が1人でやるほどはかからない」
「でもこいつと2人っきりってのは避けたいから、
最近妙に懐かれている俺を巻き込んでワンクッション入れよう…ってか」
「まぁ そんなところだ」
「"そんなところ"じゃねぇよ!」
真咲は必死に訴えたが、どちらも聞き耳持たず。
所古なんてすでに真咲の声に限らず周りの音が聞こえていない。
胱月院に至っては、初めから真咲の意見など聞く気もないとばかりに知らん顔。
「…それに、少し気になる事もある」
胱月院の呟きは食堂の喧噪にかき消され、2人の耳には届かなかった。
「じゃあ、さっそく今日から調査を開始しましょう!」
「犯行としては夜から明け方にかけてが主だからな、夜からでいいだろう」
「ちょっと待て、まず俺の話を聞け」
「そうですね。では、今晩10時に…交番前にしましょう」
「そんな時間に交番なんか行ったら、確実に補導されるぞ」
「何とか誤魔化します!」
「俺たちはともかく、未だに子供料金で電車もバスも乗れるお前じゃ無理だな」
「だから聞けよ!そんで既に俺まで頭数に入れるの止めろ!」
「じゃぁ…池袋駅の東口。宝くじ売り場がある方でどうですか?」
「わかった」
「だから話を進めるなって!」
そこでやっと胱月院がちらりと真咲を見やった。口から出てきたのは、悲しいかな、半ば予想していた言葉。
「時間は厳守だからな」
「そうですよー。十条先輩、一番お家近いんですから。遅れたらお迎えの刑です」
「……」
話を聞いてもらえないのでは交渉の余地もない。
というか、所古1人持て余しているのに、胱月院まで同時に相手なんて出来るわけがない。
「…行かないからな!」
もちろん2人には届かない。
「絶対行かないからな!」
「十条」
隣からの声に言葉を止める。
「早く食え。昼休みは無限じゃない」
壁に掛けられている大きな時計は、ここに来た時よりもだいぶ進んでいた。
確かに早くしないと午後の授業に遅れる可能性大になってしまう。
腹は納まらないものの、胱月院の言葉に従ってとりあえず昼食を取ることにした。
自分の性格を考えれば、今晩どうするのかいやでも分かる。
胱月院ははやくもそれを考慮しているようで、何だか手玉に取られているようで。
思い浮かんだ今夜の風景を頭から振り払うように、ご飯をかき込んだ。


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