駅に電車の到着を伝えるアナウンスが鳴り響く。
     どっと人が降りていく横には、その電車を待っていた人々の壁ができている。
その壁にそって歩いていくたくさんの人々。
ある人は地下へ、ある人は駅の店へ、ある人は街へ歩を進めて去っていく。
サラリーマン、若い女性、学生…。
種類は様々だ。
彼、十条 真咲じゅうじょう まさきもその一人。
「やっと着いた…」
改札を抜けて、人が多少まばらになる所まで歩いて、大きく伸びを一つ。
吸い込んだ5月の空気はもう冷たくはない。冬の終わりを直に感じた。
「久しぶりだな…。池袋」
ぼんやりと呟いた。
確か、最後にこの街に来たのは高校入試の時だったか。
いつもはそれなりに出かけるが、流石に受験となるとそうはいかなかった。
「ま、とりあえず昼飯だよな」
時計が示す時刻は11:47。
真咲は地下へと歩き始めた。
宝くじ売り場の前の大きな階段を下り、山手線の切符売り場を通り過ぎ、改札も花屋も過ぎていく。
目指すは東武。
メトロポリタンプラザの看板が見えてきて、東武の入り口を発見。
階段を降りていく。
扉を押して中へ入ると、途端に聞こえる活気のある声。地元では聞けそうもないほどの数が混ざっている。色つやのいい中華炒めや、香ばしい香りのコロッケなど、次々に目移りしながら進んでいく。
「…」
一つの店の前で足を止めた。
シュウマイ、春巻き、チャーハン、和え物の弁当。これでいいか、と財布を出した。
「すいません」
「はい、いらっしゃい」
「これ一つ、お願いします」
先ほどの弁当を差し出した。
「はいどーもね」
おばさんは手際よく袋に詰めていく。
「650円ね」
ぴったりの金額を手渡して、弁当の袋を受け取った。
おばさんのありがとうを聞きながら、元来た道を引き返す。
今日は引っ越しの荷物が届くが、ギリギリではないにしても、あまり時間に余裕はないのだ。
「あ」
途中まで来て、方向を変えた。
久しぶりにアイツでも見てこよう。
花屋の前を通って、見えてきたのは池袋のマスコット。
「いけふくろう」
声に出して像を触った。
ずんぐりとした体につぶらな瞳。
JR開通の記念に作られた石造だ。高さは60cmほどだろうか。
割と有名だが、真咲は中学校に上がるまで、この存在を知らなかった。
ぺたぺた頭部を撫でてみる。
けっこう冷たい梟。
その時、







ぽんぽん







肩を叩かれて振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。
年は真咲の少し上くらいだろうか。茶色に染めた腰まで届く柔らかいウェーブのかかった長い髪は、優雅に揺れる。気の強そうな瞳は力強い光が宿っている。
モデルのようなスタイルに、これまたファッション雑誌に載っていそうな服を見事に着こなしていた。
その美人が、何故か自分の肩を叩き、何故か目の前で仁王立ちしている。まさか自分が逆ナンされるほどかっこいいとはとても思えない。真咲の頭には疑問しかなかった。
「ちょっとあなた」
少し高めの声。しかし、はっきりと聞き取れる。
女性はふわっと髪を一かきした。
「暇はおありかしら」
「暇…、ですか」
珍しい話し方するな。
そう思ったが、とりあえずオウム返し。
この女性は自分に何の用なのかさっぱりわからない。
「そう。お暇なら付き合ってくださいません?」
「…はぁ?」
「今日は連れがおりませんの。全く、このわたくしを差し置いて何処で何をしているんだか。」
ますますわけがわからない。
しかし、その女性はそんな真咲などまるでお構いなし。
「それで色々見て回ったんですけれど、あなたでしたら連れて歩いても恥はないと思いまして。」
困惑する真咲なんてお構いなしに、女性は真咲の手をとった。
しなやかな指が鷲掴み。
こんな色気も何もない行動にいちいちドキドキしている自分が何だか情けない。
「そうそう。あなた、お名前は?」
「は?」
「名前よ。いつまでも‘あたな’でもいいなら、わたくしは構いませんけど」
「十条…真咲…、ですけど」
「そう、真咲ね。とてもいいお名前ですわね」
にっこり微笑む女性。一瞬目を奪われたが、慌てて自分を現実に引き戻した。
「あの、あなたは?」
「わたくし?わたくしは…」


ぐい


「へ?」
「探したぞ。勝手にうろつくな」
またしても後ろから肩を掴まれた。
今度少々乱暴に。
それと共に聞こえてきたのは男の声。
振り返ると、そこには真咲と同年代くらいの青年が立っていた。
身長は真咲と同じくらい。切れ長な瞳は知性的で、すっと通った鼻筋。少しクールな感じの聡明美形。
本日二度目の展開に、真咲はますます混乱していた。
しかも今回の美形青年はまるで自分を友達のような態度じゃないか。しかし真咲にはそんな美形の友達は全く記憶にない。
振り返って言葉を発したのは、真咲ではなく手をとった女性だった。
「あら、つかさ。あなたこんなところで何をなさっていますの?学校は?学生は本分を全うなさいな」
十七夜かのうさんこそ。この間散々プロジェクトの会議まで時間がないって言ってませんでした? 油売ってる場合じゃないでしょう」
「わたくしはいいんです。あんなもの、全て三陰みつかげに押しつけましたから」
「それはそれは…、お気の毒に」
青年は苦笑した。
二人は知り合いのようで、真咲だけがついていかないまま話が進んでいく。
どうやらこの青年は司というらしい。
「俺はこいつを迎えに来たんですよ。連絡があったので」
「真咲、司のお友達なの?」
「へ?あー、いや…」
いきなり話を振られて驚いた。
見たこともない人が友達なわけないじゃないか。
だがその青年をちらっと見ると目がものすごく訴えていた。

『黙って話をあわせろ』

と。
「あ、そうそう!友達なんです!迎え頼んでたの忘れてた!」
「そう…、残念ね。でしたら、今日はこれで失礼いたしますわ。またの機会に」
だいぶ白々しいとは自分でも思ったが、十七夜さんは大して残念でもなさそうにその場から去っていった。
その姿が小さくなって、真咲の注意はやっと目の前の美形青年に向いた。
「なぁ、おま…」
「池袋は初めてか?」
言葉を遮られたと思ったら彼から出てきたのは意外な質問。 何でそんな事を聞いてくるのかわからない。
「…は?いや、何回か来てるけど」
「なら、とんだトラブル吸引体質だな」
「何がだよ」
真咲はムッとして顔をしかめた。
さっきから初対面なのに何て物言いだ、こいつ。
「さっきの女。十七夜 月姫かのう つきは、この街でも悪い意味でかなりの有名人だ。平和に過ごしたいと思うなら、近づかないのが賢明だ」
「十七夜…、月姫…」
変わった名前だな。
名前が変わっている人は変わり者が多い。
真咲の持論だ。
確かに十七夜は普通ではなかった気がする。
「それより、どこ行くつもりだったんだ?」
「は?」
「出口ぐらいまでは送ってやる」
「東口だけど…」
「なら送る必要はないな。じゃ」
そう言うなり、青年はさっさと去っていった。
何だったんだ?
美形の女の人と同年代の男の子がいきなり現れて、しかもよくわからないうちにいなくなって。
「…あ」
荷物!
慌てて腕時計を見ると、時計の針は12:23。
「ヤバ…!!」
正面の階段を地図を片手に駆け上がり、そのままダッシュ。買った昼飯はどうやら食べる時間はなさそうだ。




これから始まる新しい生活に、真咲は、少なくともこの時は期待でいっぱいだった。





もどる / のらねこTOP  / すすむ