中は真っ暗だが、明かりをつけるわけにはいかない。犯人はグループというだけあって、恐らく複数。
それが一体何人なのかはわからないが、見張り以外にも見回りをしている者がいるかもしれない。
そう考えて慎重に足を運ぶと、どうしても進度としては遅くなる。
真咲まさきとしては一応一番前なわけだし、こういう明らかに危険な場所なんだからゆっくり行くべきだと思うのだが、
後ろを歩く少女、所古いこまはどうやらそうではないらしい。
「先輩、黄泉達悪いことしに来た訳じゃないんですから、そんなこそこそしなくてもいいんじゃないですか?」
確かに悪いことをしている訳じゃない。でも世間的に見て、俺たちの行動は正義の味方じゃなくてただのアホだ。
呑気にしている所古に真咲は振り返った。
「あのな、犯人に見つかったら胱月院こうがついん助けるどころかこっちがピンチになるんだぞ?
この状況でがんがん進む方がどうかしてる」
階段を足音を極力立てないように降りていく。明かりは非常口の緑色の明かりのみ。耳をすませて、物音に注意を払う。

コン                                       コン
        コン     コン     コン
    コン               コン     コン

後ろから聞こえてくる不審な音。振り返ると、所古が何かを適当な感覚で落としている。
「お前な、この状況で何してんだよ」
「蛇ちゃん7つ道具の1つだそうです」
そう言って、何かを差し出した。受け取ってみると、それはプチトマトほどの大きさの謎の丸い物。
重さはプチトマトよりもずっと重く、固い。
「何だこれ」
「さぁ。黄泉はこれ渡されただけですからねぇ」
「撒けって言われたのか?」
「はい。これは魔法の球だそうで…」
「あー、分かった。もういい」
また所古の『魔法』。始まったら長そうなので、真咲は所古が本腰を入れて話し始める前に話をさえぎった。
「好きにしていいけど、音立てるなよ」
「了解です」
その後、後ろから聞こえてくるのはコロコロ転がる音になり、音量的にはだいぶ小さくなった。



コツ コツ コツ コツ コツ



「!」
自分たち以外の足音。近づいてくる!
「所古!」
「わっ!」
所古の口を塞いで周りを確認する。近くにあった扉を開ける。そこはどうやら物置らしく、隠れられそうな所が多い。
真咲は所古を引きずる用によにう事務机の影に身を潜めた。
始めは暴れていたが、所古にも足音が聞こえたらしく、大人しくなる。



コツ コツ コツ コツ コツ



所古を自分影に隠し、真咲はほんの少しだけ覗いてみた。
真咲たちのいる物置の方が暗く、ほとんど苦もなく姿が確認できる。
肩幅・体格からすると、おそらく男だろう。人数こそ一人だが、ガタイもいい。見つかったら抵抗は無駄になるだろう。
どうやら向こうはこちらに気づいていない様子。うまくいけばこのままやり過ごせる。

そう思っていた、その時。



ぐぅ〜〜



聞こえたのは後ろから。犯人はもちろん所古。
「すみません…」
可愛らしく肩をすくめて見せるも、この状況では許されるものではない。男の足音は注意深く近づいてくる。
「何で腹なんか鳴るんだよ!お前はどういう神経してんだ!」
「それは満腹中枢とか空腹中枢とかの話ですか?」
「んなわけないだろ!?」
「今日はおやつ食べてないんですもん!人間も生き物である以上、自然の摂理には逆らえませんよ!」
「何を仕方ないみたいな言い方して…!」
ぱっと目の前が明るくなる。部屋の明かりがつけられたのだ。足音は真っ直ぐこちらに向かってくる。
…仕方ない。
せめてもと、所古を自分の後ろに隠す。
すぐに影が落ちてくる。見上げれば、そこには覆面を被った大柄な男。手にはゴツめの拳銃が握られていた。
「出てこい。抵抗はするな」
黙って立ち上がる。相手は1人。何とかならないでもないのだが、仲間が戻らないと大人数がくる可能性が高い。
しかも真咲1人ならいざ知らず、女の子である所古がいる。乱闘は避けた方がいい。今は従うしかない。
「歩け」
しゅんとしている所古を先に行かせ、真咲もその後に続いた。この状況を打破する方法を必死で考えながら。













今から10分ほど前。
十七夜かのうグループ池袋ビルディング。
千幸時ぜんこうじ銀行の隣に立つ高層ビルだ。
銀行で起こった凶悪事件の影響で、まだ6時も回っていないにもかかわらず、ほとんど人影が見られない。
そんな中、階段に腰を下ろしている男性が1人。人を待っているのか、時計をやけに気にしている。


    コツ コツ コツ コツ コツ コツ コツ
 

響く足音。それが耳に入ったのか、座っていた男性、蛇草 十兵衛はぐさ じゅうべえはニヤリと笑って立ち上がった。
階段を上ってきたのも男性。ひょろりとした長身、眼鏡の奥は冷たく知性的な瞳。
遊馬 蒼あすま あおい。しかし、今は階段登りの疲労で不機嫌に曇っている。
「おそかったやん。間に合わんかと思ったで」
「お前と違って、俺にはいろいろ事情があるんだ。理由もなく店を抜けられないんだ」
「難儀やなぁ。いっそまた昔に戻ったら?気ままやん。血の祝福ブラッディ・ブレスさん」
「ずいぶんと懐かしい名だな」
2人はとある部屋へ入っていった。
中はこのビルのセキュリティをすべて行っているコンピュータルーム。もちろん今も稼働し続けている。
「このくらいならOKやろ」
「まぁな」
遊馬は持ってきたノートパソコンを部屋のメインコンピュータに接続し、次々とセキュリティを突破していく。
画面には次から次へとファイルやらパスワード画面が開いては消えていく。
「さすがは十七夜グループのシステムとういところか、セキュリティは全て最新式だ」
「いけそう?」
「当たり前だ」
エンターキーをおすと、画面が切り替わる。ドラッグストアで見た千幸時銀行に仕掛けられた隠しカメラの映像だ。
画面は5つに区切られ、5つのカメラの映像が同時に映し出されていた。
「ん…?こいつ何か落としてるな…」
階段の映像には所古が何か落としているところが記録されていた。
「あぁ、"チップ"やろ。俺が撒けって言っといた」
「それにしても多すぎないか?」
「少ないよりええんとちゃう?お祭りは派手にいかんとあかんし」
「ふん、まぁいいがな」
「あ、倉庫入ったで」
蛇草は画面の一角を指さした。真咲が所古を隠すように物陰に隠れている。
画面をチェックすると、階段の映像に不審な人物が映し出されている。
体格から判断しておそらく男だろう。見回りの犯人グループの1人とみてまず間違いはなさそうだ。
男がワンテンポおいて真咲達の隠れている倉庫に入っていく。
倉庫の映像では、真咲と所古が何やら言い合いのようなことをしている。
男が銃のような物を構え、真咲達が物影から出てきた。
「あーあ、捕まってもうた」
「おそらく所古が何かしたんだろうな」
「せやろうな。残念、もう少し持つかと思っっとったんに」
「そうか?いいところだろう」
カタカタとキーボードを叩く音が静かに響く。
「大方予定通りだな。お前の方は?」
「ばーっちり。まかしといて」
ニッと笑って蛇草が上着のポケットから取り出した物。それはテレビのリモコンだった。


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