キーンコーンカーンコーン…

学校中にチャイムが鳴り響き、それと同時に起こる生徒のざわめき。
中間の全てのテストの終了を告げるものとなれば、それはひときわ大きなものとなる。
「はーい、後ろから答案集めてきてー」
いつもなら学級委員が号令をかけるが、ここ私立花山院かざんいん大学付属第一高等学校、通称花一はないち高校はテスト中は号令はなくなるらしい。
転校する前に通っていた高校では、号令はテストの有無に関わらず毎回あったので、真咲にとっては何だか変な感じだった。
後ろからテストを回収する同級生にテストを渡し机に突っ伏した。
「終わったー…」
言葉と共に漏れたため息には、テストの出来の不安と終了した安堵が混ざっていた。
クラスメイトに教えられたとおり、試験の準備期間は10日とられ、その間午後の授業は全面カットになり、前日は休校になった。
ついでに恐ろしく優秀とされる友人から脅され、久しぶり一生懸命勉強した。
そしてその行動は正しかった。
中間テストの始めの科目は化学だった。
範囲は化学Uの気体と、有機。
授業で聞いている限りそこまで難しい範囲ではないと思ったのだが、念のためにそれなりに準備をしていた。
テストを見た瞬間、勉強しておいてよかったと思った。
1問目からよくわからず、3回問題文を読んでやっと理解した。
確かに範囲なのだが、見たことも無い問題のオンパレード。
何とか解くには解いたが、はたして正解しているかどうか…。
その後もどの科目も似たような難易度で、あまりのレベルの高さに凍りついた。
これからずっと卒業するまでこんな定期テスト受け続けなければならないのか…。
なるほど、現役合格率90%超えの学校は甘くはないらしい。
「おい、生きてるか?」
隣の席からかかる、たいして心配していないだろう声。
転校してまだそんなに時間は経っていないが、このクラスで一番長い時間を過ごしているのはまず間違いなくこいつだ。
だからというわけではないが、声だけでも十分にそれが誰のものだかわかる。
「生きてるよ。…たぶん」
適当に返すが、その答えにもまた適当な反応が返ってきた。
胱月院 司こうがついん つかさ
すっと通った鼻、切れ長の瞳は知性的で、今はメガネをかけているせいか余計にそう思わせる。
身長もそれなりにある。
運動神経は抜群によく、勉学の成績も全国模試の上位者常連。
教師にも生徒にも絶大な人気を誇り、お約束のように生徒会長を務めている。
面倒みもよく、誰にでも優しい、化け物のような男。
しかしそれはあくまで学校での話。
一歩出れば口調も性格も変わる。
淡々と物事を計算し、性格も淡白。
同級生が街で見かけても同一人物だと思わないほどなのだ。
そんな胱月院の性格を知っているのがこの高校に2人。
そのうちの1人が真咲なのだ。
それは胱月院自信も分かっており、その2人には他の生徒たちのように優しく笑顔で接するようなことはしない。
現に今もそうだ。
「その様子だと夜更かししたみたいだな」
筆記用具を片づけながら言う。
「当たり前だろ?テストなんだから」
首だけ回して胱月院を見た。
疲れている様子は特にない。
寝不足というわけでもなさそう。
あくまで胱月院いつも通りの胱月院。
以前彼が言っていた通り、テスト前には特別な勉強をしないというつわものなのかも知れない。
「お前はずいぶん余裕じゃん」
「テストは自分の回答さえできれば他にすることはないからな。通常の授業を受けるよりよっぽど楽だ」
「お前のその考えは絶対間違ってる」
体を起こし、真咲も机に散らばった筆記用具を片づけ始めた。
最後の科目は数学Vだったから、消しゴムのカスも大いに散らばっている。
「できは?」
「まぁまぁだな。お前は?」
「ぼちぼち…」
消しカスを集めてゴミ箱に捨てる。
今日はテストだったから、教科書類は全てかばんの中に入ったまま。
掃除当番には当たっていないから、筆箱さえしまえばすぐに下校できる。
周りのクラスメイトは終わったテストのことで盛り上がっている。
あそこはどうだった、あれはできた、などなど。
これから打ち上げに昼食を食べに行こうと言っている者ものいる。
そう言っている人の中には真咲とそれなりに仲がいい者もいる。
一緒に行こうかなと声をかけるために席を立った瞬間、勢いよく教室の扉が開け放たれた。
一斉にクラスの視線が集まる中、登場したのは1人の小柄な少女。
所古いこま…」
その人物の登場に真咲はびっくりし、胱月院は額を抑えた。
彼女、所古黄泉いこまよみがこのクラスに登場するのは珍しいことではなくなっており、クラスメイト達の視線もあっという間に散った。
身長は女子の中でも小さく、大きな瞳と頭の高い位置で結ばれたツインテールが特徴的。
小動物のような印象をもたせ、実際かなり彼女は人懐っこい。
ただ、少々思考がずれているのと、いまいち言葉がおかしいのが玉に瑕。
「よかった、先輩方。まだいらっしゃったんですね!」
にこにこしながら教室に入ってくる。
そして、その足が進んでくるのは当然のように真咲と胱月院の前。
転校生に人気の生徒会長、そして情報網の広い1年生。
一見妙な組み合わせなのだが、ここしばらくこのメンバーでいた時間が長かったため真咲として悲しいかな、はあまり違和感はない。

つい2週間ほど前、真咲は彼らと共に考えられないようなことをしてきた。
銀行強盗の立てこもっているビルに屋上紐なしダイブしてみたり、夜中の池袋を歩きまわったり、営業を終えた駅に忍び込んだり。
それというのも先日までメディアを騒がせていた連続怪奇器物破損事件を独自に追っていたからだ。
真咲としては自宅前の道路が壊れたが、あくまでもそれはテレビの中のもの。
それ以上でもそれ以下でもなかったのだが、どこから情報を仕入れているのかわからない所古や目の前で人がつぶれていくのを目撃した胱月院は正体を突き止めるといって聞かなかった。
真咲は正直なとこと巻き添えだ。
おかげでこの2人とはそれなりに距離が縮まったものの、普通なら関わらなくて済んだようなこの街の有名人と顔見知りになってしまった。
親元を離れて一人暮らしをしている身の真咲。
今後の生活がほんの少しだけ心配になった。

「何の用だ」
不快感を隠しもせずに胱月院が言う。
美形はどんな顔をしても絵になるが、しかし怒ったり不快感を表すと3割増に迫力がある。
しかし、それに気づいているのかいないのか、恐ろしいほど気にしないのがこの所古黄泉という少女だ。
「何はともあれ、まずはテストお疲れ様です」
ぺこりと頭を下げた。
小さくて童顔な女の子がするこういった仕草は無条件に可愛いと真咲は思う。
「つきましては昼食をご一緒させていただこうかなと思いまして」
そう言ってにっこり笑う。
彼女の手にはすでに学校指定のカバンがあった。
すぐにでも行こうとばかりに。
テスト中は基本的に学校自体は午前中で終了するため、学食や購買はやっていない。
「別にいいけど、俺達も昼を一緒に行くって話にはなってなかったからなぁ…。胱月院、お前この後何か予定ある?」
「特にはない」
「ではばっちりOKですね。いざ参りましょう」
所古は2人に背を向けてパタパタと教室の入口まで行って振り返った。
「靴を履き替えてきますから、校門のところで少々お待ちください」
そして走り去っていった。
この教室にいたのはほんのわずかな時間だが、なんとも存在感があるというか、嵐のようなやつだ。
「所古とお昼になっちゃったけど、ごめんな」
真咲は胱月院に謝った。
何故かはわからないが、彼は人と必要以上に親しくすることを嫌う。
関係を持ちたがらない。
それを知っている人間もこの学校にはほとんどいないのだが。
「いや、いい。こうなることは予想できていた」
言いながら帰る準備をする彼の雰囲気は諦めそのもの。
本当に初めから予想していたのだろう。
そうは言うものの、所古に返事をしてしまったのは真咲なのだから、真咲は何となく悪いことをしたような気分だ。
真咲も準備をしてかばんを持った。
2人で並んで教室を出る。
何人かのグループがたくさん廊下にもいた。
真咲もその中の1つなのだが、その相手が胱月院というのが何とも変な気分だ。
クラスメイトに聞いたところ、胱月院が誰かと下校するなんて言うことは今までなかったらしいから。
危険や困難を共に乗り越えると急激に親密度が上がるような心理が働くらしいが、そんなものが勝はたして胱月院にも当てはまるのだろうか。
胱月院はそう言うことに関しては何となく例外に当たりそうでならない。
「真咲」
階段を降りながら、胱月院が声をかけた。
今までは“十条”と苗字で呼ばれていたが、最近急に名前で呼ばれるようになった。
少し親しくなったようで真咲としてはうれしい。
そして、少しもくすぐったい感じた違和感がないのが自分でも不思議だった。
「ん?」
「どうせあいつのことだ、ろくな話題もってこないぞ」
「あー…」
名前を出さなくてもわかる。
校門で待ち合わせをしている少女だ。
「テストわからないから教えて、とか?」
「そんな可愛いものだといいがな」
「何だよ、この時期それ以外の話題なんてあった?」
ドラマとか、雑誌とか、そういうものは真咲は正直、疎い部類に入ると思っている。
所古も女の子だし、妙に情報網広いし、話題は豊富そうではあるが、分からないネタを振ってくるとは思えない。
だとすれば、何だろう。
「さてな。あいつの考えていることはわからない」
げた箱で靴を履き替えて校門へ歩いて行く。
多くの生徒が帰宅についていて、すでにたくさんの生徒が校門の外を歩いているのが見えた。
校門で待ち合わせをしているのか、帰らずにそこに立っている生徒も多く見受けられる。
その中に所古もいた。
すぐに真咲たちに気がついて、にこにこしながら手をぶんぶん振っている。
はたから見れば可愛い光景なのだろうが、手を振られている側としては恥ずかしい。
真咲は小走りで行こうかと考えたが、隣を行く胱月院はまったくペースがかわらない。
顔色1つ変わらない。
流石というか何というか。
周りの視線、気にしない2人。
ただ どうしよう と首を眼の前と隣を行き来させる真咲だった。








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