ほとんどの大きな窓はシャッターが下ろされている。
ブラインドで隠された唯一シャッターのない窓ガラス。その隙間から漏れる光がだんだん弱くなってきた。
部屋を照らすのは外からの自然光ではなく、今日は昼間からメインは蛍光灯だったが。
5月だということを考えると、時刻はだいたい5時過ぎといったところだろうか。
胱月院こうがついんは窓を視界の端にとらえ、そう考えた。
今日は学校は休み。しかし、これといってやることもなく、胱月院は大いに暇を持て余していた。
加えて今日はすこぶる機嫌も悪かった。
普段なら学校に行って適当な奴に八つ当たりをしてストレスを発散させるのだが、そうもいかない。
家が嫌いな胱月院は、家にいても鬱憤は溜まるばかり。目的もなく外へ繰り出した。
することがないにしても、東京という場所はただいるだけでも何かしら興味を引く物が見つかったりする。
とりあえず暇を潰すには苦労しない場所だ。
今日は一日中ジュンク堂で本でも読んでいよう。
しばらく歩きながらそう考え、あてもなくふらふらしていた歩みに目的地を定めた。
角を曲がって、ちょうどその時だった。
数人の覆面を被った男と鉢合わせしてしまったのだ。
手には銃や特殊警棒、スタンガンなどさまざまな獲物をもっていた。
男達は一瞬焦ったようにうろたえたが、それも本当に一瞬。胱月院の手を無理矢理鷲づかみにして、走り出した。
後ろから大きな女性の叫び声が聞こえ、そこでやっと何かの犯罪に巻き込まれたのかと冷静に思った。
そしてそのままその道の角にある建物に飛び込んだ。池袋支店千幸時ぜんこうじ銀行。
銀行に入った瞬間、胱月院の腕から男の手は離された。その代わりとばかりに後ろから腕で首を固定され、頭には冷たい感覚。
銃を突きつけられた。
その後の行動は見事なもの。役割分担をしていたのだろう。
それぞれがてきぱきと働き、現金の強奪、店内の客及び店員の校則、警報装置の破壊、シャッターの降下。
胱月院もその過程で両手を後ろ手に縛られ、他の人質と一緒に一カ所集められ、座らされた。
携帯電話はおろか、時計まで没収されてしまったので、時間も何もわからない。
そんな極限に限りなく近いこの状況。最初こそ人質達は懸命に外部と接触を取ろうとしたし、泣き叫んでいた。
犯人と殴り合う店員までいた。しかしそれももう今はない。
その場は恐怖と哀しみが包み、聞こえてくるのはすすり泣く小さな声と犯人たちのやりとりのみ。
初めはこんなこともあるのかとどこか他人事のように思っていたが、元来他人に縛られる事を嫌う胱月院。
床も冷たいし、少々この場の雰囲気にウンザリし始めてもいた。
縛られている縄も血が止まるほどきつく縛られているわけではない。関節の1つでも外せば容易に抜け出すことは可能だった。
しかし、状況が悪すぎた。場が混乱しているときならいざ知らず、今は完全に犯行グループがこの場を支配している。
シャッターも下ろされ、監視カメラも破壊され、恐らく裏口も封鎖されているだろう。
唯一シャッターのない窓。胱月院が通れない事はないだろうが、シャッターの頑丈さから見ても恐らく防弾ガラス。
胱月院程度がいくら衝撃を与えてもびくともしないだろう。この建物の構造も全く知らない。つまり、逃走経路がなかった。
加えて犯行グループの数も多かった。1人2人なら何の問題もなく片づける自信は十分にある。
だが、現金を持つもの、外部に要求を突きつけているもの、人質を見張っているもの。それだけで、このフロアに5人いる。
恐らく裏口や廊下などを見回っているものや、まだ物色しているものもいるだろう。
正確な人数・配置が分からないのに動くのは分が悪すぎる。
そう考えて、胱月院は渋々大人しくしているという状態を甘んじて続けていた。
ぼんやりと天井を見上げても、何一つだって面白いことなど無い。
「…はぁ……」
何度かこぼれたため息は、恐怖を払拭する為のものではない。
脱出法が見いだせない事への苛立ちと、この場の辛気くささへの呆れだった。









「いよいよですねっ!」
「おう いよいよじゃ!司の奴の驚いた顔が見たいのう!」
「黄泉は胸が高鳴りっぱなしです!」
「俺もうずうずしっぱなしじゃ!……どないしたんや、景気悪い面しよって」
蛇草はぐさは不思議そうに声をかけた。
「いえ…何でもないです……」
真咲まさきは心底くらい声で答えた。
「はぁ…」
ため息もここへ来て何度零しただろう。
あの時の雰囲気に流されてこんなところまで来てしまった自分のアホさ加減に、
現場に来ても何も変わらないどころか、むしろテンションが揚がっていく2人の真咲にはとても理解できない頭の中身に。
予想通り、千幸時銀行をぐるりと囲むように警察は配備され、厳戒態勢がしかれていた。
朝ニュースで見たときよりも、報道陣の数も野次馬の数も格段に増えている。その野次馬の中に3人はいた。
「でも、これだけ厳戒態勢しかれちゃってると、助けに行くどころか銀行に近づくこともできませんよ」
真咲はこの言葉に、「だから帰ろう」という想いを出来る限りのせた。
ドラッグストアで行くと断言した手前、堂々と「帰ろう」とか「止めよう」、「無理だ」なんて言えないからだ。
しかし、真咲の淡い期待はもちろん2人には届かない。
「何言ってるんですか!成せばなると先人はおっしゃっています!今こそ少年は大志を抱くときです!」
「時と場所を選べばいいこと言ったと思うけどな、大志抱いたって現実の多くは変わらないんだぞ」
「先輩がそんなことばかりおっしゃるから『今の子供は夢がない』なんて言われちゃうんですよー」
「この場合はその言葉は当てはまらないと思うぞ。どっちかっていうと、お前は少し現実を見ろ。認識して理解しろ」
「失礼ですね。その言い方ですと、まるで黄泉が何にも考えないお馬鹿ちゃんみたいじゃないですか」
不毛な言い合いをしていると、蛇草が口を開いた。
「しっかし、こんだけお巡りさんがおると確かにスマートには無理やろな。真咲の言うことも言えてるわ」
「ですよね!」
一筋の光が見えた!
しかし、次の瞬間それは脆くも崩れ去る。
「侵入口変更や!着いて来ぃ!」
蛇草はくるりと現場に背を向けて歩き出す。所古は嬉々とその後を追っていった。
逃げ出すには味最後のチャンスだろう。でも…。
「はぁ…」
ドラッグストアで断らなかったのが運の尽き。真咲も仕方なく2人の後を追った。


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