転校の手続きはしたものの、真咲はこの一週間学校へは行かなかった。
一人暮らしを始めるために、部屋の片付けに専念していたのだ。
そのあたりの事情は学校側も考慮してくれているらしい。
そのかいあって、なんとか一通りの片付けを済ませることに成功。
ついに今日から新しい学校に通い始めることになった。
制服は注文はしたが、間に合わなかったため、学校にあったものを借りた。
たまたまサイズがちょうどよかったのだ。
朝の街は通勤しているサラリーマンやOL、通学途中の学生で人通りがかなり多い。
人の流れに乗りながら、真咲は自分の新しい学校を目指した。
私立花山院かざんいん大学付属第一高等学校。文字通り、有名大学である花山院大学の付属高校である。
花山院大学の付属高校は全国にいくつか存在し、作られた順についた数字がそのまま高校の名前になっている。
池袋校はその中でも一番歴史のある一の数字を持っている。
立地条件もよく、人気は年々跳ね上がった。
しかし、あまり勉強が好きではない真咲が編入試験に受かったのだ。
この高校だから、真咲の両親は一人暮らしを渋々承諾したようなものだった。
「…」
真咲は立ち止まった。大きな校門には『私立花山院大学付属第一高等学校』と堂々と書かれている。
校舎も大きく、綺麗で、植木にもきちんと手入れが行き届いている。
後ろから次々とやってくる生徒たちは、立ち止まっている真咲を不思議そうに見つめながら追い抜いていった。
大きく息を吸い込んで、真咲も校門を抜けた。










多少迷いはしたものの、道を尋ねながら何とか職員室までたどり着いた。
ノックして扉を開ける。
分室ではない職員室なので、普通の教室を五個ぶち抜いたくらいの広さがあった。
右も左もわからないような状態なので、とりあえず近くにいた先生に声をかけることにした。
「すいません、今日から転入する予定になっていた十条なんですが…」
「あぁ、転入生ね。話は聞いているよ。鬼貫先生」
「はい?」
ついてきてと、その先生は歩き出す。
ついていくと、そこには1人の女の先生がいた。
「転入生の十条君。今日から君の担任の鬼貫先生」
二人に紹介をすると、事情を把握した女の先生はにっこり笑った。
ショートカットで、瞳も髪も明るい茶色。小柄で活発そうな印象を受けるまだ若い女性だ。
「初めまして。鬼貫おにつらです」
「十条真咲です。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね」
「じゃあ先生、後はよろしくお願いしますよ。十条君頑張ってね」
「はい。ありがとうございました」
先生に続いて、真咲もワンテンポ遅れてお礼を言う。
連れてきてくれた先生は、自分の席に戻っていった。
「じゃあ十条君。そろそろHRだから、一緒に行こうか」
「はい」
先生に付いて職員室を出た。
廊下を少し行くと曲がり角があって、右に曲がると真咲が入ってきた来客用の玄関がある。
その前を通り過ぎてまた少し行くと、トイレがあった。
その隣の階段を上っていく。
「不安な事とか心配な事とかあったら、何でも言ってね」
首だけ振り返りながら、微笑んだ。
「まだこのクラスも始まったばっかりだから、十条君もすぐに馴染めると思うよ」
「そうだといいんですけどね」
それは真咲の本音だった。
人付き合いは苦手ではないが、やはり見知らぬ人の中にたった1人飛び込むのは、できれば御免被りたかった。
「ちょっとここで待ってて。呼ぶから」
そう言って、先生はある教室に入っていった。
その教室についていたプレートには[2−4]と書かれていた。
「はーい、みんな席について。HR始めます。今日は転入生を紹介します。入ってきて」
一つ大きく深呼吸。
よし、と気合いを入れて扉を開けた。
真咲が入った瞬間、教室がざわめいた。あちこちで隣同士、話をしている。
どんな学校でも、転校生がくればこんな反応だろう。
教室は前の学校より少し大きい。
窓が大きくて、すごく明るい。というのが真咲の第一印象だ。
鬼貫が軽く手を叩く。
「静かに。転入生の十条真咲君。じゃあ、自己紹介してもらおうかな」
お約束のように、教壇の真ん中に立たされる。
鬼貫は黒板に大きく真咲のフルネームを書いた。
「えっと…、初めまして、十条真咲です。埼玉県から来ました。よろしくお願いします」
―――もう少しマシなこと言えねぇのかよ、俺。
気合いを入れたわりに大したことが言えず、真咲は内心ため息をついた。
「質問ある人―」
鬼貫の声に、元気のいい声と勢いよく何本も腕が上がる。
真咲は感心した。
「前の高校はどこだったんですか?」
「埼玉県にある、倖司ヶ谷(こうしがや)って言う私立高校です」
「家族構成は?」
「父と母と姉の四人家族です」
「得意科目と不得意科目は何ですか?」
「得意なのは数学で、苦手なのは英語です」
「身長はどれくらいあるんですか?」
「173p…くらいだったと思います」
「彼女はいるんですか?」
「一応いません。高校に入る前に別れたんで」
数人の女子がまたざわついた気がしたが、気のせいということにした。
また鬼貫が手を叩く。
「はーい、そこまで。もう授業始まっちゃうからね。後は各自本人に直接聞いてください。」
教室の各所でブーイングがあがるが、鬼貫は完全に無視して教室の向かって右奥を指差した。
「十条君はあそこに座って。一番後ろの窓から二番目の席。隣の窓際の子は胱月院こうがついん君。何でも聞いてね」
見ると、確かに一番後ろの窓から二番目の席が空いていた。
「胱月院君、よろしくね」
はい、と返事が返る。
何となく聞き覚えのある声。
それを聞くと鬼貫は教室を出ていった。
しかし、真咲は与えられた自分の席に座りかけて固まった。
隣に座っていたのは、漆黒の髪と瞳を持つかなりハイレベルな美形。
こんなやつはあんまりお目にかかれるものじゃないし、なかなか忘れない。
しかも、ごく最近に見覚えのある美形だった。
胱月院 司こうがついん つかさだ。よろしく」
ほんの少しだけ笑顔を浮かべていた隣の席の男。
先週駅であった奇妙な美形その二。あいつだった。



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