だんだん歩幅を狭くしながら加速していく。近づいてくる窓。そのすぐ手前で大きく踏み切って。


だんっ…


踏切と共に身体を包む浮遊感。風を切る感触。
恐怖感こそ大きいが、それ以外はさして何も変わらない。

ここまでは。

浮遊感が妙に長い。落下しているのが分かる。ジェットコースターで、頂上から落ちていくときの、あの胸が空く感じ。
ひやりと背中を冷や汗が流れた瞬間、もう目の前は緑色の絨毯が迫っていた。
「うわっ…!」


どさっ


「痛ってー…」
真咲まさきは自分の尻を押さえた。
痺れるのを覚悟して、足で少し衝撃を和らげようとしたが、
着地時足が着いた瞬間屋上緑化制作で飢えられている芝生で滑って転倒。
尻を強打した。その後頭も少し打ったが、こちらは鈍い痛みがするだけでたいしたことはない。
「先輩ー!すごいですー!」
「ん…?」
上の方から声がする。真咲が飛び降りてきたビルの窓から所古いこまが両手をメガホンのようにして叫んでいた。
それからビルとビルの間を覗いてみる。高さは……どれくらいだろうか。
…………結構高い。
高さを数字にしたくないくらい。
本当に成功してよかった…!失敗してたら確実に死んでた…!
今更腰が抜けそうになった。
「無事そうやなー!」
所古の横から蛇草はぐさが顔を出す。
「死ぬかと思いましたよ!」
「死んでへんやったらええやろー!そんなことより、こっち来てー!」
蛇草が手招きをした。
人の必死の想いをそんなこと呼ばわりされたのには少しかちんと来たが、とりあえず蛇草の方へ歩いていく。
「来たな、よっしゃ!いくで!」
「ひゃうっ!」
ニッと笑って、所古の腰あたりを掴んで片手で軽々と持ち上げた。
「な、何するんですか!あーたは!」
「あんま暴れんなや。落としても知らんで」
暴れる所古もなんのその。そのまま体重を後ろにして、片足をあげた。腰をひねる。これは完璧に…。
「しっかり受け止めー!」
綺麗なフォームで所古を投げた。
「にゃ――――――!!!」
「馬鹿っ…!!」
飛んでくる所古を受け止めたが、勢いが強すぎてそのまま真咲が下敷きの状態で吹っ飛ぶ。地面もえぐれ、服は泥まみれ。
ついでに2人とも涙目だ。
「黄泉はちゃんと飛ぶって言ったじゃないですか!」
「人をビルの15階から投げる奴がいますか!!」
「黄泉の脚力じゃちょっと不安やったからなー!それに、階段登りでへろへろやったし!」
「そう言う問題じゃないでしょう!」
「黄泉を見くびらないでください!それくらいはできます!」
「所古、怒るとこ違う!」
「ま、いずれにしても、や」
無理矢理蛇草が話を進めた。真咲も所古もそれぞれの理由で納得していなかったが、とりあえず黙る。
「俺はちっと根回ししてくるから、そっちはそっちで上手くやりー!ほななー!」
そう告げて、さっさと背を向けて歩き出す。一瞬何が起こったのか分からなく、真咲はフリーズしていた。
しかし、蛇草の姿が見えなくなると状況が分かった。
逃げたな!?
それに、よく考えたら上から落ちるようにここに侵入したわけで、帰り道はないじゃないか!
「あの野郎…!」
怒りが沸々とわいてきた。その真咲の袖を所古が引っ張る。
「先輩、ここはまずいです」
そう言って空を指す。指の先には一気のヘリコプター。警察の物かどこかのテレビ局の物かはわからない。
「確かにな」
辺りを見回して、入り口を見つける。手を掛けてノブを回すも勿論開かない。
がんがんチカラを込めて、音が万一強盗グループにでも聞こえてはまずい。すると、所古が横から手を出した。
「大丈夫です。蛇ちゃんから秘密道具を借りてきました。黄泉に任せて下さい」
ごそごそとポケットを探って、取り出したのはチューイングガム。しかし、今までで一度も見たことがないパッケージだ。
それを口に入れて、噛むこと十数回。
「お前…。ガム噛んでる場合じゃないだろ…」
「ふふふ、ただガムを噛んでいるように見えますか?これは魔法のガムなんです。
黄泉たちの為にこの猪口才ちょこざいな鍵をKOしてくれるんです」
「なんだそりゃ」
「まぁ見てて下さい」
所古は口からガムを取り出して、あろう事か鍵穴にねじ込んだ。
「ば…っ!これじゃピッキングも出来ないだろうが!」
「慌てないで下さい。コレは魔法のガムなんですから」
「今のこのご時世、高校生にもなって魔法のガムとかほざいてる奴いないぞ!?あーあ、どうすんだよコレ…」 
「魔法のガムにも発動までには時間が掛かるんです。いわゆるタイムラグってアレですね」
「タイムラグどころか、こっちが救出待ち一直線だろうが!」
「さて、そんなこんなで準備は整いました」
「…お前、人の話全然聞いてないだろ」
今度は鞄をあさって、電池が取り付けられた妙な形の物体を取り出した。
見た目はまるで小学生が初めて作ったソーラーカーの主導部みたいに配線はぐちゃぐちゃ。
何の用途があるのか想像も出来ない。
ただ、奇妙にも2本だけ突起した直径2mmほどの金属棒がぶら下がっている。
「It's show time ですね」
その棒をガムに突き立て、配線の塊のスイッチを入れた。


ばちっ


「うわっ」
一瞬の火花と、静電気のような音。所古はさっさと棒を引き抜いた。すると、棒を引き抜く反動でドアまで開いている。
よく見ると、引き抜いた金属棒を抜いた穴から、ほんの少し煙が出ている。気のせいでなければ、ほんの少し異臭もする。
………焼いた?
「見ましたか、先輩!これが魔法のガムのチカラです!現代に生きる魔力です!」
「いや、どう見てもこれは現代化学の力だろうが。
 手に持ってるその妙な物体も思いっきり分明の利器だろ。ってか、お前今何をした」
「さぁ?こうすればドアが開くって教わっただけなので黄泉は知りません」
「蛇草さんから?」
「もちろん!」
「………」
一体何者なんだ、あの人。
「まぁ いいじゃないですか。分からないことは分からないままにしておいた方が。ほら、魔法って思えば楽しいですよ」
「お前はなんちゃって古代ギリシャ人か」
「ともかく行きましょう、先輩」
そう言って、真咲の背中を押す。
「俺からかよ」
「ええ。あ、先輩が紳士なのはわかってますが、今回はレディーファーストじゃなくていいですから」
「あー、わかった わかった」
真咲はビル内に足を踏み入れた。


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