さぁ、そろそろ始めようか






































ノイズ





































せっかくもらった休暇。
短いとはいえ、まさかこの状況ので取れるとは全く思っていなかった。
貴重な時間だとしみじみ思うが、しかし半日とは言ってはなんだが、中途半端。
多少マシになりつつあるとはいえ、それでも元々凛とした空気が漂う王城。
厳かな雰囲気が包む銀の館。
そんなにのんびりしていいのか、と思ってしまう。
とりあえず部屋に戻ったものの、報告書を書いたらもうやる事もなくなってしまった。
どうしたものか。
ごろりとベッドに寝転がった。
瞳を閉じる。
寝る、というのはもったいない気もするが、時間がなければいっさいできない職業。
寝ておくのもいいかもしれない。
「ん?」
ふと見ると脱いでかけておいた軍服に、いつもは入っているメモ帳がない。
大したことが書いてあるわけでもないが、なければないで不便だろう。
むくっと置きあがり、軍服に手をかけた。
此処へ来てからの行動範囲はそう広くない。
昨日は確かにあった。
とすれば落ちているとすればあの花畑の部屋かそこまでの道のり。
すぐに見つかりそうだ。
扉を開ける。
今日はいい天気だ。
廊下を歩いていくと、いつもいる警備兵が異常に少なく、しかもいる者も何となく落着きがない。
…何かあったか。
「おい」
廊下から外へでて警備兵に声をかける。
その兵士は2人組で、階級が自分より上であること、アロイスが特殊部の人間だとすぐに察して敬礼をした。
アロイスも敬礼を返す。
「どうした?少し落着きがないようだが」
「申し訳ありません!」
2人が頭を下げた。
「いや、咎めに来たわけじゃない。…何かあったな」
「は…、実は…」









城の正門あたりではまだマシだが、城内では大騒ぎだった。
今回国王の葬儀に欠席した隣国イスバクトの第一王子が突然やってきたのだから。
宿泊するための部屋がないわけではない。
もてなしをするための食事が出せないわけではない。
だが、何の連絡もなく突然他国の王族が訪ねてくるのだ。
城内の、それも裏方は混乱しつつも走り回っていた。
当の王子はと言うと、周りの静止も聞かずに乗ってきた愛馬を自ら馬小屋へ引いて行く。
今日は天気がいいとか、庭園の花がきれいとか、そんなことを言いながらにこにこしていた。
「イスバクトが第一王子、ラットロヴァ様。このたびはご足労をいただき誠にありがとうございます」
「ううん、気にしないで。こっちも道中楽しんでたから。それよりごめんね、急に来ちゃって」
「いえ…」
とりあえず政治を行う上での議会長、ガデマが対応していた。
「どうぞこちらへ」
「うん、ありがとね」
促されるままについていく。
「ねぇ」
「は…」
声をかけられ、ガデマ足を止める。
「あぁ、いいよ、歩いてて」
その声に再び歩みを進める。
「今どこに向かってるの?」
「はい、現国王陛下の元へお連れいたしまそうとしております」
「悪いけど先に行ってもらいたいとこがあるんだ。いい?」
「どちらですか?」
「前国王陛下の墓前だよ。葬儀にはでられなかったけど、香くらい上げないと」
「は…。ではこちらへ」
ガデマは途中で歩む方向を変えた。
美しい庭を歩きながら歩いていくと、真っ白な建物が見えてくる。
知っている、あれはガルフィだ。
ガルフィとはこの国特有の墓だ。
王族は命が尽きると体は燃やされる。
そこで残る一番大きく太い骨を砕き死後にくる初めの満月の夜に風に飛ばすのだ。
月の加護と共に、生きる全てのものを見守るようにと、願いを込めて。
そして残りの灰や骨は真っ白い焼き物の入れ物にいれ、あのガルフィに保管される。
民間ではガルフィはそんなに大きなものではなくちょっとした棚のようなものだ。
保管される骨や灰の量も少ない。
ほとんどを砕いて撒いてしまうのだ。
しかし王族のガルフィともなるとちょっとした一軒家くらいの大きさはある。
イスバクトにも似たような風習がある。
理解できないものではない。
城のガルフィは大きな半円だ。
そこへ続く道を歩く。
小道の両側に咲く小さな花が可憐だった。
ガデマが扉を開ける。
重たそうな音と共に扉が開いた。
中はまったく薄暗くない。
いくつも開けられた天窓からはさんさんと光が降り注いでいる。
死んだからと言って、聖典の中のように暗黒の世界に骨を置いておくわけにはいかない。
残された骨に亡くなった人を想い、その者への月の加護があるようにとの願いが込められているのだ。
亡くなって初めの満月が来るまでの間、保存される骨や灰と撒かれる骨や灰は建物中央の清台に安置されている。
さんさんと降りそそぐ光の中、それは美しい光景だった。
「あれだね」
そう聞くとガデマは肯定して静かに道を開けた。
その中をゆっくり歩いていく。
森の中を歩いているような光が降っているが、ここには神聖さが満ちている。
ラットロヴァは清台の前まで来ると跪いた。
清台の下には小さな台が取り付けられており、その上には真っ白い小皿が置かれている。
ラットロヴァは胸ポケットから小さな小瓶を取り出した。
そこからぱらぱらと砕かれた乾燥した葉を乗せ、マッチで火をつける。
マッチの匂いは一瞬で消え、その葉の香りが漂い出す。
「確か、シュフラート一族はベーニアだったよね」
「はい」
そして跪いて頭を垂れる。
右手を胸に。
これが近隣諸国の死者への弔いで敬意の表し方。
焚く香は一族で決まっている。
死者への祈りを捧げる時、その一族の香りを纏うのだ。
風に乗って、灰と同じく香りを天へ、月へ。
あなたを想う者がここにもいると、決して忘れないと伝えるのだ。
メデマイラ王国のシュトラート一族ではその香がベーニアという葉。
ベーニアはそれほど貴重な植物ではないが、ふわりと漂う香りが柔らかく、心地よさ、安心感を感じるような香り。
王族だけでなく、庶民や貴族でもこの香りを一族の香りと定めているところも少なくない。
しばらくして顔をあげる。
「ありがと、もういいよ。今の国王様のことまで連れてって」
「かしこまりました。こちらへ」
ガルフィを出ると、日の光が眩しくて。
ほんの少し目を細めて右手を眼の上にかざす。
「今日はいい天気だね」
「はい…、よいことにございます」
ガデマの後に続いて歩き出す。
「本当に、いい天気」





長い廊下を歩き、壁には美しい絵画。
天井には豪華なシャンデリアが輝く。
その雰囲気は城のイメージを崩さず、煌びやかであると同時に厳かでもある。
出会う使用人達は皆ラットロヴァを認めると動きを止め、頭を垂れる。
そのたびに彼は「お疲れ様」、「頑張ってね」などと軽い口調で声をかけていった。
「忙しそうだね。みんなばたばたしてる」
「御不快でしょう、申し訳ありません」
「んーん、全然。たぶん僕のせいだしね」
いくつか角を曲がると大きな、重厚感のある扉の前についた。
扉は木製で、深い茶色。
美しい彫り物が散りばめられている。
ガデマががノックをすると中から声がした。
「ガデマでござます。ラットロヴァ様をお連れいたしました」
「入れ」
その返事を受けて、ガデマは扉をゆっくりと開いた。
「どうぞ、お入りください」
ガデマが促し、彼は足を進める。
中はとても広い。
机、本棚、ソファなど、執務用のもばかりが並ぶ。
しかしそのどれもが上等なものであることは雰囲気からも作りからも伺える。
扉の正面奥、大きな机がある。
そこには1人の男性が座っていた。
現メデマイラ王国国王、ルフリス・シュフラート。
美しい薄紫色の長い髪がさらりと優雅に揺れる。
「遠路遙々よくお越しになられました。どうぞおかけください」
手でソファへ誘導する。
「ありがとう」
さっさと腰を下ろすラットロヴァ。
ルフリスも机から立ち上がり、ラットロヴァの前に座った。
ぎしりと音もたてないソファのすわり心地はなかなかのものだ。
「このソファ気持ちいいね」
「お気にめしましたか?」
「うん、わりとね」
その時、コンコンと扉をノックする音が響く。
ルフリスが声を出す前に扉が開いた。
「兄貴、この灌漑工事の話なんだけど…」
ルフリスの前に座る男を見て一瞬固まる第二王子。
「あー…」
「ウォルクス。ノックをしても私が何か言う前に扉を開けては意味がないと思わないか?」
「…そうだな、今そう思った」
2人の様子を面白そうに眺めていたラットロヴァが口を開く。
「君が第二王子様のウォルクス・シュフラート君かな?そしてこっちが第一王子様のルフリス・シュフラート君。あ、今はもう王様なんだっけ」
「先日前国王陛下がご逝去なさったので」
「うん、聞いてるよ。大変みたいだね」
ルフリスが促し、ウォルクスを隣に座らせた。
再びノックがして、メイドが紅茶を運んできた。
「ごめんね、僕が急にきたからみんな忙しくなっちゃったみたいだね」
「いえ。…ガルフィへにて香を焚いていただいたと報告を受けました。ありがとうございます」
「気にしないでよ。葬儀に出られなかったんだから当然のことだよ」
紅茶を手に取り、ラットロヴァは「そうそう」と続ける。
「その堅苦し敬語止めようよ。僕、そういうの苦手だから」
「気分を害されますか?」
「そうでもないけどね」
「でしたら私はこのままで。隣国の第一王子に敬意を表するのは当然のことですから」
「固いね、君」
紅茶を一口含んで、「うん、美味しい」と呟いた。
「…それで、今回来国いただいた目的は?」
「目的?お墓参りだよ。それ以外に何かあると思う?」
常にうっすらと笑みを浮かべ続けるラットロヴァ。
「それにしても、綺麗な国だね。まだ城下しか見てないけど人も元気見たい。君はきっといい国主なんだね」
「私が統治を初めてまださほど時間は経っていません。今現在の繁栄は前国王の功績でしょう」
「謙遜しなくていいよ」
「事実を申し上げたまでです」
「ここメデマイラの7,80年の発展は目覚ましいと思うよ。…流石にね」
「民の努力です」
「ふふふ…。民、ね。うん、それもきっとあるよ」
「民あっての国です。他に何があると?」
「民あっての国だけど、人が集まっただけならただの集団だよ。無法地帯と変わらない。統治者あっての国だと思うけど」
「一理あるな…」
今まで黙っていたウォルクスがぼそりと口を開く。
それにルフリスが睨みつけた。
慌てて視線を逸らすウォルクス。
「統治システムもいろいろ考えたり、作ったり、利用してるんだろうね。まぁ…、そんなのはどこの国も同じだけど」
「…………」
「そうだ、せっかくここまで来たんだし、少し滞在していい?」
「…構いませんが、国政は大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、普段からあまり僕も政治には熱心じゃないからね。周りは僕を最初っからあてにしてないから」
「御謙遜を」
「本当、本当。君や歴代の王様みたいに先が見えるならいいんだけどね。……さてと」
かちゃりと音を立てる紅茶のカップ。
ラットロヴァがカップを皿に戻したのだ。
「僕はそろそろ行くね。お仕事の邪魔はあんまりしない方がよさそうだし」
そう言って先ほどまでルフリスが座っていた机を笑顔で眺める。
大量の書類が山をなしている。
「お部屋は誰かに聞くよ。じゃあ、またね」
軽く手を振りながらラットロヴァはその場を後にした。
部屋に残ったのは王子が上から2人。
「話しには聞いてたけど、なんていうか、変わった王子だな」
「…それだけなら別段問題はなかったがな」
そう言って席を立つルフリス。
再び執務の為に大量の書類が待つ机に戻った。
「どういうことだよ」
「国王が暗殺されたとなれば、いくら情報を操作しようと隣国に知れるにはそう時間はかからないだろう」
「だったらラットロヴァがそのこと匂わしたからって別に問題ねぇだろ」
「そこだけならな」
「あーもう!まどろっこしい!何か気になることがあるならはっきり言えよ!」
「それを言うには、お前にはまだ話していないことがある」
「は?」
「本当ならお前にも言うことは禁止されているのだが…、お前ならいいだろう。これから話すことは他言無用だ」
「…わかった」
兄のただならぬ雰囲気に気を引き締める。
「王城内、いかに王族だろうと立ち入りを禁じられた場所があったな」
「ん?あぁ…」
「王城敷地内西側にある銀の館」
「それは俺も知ってる。宗教関連施設だから不用意に立ち入れないんだって親父から言われてたけど」
「立ち入りを禁じられているには相応の理由がある。あそこには…」









「部屋、俺が案内してやるよ」
かけられた声に振り替えると、そこには小柄な少年が壁にもたれかかっていた。
「やぁ、久しぶり。元気だった?ライレック」
「おかげさまで」
2人並んで歩きだす。
「1人でいるのもなんだしね…、マフィリーとルスティア連れてくればよかったかな」
「はぁ?本気で言ってんの?それ」
「妹を可愛く思うのは君も同じでしょ?」
「…まぁね」
貴族や王族が来た時用の客室へ近づくたびに、使用人の数が減っていく。
物音を極力出さないために人数を減らしているんだろう。
「…あの馬鹿、もう尻尾出したんだけど」
声をひそめるライレックだが、ラットロヴァは何も変わらずくすくす笑う。
「だろうね」
「だろうねって…。それであんたはいわけ?」
「そうだよ。犯人が見つからないとおもしろくないでしょ?あの2人、もう半分気付いてるだろうけどね」
「もう時間の問題、ってこと?」
「時間ももう問題じゃないってこと。でも公表は出来ないだろうね。…あぁそうそう、さっき王子様2人に会って来たよ」
「ふぅん…。感想は?」
「思ってたより賢そうだね。長男クンは。お姫様の事もちょっと匂わして見たけど、いい反応してたよ」
「ちょ…!いいわけ?!そこまでして」
「さてね…。それこそ結末は彼女のみぞ知る、だよ。……ふふふ、さてどう出るのかな?」
そう言って歪んだラットロヴァの口元を、ライレックは見逃さなかった。













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