所古いこまを先に行かせ、その後ろを真咲まさきが行く。覆面の男は最後尾から銃を突きつけながら歩く。
階段を1階まで下りていく。そこから少し歩いて、部屋を抜けると扉がある。そこを空けると、銀行のカウンターの奥に出た。
こんな状況ではあるが、こんな風になっているのか、と真咲は少し感心した。
奥にロビーがある。普段は誰かしらが腰を下ろしている椅子も、今は誰も座っていない。
立っているのは5人。皆一様にマスクを被っている。それぞれの手には、形こそ違うが銃が握られていた。
カウンター席からでると、ロビーの真ん中に人質たちが座らされている。
「まだ隠れているやつがいた。たぶんこいつらで最後だ」
「そうか。持ち場に戻れ」
真咲達を連れてきた男は、別の男に報告をするとまた元来た道を戻っていった。
「大人しくしていろ」
真咲達も他の人質達と同じ所に連れて行かれ、座らされた。
捕まっている人々は皆暗く、恐怖と哀しみに沈んでいた。その中に例外がただ一カ所。そう、胱月院 司こうがついん つかさがいる場所だ。
少しうつむき加減で何故か不機嫌そうではあるが、暗くはない。
「胱月院先輩!」
所古が声をかけると驚いたように顔を上げた。


がしっ

「きゃうっ」
所古が自分の足に足を引っかけてこけた。
その瞬間、いつの間にもっていたのか、手にしていた袋から大量のビー玉の様な物が大きな音と共に辺り一面に散らばった。
「何やってんだよ…!」
控えめに言いながら助け起こすも、全て遠くに散らばってしまっていて回収できない。
大きな音に強盗グループが振り返って、お決まりのように「静かにしていろ!」と怒鳴る。
その声に他の人質達がびくっと肩をふるわせた。
そんな2人に胱月院は驚いた顔から、完璧に呆れた表情に。
「…何しに来たんだ?お前ら」
「俺もよくわかんなくなってきたんだ…」
何とも言えない気持ちで胱月院の隣に腰を下ろした。
「もちろん胱月院先輩の救出です!」
そんな中、所古は堂々と言い切る。
その瞬間このビルへ入ってからそしてドラッグストアへ行った時の所古の行動が
真咲の中で走馬燈のように一気に思い出された。
「妙なモンぶちまけといて、どの面下げて言ってんだ」
口を開いたら、隣に言おうとしたセリフを取られてしまった。半開きの口が行き場を無くしている。
「ふっふっふ。実は演技なんですよ、あれ」
「いや、あれはマジ転けだったろ」
左腕を腰に当て、右手をちっちっと振った。
「あれも実は蛇ちゃんのご指示なんですよ。あの球を人質さんにかからないように撒けと。それからですね…」
所古は鞄から脱脂綿のようなものをとしだして、2人に渡した。
何か小さなものを包んでいるようで、芯があり、固い。
「何だよ、これ」
「さぁ?黄泉は渡されただけなのでよくわかりません。とりあえず耳の中に突っ込んでください」
「ちょっと待て。お前らがココにいるのは、お前らだけじゃなく協力者がいるのか?」
渡された謎の脱脂綿を見つめながら、胱月院が言った。
「あぁ、蛇草はぐささんと遊馬あすまさん。蛇草さんはよくわからないけど、遊馬さんはドラッグストアの店長さんだ。
 何でだか2人ともお前知ってるみたいだったけど、知り合いなんだろ?」
「…知り合い、か。そうだな、面識くらいはある」
「知り合いなんかじゃないですよ。蛇ちゃんもお馬さんも、胱月院先輩のお友達です」
「友達なわけないだろ。俺は最低限以上の繋がりはいらない。むしろ迷惑だ。特に今はな」
その言葉に、真咲は少しむっとした。
「お前な、そんな言い方ないだろ。そりゃ俺もここまでするのは度が過ぎてるっていうか、
 常識はずれもいいところだろ思うけどさ。せっかくお前を少なからず親ってくれてるのに、何でそんな妙な壁作るんだよ」
「五月蠅いぞ。静かにしろ」
見張りの男の1人がにらみをきかせた。真咲は言葉を止める。ココにはたくさんの人質がいるんだ。
自分たちの言動のせいでさらに危険にさらしてはまずい。
「ともかく先輩方、それを耳に突っ込んでください」
とりあえず、所古の指示に従い、耳の中に入れる。すると、ノイズがなっている。しばらくすると・・・。
『聞こえとりますかー?』
「蛇草さん!?」
思わず声に出してしまった。男がこちらを睨む。慌てて声を小さくした。
『おう。機械も良好、そっちも無事みたいやな』
「無事っちゃ無事ですけど…。見つかっちゃって、今捕まってるんです。他の人質と一緒に」
『そんなこったろうと思っとったわ。安心し』
「安心って…」
「蛇草」
『よぉ、そっちも無事みたいやな。しっかし、お前みたいなんが…』
胱月院は蛇草の言葉を遮った。
小型通信機はどうやら簡易のようで、蛇草と胱月院の会話がもろに聞こえる。
恐らく所古にも聞こえているだろう。
「どういうつもりだ。何を考えている」
胱月院が続ける。
「こいつら送り込んで、何のつもりだ」
その瞳には怒りが映っていた。声も静かだが、確実に怒気を含んでいる。
『何のつもりもなにも、そいつらがお前助けるって言うから協力しとるだけやん。深い意味なんて何もないで』
「そんなわけないだろう。そこに遊馬もいるな?どうしてお前がこんな茶番に首を突っ込むんだ」
少しして、遊馬の声が流れ始めた。
『そんなの俺の勝手だ。お前にとやかく言われる所以はない』
『ともかく、や』
蛇草がさっさと割り込んで話を進める。
『準備は整ってんねん。そろそろショータイムの時間や。カウント取るから、ちゃぁんと耳塞いで伏せとくんやで』
胱月院の顔が一気にこわばった。しかし、真咲にはその意味がわからない。
「耳塞ぐってどういう意味ですか?」
「おい蛇草。こんなに大勢いるなかで、本気か!?…そうか、所古が撒いたのは"チップ"か!」
『ご名答!カウントとりまーす。10秒前!』
胱月院の言葉など気にもとめず、カウントダウンは進んでいく。
『…7、6、…』
「なぁ 胱月院、カウント取って何すんだよ。警察が突入でもするのか?」
「そんなもんじゃない!蛇草やめろ!」
『5、4…』
「ちっ!」
大きく舌打ちをして、胱月院は叫んだ。
『3』
「全員耳塞いで伏せろ!」
人質達が大きな悲鳴を上げながら伏せる。隣を見ると、所古も耳を塞いで伏せている。
訳が分からないまま、とりあえず真咲も従う。
『2』
犯人達が怒鳴ろうと口を開いた、その瞬間。


どおぉおおおぉん!!!

「きゃ――――――!!」
上がる悲鳴。直下型の地震が来たようなおおきな縦揺れ。


バン!   バン!               バン!       バン!
         バン!   バン!                    バン!

 バ ン!!            バン !       バン!
                       バン                 バン!
それに続くようにして、一斉に風船を割った20倍ほどの爆音が支配した。爆風が吹き荒れる。
ワンテンポ遅れて入り口が外からこじ開けられ、機動隊の突入が始まった。
「突入!犯人確保!!」
「人質の保護を優先しろ!」
一斉になだれ込む機動隊。少しの抵抗はあったものの、強盗グループは一網打尽の形になった。
人質になっていた人々も解放され、安堵と疲労の混じった顔つきになる。涙を流す者、笑顔を見せる者、それぞれだ。
1人1人に毛布を掛けながら、救急車に肩を貸しつつ乗せていく。
大事を取って検査をしたり場合によっては療養する為だろう。
その人々に、詰めかけていた報道陣が一斉に質問を浴びせているのが見える。
「怖かっただろう、もう大丈夫だ」
人質の作業に当たっていた機動隊員の1人が毛布を持ってやってきた。所古に、胱月院に、そして真咲に毛布をかけていく。
「救急車まで歩ける?」
「もちろんですよ。黄泉達なんて他の人より後から…むぐっ」
「あぁ、俺たちは全然大丈夫です!他の人を優先してください!……馬鹿!変なこと言うな!」
機動隊員は少し不審そうだったが、隣の胱月院に向かった。
「じゃぁ、君から行こう。立てる?」
「立てます。俺、救急車には乗りませんから」
そう言って毛布を機動隊員に毛布を返す。
「何を言っているんだ。念のために病院に行って、検査とか…」
「どこも悪くないですから。それに病院は好きではないんです」
すくっと立ち上がって、店の奥へ歩いていく。
「君!どこへ行くんだ!まだ安全が確認された訳じゃないんだぞ!」
「トイレです」
振り返らずに答え、胱月院はそのまま奥へと消えていった。その後を慌てて真咲が追う。
「君も!」
「すいません!アイツ連れ戻してきます!」
「あ、先輩方置いていかないでください!」
「こら、君たち!」
制止も虚しく、3人の姿は消え去った。しかしまだやらなくてはならない事が山積みのこの現場。
真咲達の向かった奥には警察も多くいる。
機動隊員は他の人質の保護に取りかかった。


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