まだ知らない、その感情の名を






































夢の中で





































「兄貴、それってマジかよ…」
「あぁ、真実だ。父上が亡くなる数日前に謁見した」
ルフリスは立ち入りの禁じられていた銀の館にいる彼女のことを話した。
聖典に登場する、人を導く月の花嫁。
それがこの王宮の館にいる。
「数日前?そりゃ何て言うか…、ある意味いいタイミングだったな」
「当たり前だ。どうやら父上はご自分の命の終わりを知っていたようだったからな」
「…は?そりゃいったいどういうことだよ」
ルフリスの言葉に眉をしかめる。
自分の声のトーンが下がったことにも気付いていた。
「父に連れられて花嫁に会った時、花嫁の顔は浮かない表情だった。…今思えば父上もどこか諦めたような風があった」
「じゃあ、親父は本当に殺されるのわかってて…。まてよ、親父がどういう経緯で死ぬこと知ったのかはわからねぇけど、花嫁に聞けば犯人分かるんじゃねぇのか?」
「恐らくな」
「だったら話は早いじゃねぇか。兄貴、さっさと謁見してきてくれよ」
「そう簡単にはな…」
「何だよ、煮え切らねぇな」
「あの方に答えを求めるには相応の代償が必要になるからな」
「代償?」
そのまま腕を組んで黙りこくったルフリスを見て、相当悩んでいることが分かった。
ルフリスは自分と違って頭が回る。
きっとウォルクスが持っている情報以上のものを得ていて、思っている以上に考えを巡らせているのだろう。
ならば今自分にできるのはその思考を邪魔しないことだ。
自分の執務室に戻って溜まった書類でも片付けるか。
そう考えて席を立つ。
「じゃ、俺は戻るな」
ドアノブに手をかけた時、後ろからウォルクスを呼ぶ声が彼をを引きとめた。
「ウォルクス」
「ん?何だよ」
振り返る。
「お前はこの件の結果が…、いや、もっと大きな、知りたくないことを知ったとしても、王族を、この国を大切だと言えるか?」
ウォルクスは兄が何を言っているのか分らなかった。
だが、それをいうルフリスの表情は真面目で、どこか不安げだった。
「兄貴が何言ってんのかよくわかんねぇけど、でも俺は親父も兄貴もシェオットも、このメデマイラも大好きだ。歴代の国王は合ったことないから好きとか嫌いとか、そういうのはないけどな」
「そうか…、ありがとう。呼び止めてすまなかった」
「いいって。兄貴は何でも抱え過ぎなんだよ。いくら頭良くっても、そのうちパンクするぜ?何かあったら何でも言ってこいよ、兄弟だろ」
じゃあなと軽く手を振ってウォルクスは部屋から姿を消した。
部屋に1人残ったルフリスは考えていた。
しばらく考えて侍女を呼び、指示を出した。
在る人物を呼んでくるように、と。








「あの…、これは、その…」
目の前に広がる光景に、正直なところニーナはどう対応したらいいのかわからずに困惑していた。
「兄貴、このねぇちゃん誰だよ!彼女?!」
「兄貴、またサボって来たんだろ!怒られるぞー!」
「こらあんたたち、お客さん来てんだから静かにしなさいっていつもいってるでしょ!」
「お前もこんなに可愛い子を連れて来れるようになったなんてなぁ…」
シリルの案内で連れて来られた八百屋。
シリルがその店で働いていたおばさんに声をかけると、ニーナはあれよあれよという間に店舗の奥の居住スペースに案内されていた。
その後そっくりな男の子の兄弟が来て、おじさんが来て。
「あーもううるさいな!ちょっとは落ち着つけって!」
まとわりつく2人の男の子を引き剥がして叫ぶシリル。
「ごめんな、煩いだろ」
「いえ。ちょっと驚いただけです」
苦笑するニーナに申し訳なくて溜息がでる。
そう、ここはシリルの実家。
先日現在ニーナが来ている服の手配を母に頼んだのがまずかった。
母は服を用意する代わりに、その子を実家へ連れてくることを要求したのだ。
本当は連れて着たくなんかなかったが、ものを頼んでしまった以上、そしてシリルの性格的に母の要求を無視できなかったのだ。
連れて着たくなかった理由はいくつかあるが、そのうちの1つがこれだ。
勝手に盛り上がる両親と、煩い双子の弟たち。
今まであんなに静かな館で過ごしていたニーナには絶対煩く感じると思ったのだ。
「こっちがヴェーンで、こっちがバルド」
両脇に抱えていた弟たちを順番に示す。
「で、あっちが母さんのミンナ。あっちの熊みたいのが父さんのジブライト」
よろしくねという両親、ピースをしながら同時に自己紹介を始める双子たち。
「あ、初めまして。ニーナと言います。ニーナ・ルクラークです」
ニーナも慌てて頭を下げた。
「ニーナちゃんって言うのかい。こんな馬鹿な子につきあってくれてありがとね」
「いえ、こちらこそ大変よくしていただいていて…」
恐縮しつつ、内心慌てつつ。
そんなニーナをよそに、目の前のテーブルには次々とお茶やお菓子が並んでいく。
「もう夕方だもんね、小腹すいたろ?ちょっと何かつまんでいきな」
「そ、そんな!お気づかいなく!」
ニーナがどうしていいのかわからずに慌てている様子は可愛いのだが、いつまでもこの家族に関わらせていると館に帰るのが遅れてしまうのは事実だ。
「あのさ、この子一応いいとこ出のお嬢さんでこっそり抜け出してんだよ。あんまり長居できないからね」
「あらそうなの?だったらほら、食べな食べな」
とりあえず手近にあったカップケーキを差し出す。
「ありがとう、ございます」
勢いに押されて持たされたカップケーキを見つめるニーナ。
「ねーちゃん、はい、お茶」
双子のどちらかがお茶の入ったコップを机にのせる。
「本当にお気づかいなく…」
「ねーちゃんこそ気遣いすんなよな」
もう1人の双子が何やら包みにどんどんお菓子類を詰めていく。
おろおろしているニーナに苦笑しつつ、シリルは声をかけた。
「ま、みんなこう言ってるし、気にしないで食べてよ」
言いながらシリルもカップケーキに手を伸ばす。
「こういうのは食べた事ある?」
「いいえ…。見たことはありますが、食べるのは初めてです」
「そっか。これはさ、ここからカップを剥いて…」
目の前でカップをくるくると?していく。
「ね?こうすると食べやすくなるんだよ」
「本当、面白いくらい簡単に取れますね」
感心したように、感動したように自分で剥いたカップケーキを見つめる。
カップケーキをかじっているシリルを見て、ニーナもカップケーキに口をつけた。
「あ、おいしい」
「そりゃよかったよ」
ミンナは満足そうに笑った。
「どうでもいいけどさ、店はいいのかよ。2人共店空けてて」
「2人じゃないだろ。父ちゃんが閉めに行ったよ」
辺りを見回すと、本当にジブライトの姿がなくなっていた。
そして、店の方からがらがらとシャッターを下ろす音が聞こえてくる。
本当に店を閉めていた。
「ったく…、これだからうちの両親は…」
隠しもせずに溜息をつくが、シリルの家族は誰も気にも留めない。
「ねーちゃん、一緒に遊ぼうよ!」
「最近新しいゲーム買ったんだよ!」
双子に両側から引っ張られる。
「あ、あの…」
「こら、あんたたち。ニーナちゃん困らせてんじゃないよ!」
「困らせてなんかいないもん」
「誘ってるだけだもん」
「やっぱり女の子がいると華やかだなぁ」
その光景をシャッターを下ろし終わって帰ってきたジブライトがしみじみと呟く。
まぁ確かに疎外感は感じてないだろうけれど。
こんな機会も滅多にないだろうし、タイムリミットギリギリまでそのまま放置を決め込むシリル。
ほんの少しだけ、ニーナに違和感を感じながら。









もう殆ど太陽は見えない。
残り火のようなわずかな光が赤く染まってそらを、世界を照らしている。
そんな中を2人は多少急ぎ足で歩いていた。
「ごめん、本当はもうちょっと余裕をもって帰ろうと思ってたんだけど…」
隣を歩くニーナに謝った。
そう、そろそろ帰ろうという時にミンナはあれこれ持って行けと持たせ、弟二人はまだ帰るなと駄々をこね、父はほほ笑ましそうに見守るだけとう状況になったのだ。
あれよあれよという間に、時間は過ぎていった。
多少はそのような状況も予想していて早めに腰を上げたものの、ミンナの引きとめは以前より長くなっていたのだ。
おばちゃん化が進んでいたというか、なんというか。
「いいえ、とてもよくしていただいて。御礼状を書かないといけませんね」
少し息を弾ませながらニーナは笑った。
「お茶飲みに行っただけの知り合いの言えに御礼状書く人いないって」
「でも…」
「じゃあ後でよろしく言っとくよ。喜んでたよって」
「そうして下さると助かります。よろしくお願いします」
繋いで置いた馬のところまでくると、ニーナを抱きあげて馬に乗せた。
そして自分もニーナの後ろにひらりと飛び乗る。
「暗くなってきたってのは見つかりにくくなるっていう点では好都合なんだけど、食事の時間と先輩の出現を考えるとまずいから、ちょっととばすね」
そう言って馬の腹を蹴る。
「わっ」
来た時より早い速度、揺れる馬の背にびっくりするニーナ。
「ちょっと俺に寄りかかってて。その方がたぶん怖くないから」
言われて少々躊躇したが、恐る恐る自分の体重を後ろに預ける。
重くはないか、手綱を操作しづらくはないか、迷惑ではないか。
いろいろ心配を込めて見上げたが、シリルはにこりと笑っただけ。
自分でも心臓がドキドキしているのがわかる。
それが後ろのシリルに伝わりませんように、そう心で祈った。
こんなに緊張しているのは自分だけだろうか?
そう思ってこっそりシリルをのぞき見するが、シリルは真剣な表情で前を向き、手綱を握って馬の腹を蹴っていた。
自分の事をどうこう思う前に、今は馬さばきの方に集中しているようだった。
ほんの少し残念なような気もしたが、その表情はなんというか、かっこよかった。
夕日が沈みかかっている。
その太陽の残り火に照らされたわずかな光の中に城が見える。
真っ赤に照らされて、それは美しい。
今まであの敷地内に住んでいたが、こうも城は表情を変えるものなのかと新鮮だった。
こんなに綺麗な夕日を見たのは初めて。
きっともうこんな事はないだろう。
そう思い、ニーナは静かに沈み逝く日を見つめた。
目に、心に焼き付けるように。
明るく全てを照らす日は沈み、静かに包み込むように照らすロゼがもうすぐ空に上るだろう。













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